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2025年7月15日
偏愛コレクターの狂気と美学「夢はコレクターをやめること」
LOUNGE|【GREAT CONNOISSEURS】対談 中原慎一郎×徳尾隆昌
CONNOISSEUR(コノサー)とは、目利きや鑑定家を意味する言葉。連載「GREAT CONNOISSEURS」では、コンランショップ・ジャパンを率いる、日本を代表するコノサーのひとり中原慎一郎氏が、知る人ぞ知る目利きをナビゲートする。
その第一回は、音楽・サブカルチャー、美術、プロダクトやグラフィックなどのデザイン、インテリア、乗り物、建築、ファッションなど、幅広いコレクションを誇る徳尾隆昌氏が登場。その狂気に満ちたコレクションの裏側にある想い、そして審美眼とは何か? について語った。
その第一回は、音楽・サブカルチャー、美術、プロダクトやグラフィックなどのデザイン、インテリア、乗り物、建築、ファッションなど、幅広いコレクションを誇る徳尾隆昌氏が登場。その狂気に満ちたコレクションの裏側にある想い、そして審美眼とは何か? について語った。
Text by TOMIYAMA Eizaburo|Photographs by TAKAYANAGI Ken
ジャン・プルーヴェでつながったふたりの関係
中原慎一郎(以下、中原) 今日は徳尾さんの「聖域」にお邪魔していますが、相変わらずすごい空間ですね。目に映るすべてが気になります(笑)
徳尾隆昌(以下、徳尾) この家には何も置くつもりなかったの。でも、大きな倉庫を引き払う必要があって、いくつかの倉庫に振り分けているときに「そういえばこんなのあったな」って。マイブームとして再燃したモノが置いてあるんですよ。
中原 あくまでもコレクションの一部ですもんね。私が徳尾さんに初めてお会いしたのは1993年頃、「オーガニックデザイン モダンファニチャーショップ」をやっていた相原さんの紹介でした。
徳尾 そうそう、ジャン・プルーヴェ(フランスの建築家/家具デザイナー/エンジニア)が見たいみたいな話でしたよね。
中原 当時のご自宅にお邪魔して、プルーヴェの棚(メキシカンブックケース)を見たときは、「日本に持っている人がいるんだ!」と興奮しました。自分が思い描いていたサイズ感・バランス・素材感とは違うことにも衝撃を受けて。
徳尾 当時はフレンチモダンを紹介している雑誌とかプルーヴェの専門書なんてなかったように思います。みんながアメリカで盛り上がっているとき、僕はフレンチの’50’sがすごく好きだったんですよ。
中原 子どもの頃からモノを集めるのがお好きだったんですか?
徳尾 当時はスタンダードだった仮面ライダーカードとかスーパーカー消しゴムとかは集めていました。ファンタの王冠の裏にあるスーパーカーのイラストをコンプリートしたり。
中原 やっぱり。
徳尾 目的を持って集めるようになったのは、アドバタイジングと呼ばれる企業広告物から。ポスター・人形・看板とかは高校生の頃にはもう買ってたかな。ペコちゃんみたいな和モノもわりと早かったし。
その後、フランスかぶれやヨーロッパかぶれになってアールデコが好きになって。それに飽きるとアドルフ・ムーロン・カッサンドル(グラフィックデザイナー/舞台芸術家/版画家)みたいなモダンに入った時期もあったし、それも結局は企業広告ですよね。
徳尾 隆昌|とくお たかまさ
代官山UNITのオーナー。イベントプロデューサー。過去には海外有名ブランドのアートディレクションを担当。CDジャケットや企業のロゴデザイン、イベント関連のグラフィックデザインなども手掛けてきた
Instagram:@tokuo_tower @ctoc_tokyo
代官山UNITのオーナー。イベントプロデューサー。過去には海外有名ブランドのアートディレクションを担当。CDジャケットや企業のロゴデザイン、イベント関連のグラフィックデザインなども手掛けてきた
Instagram:@tokuo_tower @ctoc_tokyo
デザイナーが最高だと思ってつくったものが、そのままの状態で残っているのが好き
中原 僕もモノは好きですけど、集め続けたものってあんまりないんです。仕事柄、コレクターの方とも会いますけど、徳尾さんはかなり特殊ですよね(笑)
素材をわかっている方だから妥協がないし、僕らにはわからないストーリーを持っている。ツボに入ってからの掘り方も独特で、でもどこか一本筋が通っている。
徳尾 ツルっとしていたり、硬いものが好きなんですよ。だから北欧モダンとか「温かみ」のほうには全然行かなくて。ほとんど樹脂とか金属とか。
中原 でも、徳尾さんの持っているプラスチックとか樹脂って、悪い意味で使われるプラスチックとは違う。そういう風に見えないんですよ。
徳尾 朽ちていくスピードが早いものは苦手かもしれない。(時代を経た)いわゆる味とかにはあまり興味がなくて、当時のままが好き。
デザイナーが最高だと思ってつくったものが、そのままの状態で残っているのが好きなんです。クルマでもバイクでも工場からラインオフされたままが一番。プロダクトを見てきた人はわかると思うけど、初期型に勝る後期型はなかなかない。
