【徳尾隆昌の偏向性コレクションVol.1】僕がIBMの「THINK」を集めるワケ。
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2025年9月5日

【徳尾隆昌の偏向性コレクションVol.1】僕がIBMの「THINK」を集めるワケ。

LOUNGE|【GREAT CONNOISSEURS】徳尾隆昌 偏向性コレクション

CONNOISSEUR(コノサー)とは、目利きや鑑定家を意味する言葉。ここでは、音楽・サブカルチャーから、インテリア、乗り物、ファッションなど、幅広いコレクションを誇るグレート  コノサーの徳尾隆昌氏をフィーチャー。彼が所有する膨大なアイテムの中から、毎回ひとつをPICK UPして掘り下げていく。

Text by TOMIYAMA Eizaburo|Photographs by TAKAYANAGI Ken

徳尾さんの自宅には至る所にIBMの社是「THINK」のサインボードが飾られている。デスク周り、生物・化学系オブジェの近く、毛沢東像の前、オープンリールの上・・・・。
「うちに来る人は皆さま『THINK』のサインのこといいねって言っていただけるんです。でも、その後に購入されたという話はあまり聞かないです(笑) ここで見ておなかいっぱいになるのかな、と。(笑)」
自らの美意識に導かれるまま、世間の評価とは無縁のコレクションを積み上げてきた徳尾さん。IBMの『THINK』関連も氏の偏光性そのものでありマーケットや評価は全く確立されていない。

ポール・ランドのデザインからIBMへの興味を深めた

「コレクションの発端になったのは、IBMのロゴをつくったデザイナーのポール・ランド(1914-1996)なんです」
アメリカを代表するグラフィックデザイナーであるポール・ランドは、UPS、ABC、ウエスティングハウスなど、誰もが目にしたことのあるロゴを数多くデザインしてきた。
「キャラのイラストがかわいいコロネットVSQブランデーのアイテムも当初蒐集していました。ポール・ランドは本名ではなくて、ユダヤ系であることを隠すために自ら"制作した"名前だけど、Paul Randってデザインの視点で見ると、4文字ずつのアルファベットの収まりも良く、とても覚えやすくデザインされています。自らの名前さえディレクションできる美意識に強く惹かれます」
徳尾さんは10代のときにアドバタイジングと呼ばれる企業広告物蒐集から本格的にコレクションをスタートしている。膨大なコレクションの半数以上が、IBMに限らずさまざまな企業絡みであるのはそのためだ。
「企業の広告やロゴに興味を持ち始めた頃、modern publicityって古本を集めましたね。とりわけ1950年代の。神田の古書店に行くと関連の楽しい洋書もたくさん売ってました。優秀なデザイナーの作品の中でもポール・ランドのロゴマークとかロゴタイプに加えイラストも自分の好みにすごく合ってましたね。」
徳尾  隆昌|とくお  たかまさ
代官山UNITのオーナー。イベントプロデューサー。過去には海外有名ブランドのアートディレクションを担当。CDジャケットや企業のロゴデザイン、イベント関連のグラフィックデザインなども手掛けてきた  Instagram:@tokuo_tower  @ctoc_tokyo

IBM『THINK』からApple『Think different』へつながるロマン

『THINK』はIBMの初代社長であるトーマス・J・ワトソンが掲げたスローガン。
すべてのIBM社員に「自ら考えて仕事をすること」を奨励し、社内のデスクや壁、ボールペン、時計に至るまで、あらゆるところに「THINK」のスローガンを掲げた。
キャップにも「THINK」。徳尾さんは自身のコレクションに溶け込むように、洒落っ気たっぷりに配置して楽しんでいる
キャップにも「THINK」。徳尾さんは自身のコレクションに溶け込むように、洒落っ気たっぷりに配置して楽しんでいる
当時社員に配られた手帳(ノートパッド)の表紙にも『THINK』と表記されており、それが後々「ThinkPad」の商品名へとつながっていく。
徳尾氏がコレクションしているモノたちも、すべては社内用につくられたもの。サインボードの中には、社員の名前が刻まれたものもある。
当時の上級社員だろうか、底面にはL.D.VANDER WATERと名が刻まれている
「THINK=考えよう、って今でもすごく良いスローガンですよね。ストレートかつスリー    ク。アメリカの会社なんだけどドイツっぽい硬質感もある。(笑)そこが好きでずっと集めているんです」
世界中に支社があるIBMは、それぞれの国の言葉でTHINKを表現したプロダクトを本国と同じ仕様で展開。当時日本では「考えよ」と書かれたものが掲げられた。
「IBMといえば、かつてはコンピュータ業界の王者。その後、アップルコンピュータが 1970年代後半に出現して王者への挑戦が始まる。運命を感じるのは、一度自社を追われたスティーブ・ジョブズが復帰して、1997年に“Think different”というスローガンを掲げたことです。
考えたのはアメリカの広告代理店だけど、もちろん総指揮はジョブズが執っているわけで。そこからアップルの業績はV字回復をしていく。まさにジョブズが天才であることを世に知らしめたことと「THINK」が強く関係しているところが面白いんです。“Think different”のキャンペーンってすごかったでしょ?  アインシュタインとかマリア・カラスとかキング牧師とか歴史を塗り替えた人ばかりが登場する大キャンペーン。パソコンといえばThinkPadだったのがどこか古臭く感じられて、気分は革新的なアップルのPowerBookになっていく。そういうタイズ(結び目/つながり)が好きなんです。
『THINK』で学習した人たちが、「Think different」を生んで新しく突き進んでいく。ちなみに、ジョブズがアップルを追われてつくった会社NeXTのロゴもポール・ランドがデザインしているんです」
ジョブズの才は経営やプロダクトだけではないですよね。キャスティングやデザインへのこだわりも半端なく。

