連載|牧口じゅんのシネマフル・ライフ 第3回『ニュースの真相』
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2018年10月16日

連載|牧口じゅんのシネマフル・ライフ 第3回『ニュースの真相』

連載|牧口じゅんのシネマフル・ライフ

第3回 真実の報道にすべてをかけた
ジャーナリストたちの情熱と戦いを描く『ニュースの真相』

仕事って何だろう。きっと仕事の定義はひとそれぞれだ。食べるための労働。社会参加。自己実現。自己表現。人の命を救うために日々自らをすり減らしている者もいるし、誰かのために命がけで仕事を全うしようとする者もいる。職業に貴賤はないと言うけれど、仕事に伴う重みはあまりにもさまざまだ。もちろん、人生において何に重きを置くかは自由だが、あるきっかけで、この世界は自らを犠牲にしても社会のために何かをやり遂げようとする者たちがいて成り立っていることを思い出し、敬意を抱かずにはいられない。映画『ニュースの真相』も、そのきっかけとなり得る作品だ。

Text by MAKIGUCHI June

あるスクープ報道が広げた波紋の一部始終を描いた実録ストーリー

米国最大のネットワークを誇る放送局CBSのメアリー・メイプスは、20年のキャリアを持つベテラン・プロデューサー。看板番組「60ミニッツII」を共に担当しているTV業界の伝説的アンカーマン、ダン・ラザーとともに、数々のスクープをものにしてきた。

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今夜も、イラクのアブグレイブ刑務所での捕虜虐待事件を他局に先がけて放映。仲間と共に祝杯をあげていた。そんな彼らが次に狙ったのは、現大統領のスキャンダル。2004年当時、民主党のジョン・ケリーを対抗馬に、再選を狙って大統領選を繰り広げていた共和党のジョージ・W・ブッシュ米大統領が軍歴を詐称していたという証拠文書が手に入ったのだ。

裏付けのため、2人は信頼する取材スタッフとともに調査を開始。紆余曲折を経て、ついに放送に漕ぎ着ける。現政権を揺るがし、選挙の行方を大きく左右するほどの大スクープに湧く局内。だが放送直後から、ネット上で保守派たちが、証拠文書が偽物だと騒ぎ始める。局の上層部はメアリーらに再調査を命じるが、世間はすでに“CBSの誤報”に大騒ぎ。メアリーのチームは、もはや四面楚歌となっていた。

報道の裏側を描いた本作は、闇に葬られたとあるスクープの真相に迫りつつ、ニュース報道の難しさ、そしてジャーナリズムのあるべき姿を描き出している。だが、強く印象に残るのは、メアリーとダン、そして仲間たちのプロ意識だ。彼らはスクープを得ることを目的としているのではなく、権力の番人であるジャーナリストの矜持を常に忘れることはない。名誉でもなく、功績でもなく、“真実を伝える”という使命を全うした結果としてのスクープが、彼らの誇りなのだ。

それがわかるセリフが劇中に多く登場する。メアリーのこの言葉もそうだ。「真実を知るために私は質問するの。質問は私たちを真実に到達させてくれるの」。子供の頃、父親から虐待を受けていたメアリーは、質問するとアルコール中毒の父親に殴られたとも打ち明けている。そして、ダンもこう話す。「質問しなくなったらこの国は終わりだ」と。

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確かに、「なぜ」という問いかけは独裁政権、恐怖政治においてはタブーだ。そして、私たちの暮らす社会ですら、不都合な真実に触れる質問ほどたずねにくい。だが、市民に代わり権力を持つ者たちに「なぜ」という武器を、言葉を相手に突きつけ続ける者たちが必要なのだ。最近日本で起きた政治的な金銭スキャンダルの際も、的外れな質問や手ぬるい追求などでは妥協しないメアリーやダンのようなプロがいたなら、問題点はもっとクリアになっていたのではないかと思わずにはいられない。

実際のところ、本作で描かれている2004年の大統領スキャンダルで、メアリーらは核心をついた質問を続け真相に近づいたことで、権力者たちの怒りを買う。そして、ちょっとした隙をつかれ、真相究明の道は絶たれてしまった。残念ながらその報道に関わった者たちは、大きな犠牲を払うことになった。だが、そのリスクを覚悟しながらも、やらねばならないと立ち上がる者たちがいてこそ私たちの知る権利が守られていることを忘れてはならない。真のジャーナリズムとは、真実を伝えるためにリスクを冒すことを恐れない者たちによって貫かれる正義なのだ。

社会の厳しさを感じる作品ながら、『ニュースの真相』がどこか清々しい後味を残すのは、
彼らの存在を通して、世の中はまだまだ捨てたものじゃないと感じさせるからだろう。そして、“彼らには遠く及ばなくても、せめて自分の土俵で頑張っていこう”と、明日への快いやる気を刺激してくれるからかもしれない。

★★★★☆
サスペンスのような緊張感と人間ドラマの融合が素晴らしい、 見応えのある大人の映画。名優たちの演技にも注目。

『ニュースの真相』
脚本・監督:ジェームズ・ヴァンダービルト
出演:ケイト・ブランシェット、ロバート・レッドフォード、他
8月5日(金)、TOHOシネマズ シャンテほかにて全国順次公開
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牧口じゅん|MAKIGUCHI June
共同通信社、映画祭事務局、雑誌編集を経て独立。スクリーン中のファッションや食、音楽など、 ライフスタイルにまつわる話題を盛り込んだ映画コラム、インタビュー記事を女性誌、男性誌にて執筆中。

           
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