中原 それは本当にそうですね。
徳尾 本とかでも初版がいいとかあるじゃない。どの分野にも通じるものだと思う。
街とか実店舗って大事だと思う
中原 コト消費と言われてから随分経ちますけど。モノからコトヘという風潮はどう思われますか。
徳尾 一般的な消費活動ではそうかもしれないけど、コレクターの世界はコトからモノへ行くこともあるんですよ。買う前にいろいろ調べたり、デザイナーに惚れまくって買うことも多いから。
あと、中原さんがされているような、良いお店の良い雰囲気で、良いものを売っていると欲しくなる。それって、店主のセレクトとか審美眼に対してお金を払っているわけだから。単にモノを買うのと違って、人からつながっていると思うんです。
中原 なるほど。
徳尾 だから、街とか実店舗って大事だと思うんですよ。青山で信号待ちをしている人を見て、「この人、個性的だなー」と思う感覚は肥やしになるから。とくに東京みたいなところはね。
中原 同じジャンル・同じヴィンテージの世界でも、集める人によって見せ方が全然違うのが面白いですよね。僕も実店舗は大切だと思っているので、何かサポートできないかと『Modernism Show』というイベントに積極的に関わっていて。
中原 慎一郎|なかはら しんいちろう
株式会社コンランショップ・ジャパン CDO 中原慎一郎氏。1971年、鹿児島県生まれ、「ランドスケーププロダクツ」ファウンダー。東京・渋谷区にてオリジナル家具などを扱う「Playmountain」、カフェ「Tas Yard」などを展開し、家具を中心としたインテリアデザイン、企業とコラボレーションしたプロダクトデザインもおこなう。デザインを通して良い風景をつくることをテーマに活動。2022年4月に株式会社コンランショップ・ジャパンの代表取締役社長に就任、2025年6月より現職
株式会社コンランショップ・ジャパン CDO 中原慎一郎氏。1971年、鹿児島県生まれ、「ランドスケーププロダクツ」ファウンダー。東京・渋谷区にてオリジナル家具などを扱う「Playmountain」、カフェ「Tas Yard」などを展開し、家具を中心としたインテリアデザイン、企業とコラボレーションしたプロダクトデザインもおこなう。デザインを通して良い風景をつくることをテーマに活動。2022年4月に株式会社コンランショップ・ジャパンの代表取締役社長に就任、2025年6月より現職
徳尾 本気で店を構えてらっしゃる方からは狂気を感じます(笑)。自分の世界を表現したいデザイナーと一緒で、売れる・売れないでやっていない。中原さんのお店も当初からお店の世界観がはっきりしてましたよね。
家賃払って、人件費払って、店構えてとやっている方は腹くくってる感じがありますよ、真剣勝負が伝ってくる。
中原 真剣勝負ですけど、アメリカのフリーマケットに行くと、その日に一番いいものを買った人をディーラー同士で称え合う。そういうアメリカの文化はすごくいいなと思っていて。
徳尾 それ、僕も経験したことがあります。昔々初期のeBayでかなり偏った趣味のものを買ってたんですよ。そしたら、なんだか遥か彼方の東洋人のハンドルネームが本国のコレクターやディーラー間で有名になっちゃったみたいで。
アメリカのおもちゃショーに行って、よく買っていたディーラーに挨拶したとき「eBayやってる○○です」って言ったら、「お前か!」みたいな。そこら辺にいたディーラーがみんな集まってきた(笑)
「おまえよくわかってんじゃねぇか」みたいなニュアンスがあって、懐の深い人たちがやってたんだよね。
僕にとっての良いモノの条件は「量感」。身銭切らないと身につかない
中原 その世界の住人同士は理解し合える。そういう審美眼というか、良いモノの条件みたいなものって何ですかね。
徳尾 僕にとって良いモノの条件は「量感」かな。ずしっと重くて「質感」が良いモノ。クルマでも重い素材をプレスしていて、ぼったり塗ってあると美しく見える。
床に素足で立ったときに、肌に直接触れている石がどれくらいの厚さなのかなんとなくわかるのと一緒だと思う。そう考えると、誰にでも量感を味わう機能は備わっているのではないかと。
中原 あとは、失敗も含めてたくさんモノを見たり買ったりするしかないですよね。そのうえで良いモノは感覚でわかる。そこに迷いとかブレはない。
徳尾 ほんとそう、身銭切らないと身につかない。買って所有して初めて消化できる。それは何でもそう。
中原 モノを選ぶときの感覚とか、質感に対する感覚は徳尾さんと同じ。ただ、僕の場合はお店というキャラクターがあるから、そこに合うか合わないかのフィルターが入りますけど。
徳尾 僕は世間の流れと逆に行きたいほうだから。あんなに好きだったのに、一般的な評価でが「いいね」と言われ出すと興味がなくなる。感覚の近い方から「いいね」と言われると嬉しいんだけど、趣味趣向の全然違う方から「オシャレですね」とか褒められると不安になってくる。笑
そういう恐怖みたいなこともあって、よりニッチで皆様が無関心な方向に向かうのだと思う。
中原 でも、みんながわからない方向って情報が少ないじゃないですか。プルーヴェもそうですけど、どうやって調べるんですか?
