映画『風のマジム』主題歌を担当した森山直太朗が感じたこの映画の波長と旋律と第六感とは
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2025年9月22日

映画『風のマジム』主題歌を担当した森山直太朗が感じたこの映画の波長と旋律と第六感とは

MOVIE|風のマジム

原田マハ原作「風のマジム」が映画化。伊藤沙莉さん演じる主人公・伊波まじむが、「沖縄産サトウキビからラム酒を作りたい」と社内のベンチャーコンクールを活用し奮闘する様子を描く。「涙がボロボロと止まらなかった。ある種今の世の中を照らす、救いのような映画」と称賛する主題歌を担当した森山直太朗さんが思いの丈を存分に語ってくれました。

Text and Photographs by KATO Junko

この時代にこんなにも実直でピュアな物語を作れる人たちがいるんだ

――好きな色と好きな髪型、ご自分の性格を最初にお聞きしたいです。
森山「好きな色はベージュで、和風の感じの髪型が好きです。性格は繊細。」
――仕事を引き受けた決め手はありますか?
森山「僕の音楽は偏ったジャンルにあるし、活動の仕方も独特だと自分自身思っています。なので、名指しで指名していただくことがとてもありがたかったし、主題歌として選定していただくにはそれなりの思いがあるんだろうと感じました。監督さんとプロデューサーさんと初めて会ってお話しした際に、彼らが実直に丁寧に作品を作ろうとしていることが伺い知れたので、これは自分なりにこの映画がより良くなるために何かできることを探そうと思いました」
――監督が、自分の予想より遥かに超えるものを作っていただいたと感動していました・・・
森山「嬉しいです。1番初めの打ち合わせが印象的で今でも覚えているのが、『とにかくただの主題歌ではない。その曲自体が、物語や生活の中に組み込まれているイメージなのでクランクインする前に曲が欲しい』と監督等に言われました。そんなことは珍しく、普段は完成した作品や脚本を見てから制作することが多く。だから言葉の意味はよくわかんなかったけど、とにかくその発言相応の、2人がすごい自信だったので圧倒されました(笑)。作品の中で歌われるものが主題歌になるというビジョンが強く、その真っ直ぐさに魅かれました」
――最初から劇中の音楽とエンディングの曲の2曲を作ってほしいと頼まれたのでしょうか?
森山「いや、違うんです。当初、主題歌そのものが作品の中で歌われるよというはっきりとした提示はなかったのですが、音楽自体が物語に関与する形をイメージしていると伺いました。更に言うと、クランクイン前に、みんながその曲をイメージし、その曲をちゃんと感じながら演じてほしいと監督の確固たる考えを聞きました。そのような成功体験が監督さん達にあったのか定かではないのですが、ここまで強い思いを持って映画を作る人たちと、今まで触れ合ったことがなかったので、チャレンジする感覚がすごくくすぐられました!」
――では「あの世でね」のバージョン違いの2曲はどのように誕生し、2つのアルバムに分かれたのでしょうか?
森山「難しいのですが、2つのアルバムのうち1つはアンビエントでインストゥルメンタルな世界観の“弓弦葉”というアルバムで、もう1つは打って変わってブルーグラス編成を軸としたカントリー&ウエスタンテイストの賑やかな「Yeeeehaaaaw」というアルバム。本当は「あの世でね」はしっとりとした“弓弦葉”の方にしか入ってなかった。僕としては映画の内容を知れば知るほど、テーマが“マジムとおばぁの物語”であると感じたので、「あの世でね」のタイトルがしっくりときました。だけど、どうやら監督さん達は前向きで大きく包み込むようなイメージだったので、弾き語りのような簡素なアレンジだと、ポジティブに終わっていく物語と乖離しちゃうかなとよぎりました。その時に思い出したのですが、この曲が最初にできた時はチンドン屋さんとカントリーウエスタンがあわさっているようなすごくポップな曲だったということ。なので、今回2つのアルバムの出発点と毛色は違うけれど、同じゴールの曲にすることで、自分で表現したかった『このアルバムは実は2枚で1枚なんだ』という説明や意思表示になるなと! だから僕自身もこの映画を通じて、曲を作った時の原点を思い返させてもらえて。その流れで2曲が自然にできました」
――「あの世でね」はゼロからの書き下ろしという形ではなく自然な流れでできあがったのですか?
