あなたの車見せてください リターンズ 第1回 塩津圭介 × ジャガーMK2
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2021年6月15日

あなたの車見せてください リターンズ 第1回 塩津圭介 × ジャガーMK2

塩津圭介(喜多流能楽師) × ジャガーMK2

人の手が作るから尊いものになる。お能の舞台もMK2も同じ匂いを感じます

独自の世界観で、時代をおもしろく変えていくクリエーター。彼らは、モノをチョイスするとき、何を考え、どういう基準で選んでいるのか? そして、どんな愛着をもって接しているのか? クルマ好きのクリエーターのみなさんに、クルマのあるライフスタイルの魅力を語っていただく連載。今回は、喜多流能楽師の塩津圭介さんに、ジャガーMK2の魅力を語っていただいた。

Text & Photographs by KITAHARA Toru

人生で初めてクルマ屋で見たクルマがジャガーMK2

美学がクルマを進化させ、美学がオールドカーを遺産のように残してきたとしたら……。そんなことを考えてしまうのは600年の歴史を持つ、日本の伝統芸能であり、日本の美学とも言えるお能の世界に生きる喜多流能楽師シテ方の塩津圭介さんにお話を伺ったからもしれない。伝統という意味ではジャガーもイギリスの伝統的なクルマのブランドである。そんな両者が出会うきっかけもまた稀有なものでありながらも必然だったのかもしれない。「あなたの車見せてください リターンズ」第1回の塩津圭介さんのジャガーMK2です。
──いつくらいからこのジャガーMK2を意識し始めたんですか?
「もしかしたら、このクルマが僕の人生で初めてクルマ屋さんで見たクルマかもしれないんです。中学生のとき、父(喜多流能楽師、塩津哲生さん)がクルマを買いたいというので付いて行きました。そこにあったのがジャガーMK2だったんです。父の修行時代、住み込んでいた師のもとへ、趣味でお能を習うお弟子様が、このクルマでお稽古に見えていたそうです。その頃のジャガーは今よりも価値がある超高級車で、まさにプライベートジェットを買うような感覚だったと思います。
父も『いつかはジャガー』という憧れだったそうです。それで環七沿いの、今でもある店に行きました。そこにあったMK2以外にも『白と赤もありますよ』とお店の方に言われて、いざ買おうと思ったのですが、工場に入っている時間のほうが走っているより長いかもしれないということを耳にして、諦めたんです。その印象が残っていたのは確かです」
──では、ジャガーMK2に辿り着くまでの車遍歴をお教えいただけますか?
「シルエットとしてはクーペが究極だと思っています。加えてオープンカーが好きなんです。だから、大学卒業して、クルマを買おうと思ったとき、選択肢としてクーペ&カブリオレに絞られました。もうひとつ選択の幅を狭めるものがありました。それがお能という世界にいる者として先輩もいますし、あまり目立ってはいけないな、という思いがあり、ハードトップを選ぶことになって、プジョーの206CCを買ったんです」
──オープンカーは何台くらい乗りましたか?
「206CCの後は307CC、フォロクスワーゲンのイオス、あれは大変でした。サンルーフが開いてさらに屋根が開くというある意味で夢のクルマなのですが、雨漏りしましたね(笑)。その後ゴールドに塗り替えて乗っていました」

クーペが究極

──クーペが究極とおっしゃいましたが、どんなクルマが好きなのですか?
「アストンマーチンDB4やDB5、ジャガーEタイプのラインが好きですね。それからピニンファリーナが引いた線はだいたい好きです。ピニファリーナはイタリアのデザイン工房と言えばいいんですかね。フェラーリやアルファロメオ、マセラッティもデザインしています。フェラーリ 250GTやアルファロメオ 1600スパイダー、挙げ出したらきりがありません。中でも好きなのがマセラッティA6Gです。ピニンファリーナの美しい丸みを帯びた曲線のシルエットが好なんですよ」

プラモデルまで買う熱の入れ方

──そのクーペ好きがなぜ、ジャガーMK2を?
「確かにジャガーMK2はセダンです。結婚して、子どももできて4ドアにするということが頭をよぎるようになりました。でも、自分好みのセダンってなかなかないんですよ。だって、クーペ好きだから(笑)。フェラーリエンジンのV8、4.2リッターを積んだ最終のマセラッティ クーペに乗っていたのですが、それも能楽師としては異端でしたね(笑)。クラッチ交換という面倒なこともあったりしましたが、運転は楽しかったです。
マセラッティを買う時からセダンを考えるようになって、ずっと頭にあったのがこのジャガーMK2だったのです。ラインというか、外の形がなんとも好きですね。大量生産では絶対にできないフォルムです。実は買う前にはタミヤのプラモデルも買いました。定価より高くメルカリで買って(笑)」
──探した結果、このジャガーMK2を見つけたということでしょうか?
「簡単ではなかったですね。長年お付き合いしている中古車ディーラーの友だちに話して、探してもらいました。何台か見ましたが、最終的には名古屋のオークションまで一緒について行きまして、そこで見つけました。90年に日本に来て、修理簿も残っていて、2万3000kmという距離もどうやら本当らしく、大事に乗られていたのが分かりました」

ジャガーを見ながらコーヒーを飲む!?