スローガンは思想でありデザインである

「IBMのすごさは、1956年にポール・ランドがロゴをつくったときからガイドラインを整備して、視覚的にも一貫性を持って企業のアピールしていたこと。思想とデザインを一致させたわけです。今やどの企業でも当たり前の考え方ですけど、あの時代にそこを徹底させたのは本当にすごい」
『THINK』のコレクションを見ると、さまざまなフォントが使われている。IBMのロゴには厳しいガイドラインを設けていたが、社内向けの標語である『THINK』はカジュアルに制作されていたようだ。
「あくまでも社内用ですからね。年代もあるし、部署単位とかで適当に発注していたんだと思います。現場のゆるさも想像するとアメリカ的で楽しい。」
当時、使われていたままの吊り紐。適当なケーブルで代用されているのが面白い
徳尾さんが初めて『THINK』のサインボードを購入したのは、アメリカの古道具屋だった。
「上級社員がデスクトップに置くモノだよと言われて。その後は、見つけたら買う感じで、 2~30個くらいあるかな。『THINK』に限らないけど、状態が良くないものは買いません。値段よりもその個体のデザイン性が損なわれていないかどうかで決める。それらしい中古品の“味”だと思って買うことはあまりないです」

『THINK』コレクションの影に「おいしい生活」

日本でも1980年代前半からコーポレートアイデンティの重要性が謳われるようになったが、成功した企業は少なかったように思える。
「大企業といっても、最終決定権のある役員にセンスのある人が少なかったんでしょうね。そこを変えたのは、当時のセゾングループかな。あのカルチャー感の流れがあったからこそ、今の日本カルチャー、とりわけ東京感の強いカルチャー感が組成されたわけで。
“おいしい生活”という糸井重里さんのコピーも当時の気分満載でした。音楽やファッション、文学やサブカルチャーまですべての気分を統合したのが、西武百貨店のキャッチコピー“おいしい生活”だったような気がします。あの時代のトーキョーカルチャーがなかったら、僕みたいのも生まれていないかな。
そこを経験している世代は、スローガンやコピーの重要性を知っていると思う。今はメディアもたくさんあるし、個人発信の時代だというのもあるけど、全世代が等分に盛り上がれるコピーって少ないですよね。
広告って本来、『THINK』みたいな強いスローガンがあって、それをデザイナーが補足していくものだと思うんです。でも、最近はなんだか重厚長大な訴求力を感じる機会が少ないかな。
グラフィックも動画もだれでも簡単にサンプリングとかできちゃうからなんだか軽い。それを良しとするデジタル時代のスピード消費はわかるけど心を打つような、ド迫力の広告やカルチャー、それらに準じた欲しい物があまり生まれないから昨今のビンテージなモノへの懐旧現象も起こるのだと思います。
とはいえ、僕は広告の専門家でも企業の研究家でもなく単なるコレクターなので自分が気に入ればそれで良いのです。僕にとって『THINK』は常に自分に足りない要素であるがゆえ戒めで買っているだけですよ。(笑)」
「誰も気づかず、振り向かないモノだけど、自分が好きだから集める」。『THINK』は徳尾さんのコノサー(蒐集家)としての念持が詰まったコレクションだ。興味があったらぜひ探してみてはどうだろう。
                      
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