森山「そう。書き下ろしというと、0から映画を見て、本を読んで、そのために作るのですが、僕はあまりそういうことが上手ではなく、合わせに行くと枠におさまっちゃう。だから、(先ほど伝えてくれた)監督の予想していたものとちょっとずれながら超えるものが出来たという印象はとても良かったと思いました。というのは、時を同じくして、同じような普遍的な思いを持って、監督は映画で、僕は音楽作品を作っていて、それが交わっていることに出会いや縁を感じたから。観ているお客さんからしたら、この主題歌ってこの映画のために書き上げた曲だなって感じると思うのですが、誰からも頼まれないで、走り書きの原画をスケッチするような感じで作っていたものが、結果『あれ?この曲ってこの映画のためにあったのかな?』と後で感じるっていう不思議な答えに導かれました。長く活動しているとそういう引合いってものがあったりするんです」
――人生って面白いですね‥。「あの世でね」のタイトルはどのように決まりましたか?
森山「正直ここだけの話ですけど、当初タイトルを変えてくれないかと打診されました。実際、映画のテーマはもっとシンプルなので、ちょっと飛躍しすぎじゃないかと僕も思っていて。でも色々な人がいて、さまざまな受け止め方がある事情を知ったうえで、迷惑をかけてしまうかもとよぎりつつも、今回は物作りをする人として、ケツをふける(責任を取れる)と思ったんです。この曲は主人公のマジムとお母さん、おばぁそれぞれ3世代の思いを、一つのタスキで繋ぐ、そんなイメージをじっくり説明して、最終的に承諾していただきました。そのプロセスもこの曲にとっては自分の中ですごく大きく、大事でした」
――“涙も枯れた沈丁花”や“御霊に響く蝉時雨”など心に沁みる歌詞は一体どのように作られているのですか?
「ねぇ(笑)。僕は本とかも全然読まないし、全然言葉が豊富ではなくて。曲が先に出来て、その曲が持っているメロディーの奥にある聞こえてくる言葉を、ただたぐり寄せていっているだけで。僕自身にあまりメッセージとかはなく、割と本当に霊感で作っている。って、めっちゃスピリチュアルな話になっちゃうけど(笑)。よく言う詩が降りてくるとか降ってくるという感覚もなく、“ずっとそこにあったものに、ただ気づけた”みたいな時が、曲ができる瞬間。なので「あの世でね」のタイトルも最後の最後まで出てこなかった。ただ七五調であることと数え歌っぽい曲の性質だなと思いながら作っているうちに、“タバコ屋の脇を曲がった郵便局でね〜、あの世でね〜(会おう)”って言えたらいいなって浮かんで、そんな感じ(笑)。タイトルを反対された話にも通じるけど、死ってイメージがすごくネガティブだったり、未知だから少し怖いものってみんなが思っているじゃない? でも死んでみないとわからないし、実は今生きている世界より、もっと気持ちいいかもしれない。そういう感覚がイメージできた時に今生きているっていう状態の見える景色が少し変わってくるんじゃないかって。そういう思いもあって、おそらく“あの世でね”って言葉が自然に出てきたと思うんです」
――やはり、降りてきているじゃないですか(笑)
森山「(笑)。このワードは少し手癖だなって感じた時は、煮詰めて、深掘りして考えたりももちろんするけどね」
――冒頭の歌詞が本当に心に染みて、実際言葉で言えないタイプなので歌詞どおり、手紙にし、手紙も厳しい時は祈りました(笑)。特に“村の神社の〜”と言うところが、鎮社(ちんしゃ)と聞こえて、鎮魂する場所、静まる森、神社のような所があるのかと勝手にイメージを膨らまして別の世界に行ってました‥。
(冒頭の歌詞)
言葉が駄目なら抱きしめて
離れているなら手紙でね
肩に止まった赤とんぼ
インクがないなら白紙でね
空白に滲む想念よ
手紙が無理なら祈りましょう
村の神社の石畳
森山 「ありがとう。大きい設定としては、娘を失った母親が娘のことを思いながら歌っているけど、実は生き別れして死んでいたのは自分だったっていう曲。なのでいずれにしても、そういう鎮魂みたいなものが、この曲の中には流れていてそう聞こえるのはそういう意味だったのかも。この映画はマジムの物語だけど、自分的にはおばぁの物語のような気がして、おばぁ目線の曲なんです。だから映画の中で、おばぁがちょっと体が悪くなった時、『やばい、ちょっと言霊が乗っちゃったかな』と心配したけど、ちゃんと生きていたからよかった〜って(笑)」