──やっと昔から心にあったMK2が我が手にということですね。
「買ってからが大変でした。やっぱりやめようかな、と言ったくらいで。半年以上かかりましたね。納車されて、いきなり冷却水が漏れていて、工場行き、それから工場入りっぱなしでした。あのくらいのものになると不動だろうが欲しいものは欲しいっていうクルマなんです。
乗るというより『いじる』って感覚の人も多いんです。それどころか、『あのクルマは乗るクルマではなくて、あれを見ながら、コーヒーを飲む“場”なんだ』とまで言われましたから。それでもなんとか乗れるようになりましたが、夏がどうなるかですね。その対策として冷却水のタンクを倍にすることや空気の排出、吸気にみんな手をかけますが、暖気の排気は結構重要なので、その辺りはまだ手をかけないといけないようです」
──乗ってみてどうでしたか?
「オーバーヒート、スターターの寿命があったり、ブレーキが効かないときは焦りましたね。クラシックカーに乗るリスクはありますが、そのダメさ加減も含めて大事にしたくなるんです。リアの三角窓の開閉も優しくしないとハンドルが折れちゃう。いちいち面倒ですよ。良い革靴を履くと手入れしたくなるじゃないですか。そういう感じです。それでも一生乗ろうと思えば乗れるクルマだとは思うんです。売れたクルマだったのでパーツも多いし、ネットで探せますからね」
──古いクルマの魅力を改めて伺いたいのですが。
「あのクルマって『好きなんだね』って趣味だと思われるクルマですね。お能も600年も経って古いものの良さがあると思うんです。昔の人は便利なものがなかったから、手間を惜しまない。伝統工芸もそうですが、一個一個を職人技で作り上げられていると思うのです。あのホイールも一本一本編んでいるんだろうな、と。そういうところに人間臭さや職人の思いが集約されています。
お能もまさにそうで、装束や面(能面のことを「おもて」と言います)も命をかけて作っています。面を作る職人も何十個も作って、叩き割って、その中の一つが残っていて。若いときはいい装束にいい面を着けたくても、アンバランスになって着けられない。でも、35歳を超えて先輩に言われたのですが、『いい装束、いい面に助けてもらうんだよ。補ってもらっていい舞台にすればいいんだ』って。なるほどと思いました。『それを使うんだから奮い立たせて、もっと稽古するんだ』と言われましたね。
結局お能の舞台も職人の集合体なんです。全体のバランスが良くないとクルマでもファッションでも良くならない。あの車に似合わなければ、似合うようになればいい、そういう仕事ができる人間になりたい」

人の手を感じることが尊い

──古いことの貴重性は少ないというだけでなく、人間の手によって作られたからこそ生まれる存在感というのも大きいと思います。
「古いものがカッコ悪いというのもあるかと思いますが、古くてカッコいいというのもあると思うんです。お能も600年経っていて、新しさがあります。変わらないようにやっていても変わってしまうのです。同じようにやるんですが、できてない。そのできていないが自分なんだという世界です。お能も新作やコラボをする人も出始めています。ですが、僕はあれでいたいんです(といってMK2を指差す)。EV車や新しいデザインは必要だと思いますが、昔から変わらないことがクルマもお能のスタイルも自分には合っているんですね」
1秒の世界を1時間かけて舞うこともある能の世界にありながら、その伝統を守りながらも革新的な活動を続ける塩津さん。ジャガーMK2が現代のアスファルトの上を走る姿もまた時間が止まったように見えた。だがそれは塩津さんのいう、昔から変わらないスタイルが今を走ることで斬新に見えることと二重像のように重なって見える。昨今、にわかに能が注目されているが、そのトップランナーとして、活躍する舞台を読者の目にも焼き付けてもらいたい。古くて新しいものがその目を釘付けにするだろう。
塩津圭介|SHIOTSU Keisuke  
喜多流能楽師。1984年10月27日東京に生まれる。3歳で初舞台を経験。2004年に現在まで続く、若者のための能「若者能」を立ち上げる。コンパクトにまとめた能舞台と学生による解説、学割を適用するなど、若者の能への関心を広げる活動として注目されている。2021年大分県竹田市での伝統的な野外能である「竹田薪能」に挑戦。常に伝統に対して前向きに対峙する姿は多方面から注目されている。トライアスロンにも挑戦する現代的な面も。
                      
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