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新連載|牧口じゅんのシネマフル・ライフ 第1回『シング・ストリート 未来へのうた』
新連載|牧口じゅんのシネマフル・ライフ第1回 人生をもっと好きになれる理由『シング・ストリート 未来へのうた』もうすぐ夏休み。故郷に帰り、懐かしい面々と再会する機会を持つ人も多いだろう。そんな時期にぴったりな映画がやって来た。人生と音楽の幸せな出会いを描いた『シング・ストリート 未来へのうた』だ。Text by MAKIGUCHI June輝く未来へ向かって走り出す少年の姿が胸を打つ音楽映画の新しい傑作大人のちょっと手前、青春時代の危うさの中で揺れ動きながらも、自分だけの大切な未来を掴もうとしていたあの頃。そんな季節を共に過ごした友人たちは、自分にとって大切な存在なのではないだろうか。本作は今やすっかり成長してしまった大人たちが、多感な時代に逆戻りしたかのごとく、甘酸っぱい思いにたっぷり浸ることができる青春物語だ。舞台となっているのは、懐かしき80年代。ブリティッシュ・ロック全盛期のアイルランドはダブリンだ。主人公は、父の失業をきっかけに両親から学費の安い公立学校への転校を言い渡さ...
連載|牧口じゅんのシネマフル・ライフ 第3回『ニュースの真相』
連載|牧口じゅんのシネマフル・ライフ第3回 真実の報道にすべてをかけたジャーナリストたちの情熱と戦いを描く『ニュースの真相』仕事って何だろう。きっと仕事の定義はひとそれぞれだ。食べるための労働。社会参加。自己実現。自己表現。人の命を救うために日々自らをすり減らしている者もいるし、誰かのために命がけで仕事を全うしようとする者もいる。職業に貴賤はないと言うけれど、仕事に伴う重みはあまりにもさまざまだ。もちろん、人生において何に重きを置くかは自由だが、あるきっかけで、この世界は自らを犠牲にしても社会のために何かをやり遂げようとする者たちがいて成り立っていることを思い出し、敬意を抱かずにはいられない。映画『ニュースの真相』も、そのきっかけとなり得る作品だ。Text by MAKIGUCHI Juneあるスクープ報道が広げた波紋の一部始終を描いた実録ストーリー米国最大のネットワークを誇る放送局CBSのメアリー・メイプスは、20年のキャリアを持つベテラン・プロデューサー。看板番組「60ミニッツ...
連載|牧口じゅんのシネマフル・ライフ 第5回『オーバー・フェンス』
連載|牧口じゅんのシネマフル・ライフ第5回 誰かと関わらずには生きていけない、そんな人間の性を描く『オーバー・フェンス』人は、誰かと関わり合うことなく生きていくことができない生き物だ。そして、関わり合う以上、影響を与え合わずにはいられない。映画『オーバー・フェンス』は、そんな人間の性をつくづく感じさせる。Text by MAKIGUCHI June人は人で傷つき、人に救われる主人公は、妻と離婚し、子供とも別れ、勤めていた建設会社も辞めて、ひとり故郷の函館に帰ってきた40代の男・白岩。やり場のない気持ちや辛い過去を断ち切るように、気ままに、だが鬱々とした孤独な生活を続けている。特にやりたいこともなく、生活のために職業訓練校で住宅建設を学び始めるが、そこには元ヤクザや、人と関わることが苦手な若者、リタイヤ生活を楽しむ老人などさまざまな生徒が。他者への好奇心が隠せない者もいるが、白岩は誰とも深く関わらないように過ごしていた。そんな中、ひょんなことから出会ったのが、鳥の求愛行動を真似るホス...
連載|牧口じゅんのシネマフル・ライフ 第6回『私の少女時代 -OUR TIMES-』
連載|牧口じゅんのシネマフル・ライフ第6回 大人が振り返るからこそ見つけられる、切なく純粋な青春時代『私の少女時代 -OUR TIMES-』感情に名前をつけるなんて、なんて野暮なことだろう。好きにもいろいろあるし、嫌いにもいろいろある。初恋だとか、純愛だとか、定義づけしたがるもの人間の悪い癖だ。大人になれば、既存の枠に自分の感情を押し込めて、無理やり納得させていくことも得意になる。好きだけれど憎らしいとか、嫌いだけれど気になってしまうといった、理解しがたい気持ちは、青春時代特有のものと言えるのではないだろうか。だから私たちは、そんな甘酸っぱい気持ちを持つことができる若かりしあの頃を、ちょっと眩しく思い出したりするのだろう。2015年夏、台湾で『007 スペクター』をはるかに凌ぐ大ヒットを記録した映画『私の少女時代 -OUR TIMES-』は、まさにそんな若き日々を描いた青春映画の秀作だ。Text by MAKIGUCHI Juneあの頃を思い出して、今の自分から一歩踏み出そう現代の...