(その場にいた映画のプロデューサー関友彦さんが思わずここでカットイン)
「そんなこと言うと、伊藤沙莉さんの事務所の万代博実さんという社長さんがいらっしゃって、業界では本当に有名で皆さん大好きな方なのですが、映画が完成する前に亡くなってしまったんですよね。(引き寄せたって話ではないのですが)万代さんとは脚本の段階や撮影現場でも色々なアドバイスをいただいたり、完成を一緒に目指していたので、一番見ていただきたかった方でした。エンドロールにも万代さんの名前を入れさせていただき、そこで主題歌「あの世でね」が流れるので、あの世で見てくれたら本当に嬉しいなと自分はハッピーな気持ちになりました」
森山「沙莉さんのこともすごく可愛がっていたと聞いたので、彼女にとっても思い入れのある作品なのですね」
――映画を見た感想を教えてください。
森山「まず率直に無性にラムが飲みたくなった! 夏の暑い時期でもあったし、それぐらいマジムのプレゼンがめちゃくちゃ上手くて。映画全体の話をすると、この時代にこんなにも実直でピュアな物語を作れる人たちがいるんだって、ある種救いのようなものがありました。ポジティブな作品を実話に基づいて作るって難しいのに、人間の生きていく衝動と、おばぁの豆腐作りへの思いを、形は変えてるけど、マジムはラム酒で継承していくという姿がちゃんと描かれていた。日本人が日本人の知恵と自分たちの土壌でオリジナルなものを作る。ラムという異国のお酒だけど、土着的で、価値のあるもの、結果、新しい資産を作るということがすごく、日本人的だなって。原作のマハさんの掲げている実直なものが土壌にあるから成り立っているストーリーでもあるし、作品としても今の時代に本当に合っているなと思いました」
試写会後、森山さんが芳賀薫監督に感動を伝えてくれました
――日本人の原点を感じさせられるシーンもところどころ散りばめられていて‥
森山「そう!古き良き日本の家族の形みたいなものが前面に描かれていて、最初は照れくさいけど、『そうだよね、僕らの出所ここだよね』って。非常に自分たちの根源にあるものに、訴えかけてくるものがあったから、劇伴を作ってくれた高田蓮くんと台本も絵も知っているのに、絶対泣いちゃうシーンがあって(笑)。おじさん2人でおいおいと泣いて、すごく恥ずかしかったです」
――出てくる登場人物もすごくチャーミングでしたよね
森山 「とにかくあの役を演じきった沙莉ちゃんの懐の大きさみたいなものはすごく感じました」
――今って、マジムのような純粋で普通の子ってすごく少ないですよね。みんなが求めてるし、大好きになってしまう。他には感情移入した人物はいましたか?
森山「いろんな人が、自分の側面を持っていたので、置き換えて見ちゃいました。多々いる愛らしい登場人物の中で一番笑ったのはマジムの同僚・知念富美枝役を演じた小野寺ずるさん。すごく難しい役どころにもかかわらず、この方がいると懐かしいコメディを見ている感じもあるし、本当に素晴らしかった。瀬名覇役の滝藤賢一さんや吾朗役を演じた染谷将太くんも皆さん素晴らしいけど、ひときわ異彩を放っていて、富美枝がいるのといないのとでは映画が全然違うと思う! 最後のプレゼンは明るいシーンにもかかわらず、ボロボロ泣いてみちゃったんだよね。本当に俺疲れてるんだなって(笑)。でも疲れてる話で言ったら、多分みんな疲弊してるし、未来のことなんて何にもわからないし、世界の情勢だって不安ばかり。疲れてるから、あの手作りプレゼンは蓋開けてみたら、吾郎や富美枝が一緒に手伝ってあげてって、それはもう本当にボロボロ泣いちゃいますよね(笑)」
――アルバムの話ですが、同時に2枚をリリースすることで表現したかったことはありますか?
森山「“素晴らしい世界”という前回のツアーで、弾き語りとブルーグラス編成を軸としたバンド、そしてフルバンドの3種類を前篇、中篇、後篇と100本敢行した時に、自分の中にある側面を同時期に季節を変えずに表現することのコントラストや情緒のあり方にすごく魅力を感じました。今回に至っては、ブルーグラスの一面だけでは語れない自分もいるし、弓弦葉というアンビエントの世界、闇の世界だけでは表現し得ない自分もいるっていう。ということは、その2つの作品の狭間に何か答えがあるのかも、2つを同時にやることで同じ世界を伝えていくのは自分にしかできない手段ではないかって。2枚リリースしたので2倍疲れるかなと思ったのですが、4倍疲れました(笑)その2枚の世界観で踏襲したツアーをこれから走らせていく。そうすると、もうどうなるかわからないじゃないですか。ある程度予測できることをやってても仕方がないって思っているし、それこそやりきったらひとまず悔いがないなと思って‥」