徳尾 たいがい最初は美しく資料性も高い古書から始まりますね。
中原 ですよね。昔は情報が古本しかなかった。
徳尾 掘りまくると、ダイジェストみたいな本が出てくるんですよ。そこにマシュー・マテゴ(ミッドセンチュリーを代表する家具デザイナーのひとり)やジャン・プルーヴェがいたりして。
当時は扱っているフランスのギャラリーも少なかったけど、まずは問い合わせて。その頃、ちょうどアールデコが高騰しすぎて頭打ちになってたから、ディーラーがモダンに流れたんです。
中原 何かしら新しい情報となると、国も変えていろいろな人に会って、動いていないとわからないと私は思っていて。
徳尾 僕の場合は、青山とか中目黒、代官山とかをぶらぶらしています。東京はギークな人が多いから。
中原 都市は人もモノも集まってきますからね。
徳尾 調べまくって良いものを買おうとする、日本の国民性もあると思う。しかも、中原さんみたいな良き解説者がたくさんいる素晴らしい国だし。古着の世界なんていまだに日本のマーケットが世界の価格を決めているようなところがあると思う。
投資でモノを買うなんて思考はないかなー
中原 でも、最近は地方を拠点にしてWebで販売している良いお店も増えていますよね。ネットでも雰囲気を出せる時代になりました。
逆に、個人間で売買できるようになったことで、買い付けに行く楽しみは減ったかもしれない。昔はディーラーが倉庫を一緒に回ってくれていたけど、そういうのはだいぶ減りました。
徳尾 価格がグローバル化されてきた問題もあるよね。良くも悪くもネットのおかげで情報が流通しちゃって、世界中のコレクター品の価格がある程度標準化しちゃった。お金さえあれば良いモノは買えるけど、センス一発で安くて良い掘り出しモノが買えるかというとそれはかつてより難しい時代になってる。
中原 良し悪しではなく、将来的に価値が上がるから買う人も増えています。
徳尾 投資でモノを買うなんて思考はないかなー。値上がり期待が前提だと実生活の中で楽しめないでしょ? それだけはインターネットの最大の弊害だと思う。
その一方で、世界中にコレクターが5人くらいしかいないような可笑しいほどに超ニッチなジャンルにコミットできるのはすごい。ネットがなかったら、そんなニッチなコレクターには世界を何十年巡っても会えないわけだし。笑
中原 徳尾さんは「CtoC TOKYO」でコレクションを販売されています。どういうときに手放してもいいかなと思うんですか?
徳尾 それはねぇ、いろんな意味でもう手放さなくちゃいけない時期にきてるんだと思うから。結構な歳になって「よく知り、よく学び、自分の血肉となった先は?」と途方にくれるときがあって。本当は手放したくないんだけど。笑
中原さんとかは、幅広い人たちに向けて文化の領域を広げようとやってきたでしょ? 僕は完全にクローズドだったから。自己満足の塔を高く積み上げた結果、気づいたら降りられない状況になってて(笑)
少しずつ削りながら、階段をつくりながら、人と一緒に楽しめたらいいなって。そのために城壁を崩し始めているんです。
ミニマリストになりたいので「物を売らないでください」
中原 それくらいモノがあるのに、普段はバッグすら持っていないですよね。
徳尾 腹時計が専らで時計もしてないしね。先日友だちと話しているときに僕ら本質的にはミニマリストなんじゃない?」って言葉が自然に出たの。そうしたらみんなで苦笑。でも、本当はひとつの分野でひとつのベストなモノを愛でたいミニマリストなんです。夢はコレクターを辞めることだから!笑
中原 断捨離とかを否定するタイプかと思っていました。
徳尾 そんなこと全然ない。「物を売らないでください」ってTシャツを着て歩きたいくらい。餌を与えないでくださいみたいな、本当にそういう生活をしたいと思ってますよ。
中原 あははは(笑)。そう言いながらも今後も買い続けるんでしょうね。
徳尾 この家もすぐに満杯になっちゃうと思うけど・・・
中原 その頃にまた話を聞かせてください(笑)。本日はありがとうございました。