連載|牧口じゅんのシネマフル・ライフ 第9回『聖杯たちの騎士』
連載|牧口じゅんのシネマフル・ライフ第9回 人生の神秘を美しい映像で描く映像詩『聖杯たちの騎士』占いに興味はあるだろうか。占星術、四柱推命、風水、陰陽道など、歴史的に大きな役割を果たしてきたものも多く、経営者の中には、大きな決断をするときに占い師にアドバイスを求める人もいるというから、“お遊び”といって簡単に切り捨てられない文化の一種だ。名匠テレンス・マリック監督の新作『聖杯たちの騎士』は、そんな占いのひとつ、タロットカードを思わせる神秘性溢れる作品だ。Text by MAKIGUCHI Juneひとりの男、6人の女たちの物語本作は、脚本家としての成功を手にしたリックが、成功によって自分を見失っていくことで人生に迷ったり、崩壊している家族の絆を取り戻そうとしてあえいだりする姿を描いた物語である。受け止めきれない現実に直面した彼に手を差し伸べるのは、6人の美女たちだ。何かを悟っているかのように神秘的な彼女たちに導かれ、リックが一歩ずつ本当に望むものに近づいていく様が美しい映像とともに...
連載|牧口じゅんのシネマフル・ライフ 第12回『ムーンライト』
連載|牧口じゅんのシネマフル・ライフ第12回 人生を照らす月光のような愛『ムーンライト』今年、米国アカデミー賞受賞式で起きた珍事のおかげで、例年の作品賞受賞作よりも数倍も強烈なインパクトを持って世界にその名を知らしめた映画『ムーンライト』。ともすれば、華やかな『ラ・ラ・ランド』の陰に隠れてしまいそうだったこの良作にとっては、ある意味で運命的なアクシデントだったと言えるかもしれない。Text by MAKIGUCHI June人生を照らす月光のような愛主人公は、マイアミで母とともに暮らすシャロン少年だ。学校では“リトル”と呼ばれている。内気なため、いじめの標的になっており、“オカマ”とからかわれているが、同級生のケヴィンだけが唯一の理解者だった。そんな彼が出会った父親がわりのような男性ファンとその恋人テレサとの関わり、麻薬に溺れていく母親との関係、静かに募らせていくケヴィンへの特別な思いなどが、少年期、青年期、成人期の3つの時代に分けて描かれていく。貧困やネグレクト、麻薬問題、いじめ...
連載|牧口じゅんのシネマフル・ライフ 第13回『パターソン』
連載|牧口じゅんのシネマフル・ライフ第13回 日常に宿る美を見出す男『パターソン』想像力とは何だろう。創造性とはどこから来るのだろう。それらは必ずしも、刺激的な非日常から生まれるのではない。“退屈”の代名詞ともされる、日常やルーティンワーク。そこからインスピレーションを得る人々もいる。Text by MAKIGUCHI Juneルーティンが際立たせる、“わずかな変化”という喜びを数年前に、哲学研究者である内田樹氏が某誌に寄稿したコラムによると、カントはケニヒスベルク大学で教鞭をとっていたとき、毎日同じ時間に散歩をしていたという。それがあまりにも正確なので、街の人々は彼の姿を見て、自宅の時計の時刻を合わせたのだそうだ。内田氏によれば、これは哲学者としていかにもありそうなことらしい。つまり、「ルーティンの中に身を置いていると、わずかな変化が際立つから」だという。彼は同じコラム内で、村上春樹氏がランニングを続けている理由を、生活にリズムを作り、習慣を変えないためであり、「他を変えないこと...