――この2つのアルバムは舞台から始まったということですが、ある景色が浮かんで出来上がったのでしょうか?
森山「そうですね。いつも1曲1曲、『あの世でね』もしかり、こういう景色の中にこの曲は歌われる、歌っていたいと想像する舞台からの逆算であって。もし過去から未来ではなく、未来から過去に向かってるとしたら、それは答え合わせみたいなものだから、『伝えたいメッセージありますか』って言われると実は明確なものはない。その答えを見つけに行くのが、自分でもよくわからない、うまく言葉で形どれない今回の旅なんですっていう。最終的にはその“音楽”というものを通して、大きく境のない時間をみんなと分かち合いたい。音楽や舞台表現はそのための1つのツール」
――大切なお話ありがとうございました。
映画「風のマジム」を見てから、「あの世でね」のメロディがずっと離れず、口ずさんで街を歩いていたら、急に色が変わったように世界が見えて、優しい気持ちがじわっと心の中に滲んでいくのを感じました。人が無心でがんばっている笑顔、その人と同じくらいの熱量で応援して動いてくれている仲間たちの声が鑑賞後も頭から離れず、急いでお店を探して、ラム酒と共に咀嚼し、胸に大切に流し込みました。マジムのように脇目も振らず、がむしゃらに走っていた頃はいつだっだんだろうか、まだ走れるかなと胸が熱くなった。
この世の中はまだまだ捨てたものじゃない、そんな未来からのメッセージが少し垣間見えた境界のない時間でした。厳しい夏を乗り越え、ほっとした秋の夜長のお供に鑑賞していただくのはいかがでしょうか。優しい連鎖が広がることを願って‥。
森山直太朗(もりやま なおたろう)
1976 年 4 月 23 日東京都生まれ、フォークシンガー。2002 年 10 月ミニ・アルバム『乾いた唄は魚の餌にちょうどいい』でメジャーデビュー以来、独自の世界観を持つ楽曲と唯一無二の歌声が幅広い世代から支持を受け、定期的なリリースとライブ活動を展開し続けている。2025 年は数多くの音楽フェスにも参戦。フェス参戦に先駆け、ファン待望のブルーグラスバンドスタイルの新曲『あの海に架かる虹を君は見たか』と『バイバイ』『あの世でね』の 3曲が現在配信中。また10月17日に2枚のコンセプトアルバム『弓弦葉』と『Yeeeehaaaaw』を同時リリース。同日から 2026 年にかけて、二つの異なる世界の舞台を交錯し、文字通り“二足のわらじを履き“全国を旅するツアー、森山直太朗 Two jobs tour 2025〜26『あの世でね』〜「弓弦葉」と「Yeeeehaaaaw!」〜を実施。静謐でアンビエントな旋律を奏でる「弓弦葉」ツアーとアコースティックで躍動感溢れる「Yeeeehaaaaw!」ツアーという対照的な二つのツアーを同時期に展開する。
【アルバム情報】
コンセプトアルバム「弓弦葉」「Yeeeehaaaaw」
2025年10月17日(金)同時発売
【作品情報】
映画「風のマジム」
「沖縄のサトウキビからラム酒を作りたい」――平凡に生きてきた契約社員の主人公・伊波まじむ(伊藤沙莉)は純沖縄産ラム酒を作るという夢を実現するため、社内のベンチャーコンクールに挑戦。豆腐店を長年営んできたマジムのおばぁ・伊波カマル(高畑淳子)やマジムの母・伊波サヨ子(富田靖子)ら家族に支えられ、会社の同僚・小野寺ずる(知念富美枝)、行きつけのバーの店長・後藤田吾郎(染谷将太)や南大東島の人々を巻き込みつつ奮闘する物語。
「まじむ」とは沖縄の言葉で「真心」のこと。まさに「真心」が映画の中だけでなく、見ている人たちにも伝わり、優しい風が心に心地よく突き抜ける。
監督/芳賀薫 脚本/黒川麻衣 出演/伊藤沙莉/染谷将太/尚玄/シシド・カフカ/橋本一郎/小野寺ずる/なかち/下地萌音/川田広樹/眞島秀和/肥後克広/滝藤賢一/富田靖子/高畑淳子
原作|原田マハ
配給|コギトワークス/S・D・P
主題歌|森山直太朗 『あの世でね』
問い合わせ先

風のマジム
https://majimu-eiga.com/

                      
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