連載|牧口じゅんのシネマフル・ライフ 第14回『エタニティ 永遠の花たちへ』
連載|牧口じゅんのシネマフル・ライフ第14回 限りあるものに宿る不滅性を描く『エタニティ 永遠の花たちへ』永遠を表現するというのは、とても難しいことだ。その始まりも、そして終わりも、誰ひとりとして目撃したことがない。人類が生み出してきた、そしてこれから紡ぎ続けていくであろう永遠とも思える時間を、ある時代のみを切り取ることで美しく表現しているのがトラン・アン・ユン監督の最新作『エタニティ 永遠の花たち』だ。Text by MAKIGUCHI June限りあるものの中に見つける究極の永遠19世紀末のフランス上流階級の花と緑に囲まれた邸宅を舞台に、そこで暮らすヴァランティーヌとその子供たち、友人たちの日常が描かれていく。優雅に暮らす彼らだが、大家族となった彼らは、第一次大戦や病などで切ない別れを経験することも多く、決して幸せだけに包まれているわけではない。喜びと悲しみ、楽しさと苦しさ、さまざまな感情を織り込みながらも、家族の歴史が日々刻まれていくのだ。© Nord-Ouest決して平坦で...
連載|牧口じゅんのシネマフル・ライフ 第15回『希望のかなた』
連載|牧口じゅんのシネマフル・ライフ第15回 ミニマルに世界の今を描く『希望のかなた』近頃、世の中が不寛容になっているという嘆きをよく耳にする。以前なら、笑って済まされていたようなことが対立や衝突を生む。もちろん、笑いでごまかせないことも多いし、白黒はっきりさせることは悪いことではないかもしれない。だが、複雑化した社会では、人々の都合が複雑に絡み合い、誰かの善は誰かの悪になりかねないのだ。Text by MAKIGUCHI June人を動かす、相違と類似たとえば、ヨーロッパで今、頻繁に意見が交わされている難民問題。様々な理由から自国で暮らせなくなった人々が安全な場所に逃げたいと思うのは当然なのだが、難民側と、受け入れる側では、視点が変わり正義・正論が変わる。受け入れ賛成派と反対派でも同じだろう。こんな複雑な問題を、さらりと単純化させたのがアキ・カウリスマキ監督だ。『浮き雲』『過去のない男』などで日本でも人気が高い。新作『希望のかなた』では、内戦が激化するシリアから逃れてきた青年カー...
連載|牧口じゅんのシネマフル・ライフ 第16回『ダンシング・ベートーヴェン』
連載|牧口じゅんのシネマフル・ライフ第16回 楽聖とベジャールが出会った奇跡のステージを追う『ダンシング・ベートーヴェン』日本では年末の風物詩でもあるベートーヴェンの「交響曲第九番ニ短調」。“人類最高の芸術”として世界中で愛されているのはご存知の通りだ。1989年のベルリンの壁崩壊直後の年末には、レナード・バーンスタイン指揮によりベルリンで演奏されドイツ統一を象徴する曲となり、ヨーロッパでは第4楽章に登場する合唱部分「歓喜の歌」は欧州の歌に定められている。Text by MAKIGUCHI June“人類愛に満たされた理想郷”をそんな人類の財産ともいえる交響曲に振り付けを施した男がいた。バレエ界の革命家モーリス・ベジャールだ。『春の祭典』や『ボレロ』でも有名だが、1964年には『第九』もバレエにしていたのだ。本作は、初演から50年も経った2014年に東京で再演された伝説のステージが出来上がるまでの9ヵ月を追ったドキュメンタリー。80人余りのダンサー、指揮者とオーケストラ、ソロ歌手と...
連載|牧口じゅんのシネマフル・ライフ 第17回『ゆれる人魚』
連載|牧口じゅんのシネマフル・ライフ第17回 ポーランドの創造力が凝縮したホラー・ファンタジー『ゆれる人魚』ホラーといえば、シリアス作品重視の権威ある映画賞では、評価されにくいジャンルだ。過去には数々の名作が作られてきたにもかかわらず、である。だが、創造性という意味において考えるなら、ホラーほど作家たちのクリエイティビティを楽しめるジャンルはないと思っている。映像と音で恐怖心をあおり、観客の内面にある“おびえの元”のようなものを刺激。そうすることで、安全な場所にいるとわかってはいるのに、どうしようもなく我々を落ち着かない気分にさせるのだから。Text by MAKIGUCHI June残酷で美しい、人魚たちの青春映画『ゆれる金魚』は、不気味でグロテスクな独自の世界観を形成することで、観る者を現実から逃避させ、官能的でダークなワールドに誘ってくれるホラー・ファンタジーだ。さらにミュージカルというスタイルをとることで独創性を際立たせている。物語の舞台は1980年代のポーランド。人間を捕...
連載|牧口じゅんのシネマフル・ライフ 第19回『君の名前で僕を呼んで』
連載|牧口じゅんのシネマフル・ライフ第19回 恋する者たちの桃源郷をみずみずしく描く『君の名前で僕を呼んで』1980年代の北イタリアのとある避暑地。17歳のエリオは、17世紀に建てられた瀟洒なヴィラでいつものように夏を過ごしていた。いつもと違ったのは、美術史学者である父が招いた24歳の青年オリヴァーとの出会い。二人は、互いへの好意と関心を隠しながらも、自らの抑えられない気持ちに戸惑い悩みつつ、やがて心を通わせるようになる――。丁寧な心理描写と美しい映像で、恋の喜びと痛みを繊細に描く青春映画の傑作だ。Text by MAKIGUCHI Juneもう取り戻せない、もどかしいほどの繊細な時代脚本がジェームズ・アイヴォリーによるものだと聞けば、もどかしいほどの繊細さと、粋で機知にとんだ会話にも思わず納得するだろう(原作はアンドレ・アシマンの同名小説)。恋する人間が持つ独特の感情、例えば「好き」と「嫌い」、「喜び」と「失望」の間を行ったり来たりする波打つような感情の変化や、手探りしながら進ん...
連載|牧口じゅんのシネマフル・ライフ 第20回『ファントム・スレッド』
連載|牧口じゅんのシネマフル・ライフ 第20回 唯一の選択しか生まない愛、だからこそ運命『ファントム・スレッド』ヴィクトリア時代の英国で生まれた“Phantom Thread(幻の糸)”という言葉。当時、王侯貴族の服を縫い上げるために、過酷な長時間労働を強いられていた東ロンドンのお針子たちが、過労により、仕事が終わった後でも“見えない糸”を縫い続けていたという逸話から生まれている。ファントム・スレッド、つまり目に見えない力に、人間はどれほど影響を受け、いかに非力であることか。その不思議を究極の愛のドラマへと仕立てたのは、稀代のストーリーテラーであるポール・トーマス・アンダーソン監督だ。『ゼア・ウィル・ビー・ブラッド』以来2回目のタッグとなるダニエル・デイ=ルイスを主役に、見えないパワーに翻弄される人間のやるせなさ、さらにはそこから生まれる特異なロマンチシズムを、ファッション界を背景に描き出している。引退を宣言した名優ダニエル・デイ=ルイスが、クリスチャン・ディオールやアレキサンダー...
連載|牧口じゅんのシネマフル・ライフ 第21回『オンリー・ザ・ブレイブ』
連載|牧口じゅんのシネマフル・ライフ 第21回 この世は決して捨てたものじゃない。そう思わせてくれる、すべての名もなき英雄たちの物語『オンリー・ザ・ブレイブ』悲劇的な事実を映画で語ることは難しい。真実を歪めぬように、誇張しないように―。映画『オンリー・ザ・ブレイブ』は、それに成功した数少ない作品のひとつだろう。2013年にアメリカのアリゾナ州で起きた巨大な山火事を題材にしている。登場するのは、荒れ狂う炎に立ち向かう精鋭部隊“ホットショット”の20名。紛れもない生身のヒーローたちだ。彼らが紡ぎ出す物語は、ハリウッドの方程式に馴れきった者たちを、胸をえぐるようなエンディングへと導いていく。フィクションでは決して実現し得ない重い衝撃。その果てにあなたがたどり着くのは、何気なく生きてきたこれまでの日常とは違う、ちょっと新しい世界だ。Text by MAKIGUCHI June世界中の名もなきヒーローたちに感謝したくなる作品現実世界の“英雄”というのは、マントを身に着けて空を飛ぶ超人たちでは...
『シューマンズ バー ブック』チャールズ・シューマン氏インタビュー|INTERVIEW
Bar Talks by Schumann|シューマンズ バー ブック映画『シューマンズ バー ブック』チャールズ・シューマン氏インタビューバーといえば、かっこいい大人のための特別の場所だ。居心地の良いリヴィングルームにもなるし、ゲストをもてなす客間にもなる。一流のバーマンは、客がその時々に求めるものに敏感だ。一定の距離を取り、決して馴れ合いにはならない。連れ立つ相手によっては、素知らぬふりもしてくれるし、話し相手になって欲しい時にはちょっとした愚痴も聞いてくれる。知人以上、友人未満といったところか。チャールズ・シューマンは、そんなバーマンの中でも伝説と呼ばれる男だ。先日、ドキュメンタリー映画『シューマンズ バー ブック』に出演した彼が来日した。日本の伝統的なバーがお気に入りで、何度も東京を訪れているという彼が、映画について、理想のバーについて語ってくれた。Photographs by SATO Yuki (KiliKiliVilla)Text by MAKIGUCHI Juneバ...