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2026年1月28日
人間国宝が語る。理屈ではない「おもしろさ」
LOUNGE|喜多流シテ方能楽師 人間国宝・友枝昭世さん
喜多流シテ方能楽師、人間国宝(重要無形文化財保持者各個認定)であり、流儀の宗家預かりという立場である友枝昭世さんは、その芸の核心にあるものを「気」と呼ぶ。
6歳から喜多流十五世宗家・喜多実氏に師事。43歳から81歳までの名演十二曲を映像化した自選集の発売に先立ちお話を伺った。
Text by MASAAKI Tominaga | Photograph by TAKUROW Tomita | Interview by OPENERS
舞台に立つ人間の人柄。その演者から放たれる「気」が、芸の輪郭となって透ける。友枝昭世さんはそう言い、能は結局「人」なのだと示唆する。師である喜多流十五世宗家・喜多実氏から受け継いだ骨格の確かな芸風を持ちながら、その枠に収まりきらない何かが友枝昭世さんの芸にはある、そう評する声も多い。
2026年の年始、友枝昭世さん自らが選んだ十二曲の舞台映像を収めたDVD制作が進む折に、お話をうかがう機会を得た。予約特典の付属冊子『能 私の来た道 友枝昭世』(編集:能楽評論家・金子直樹)には、舞台に向き合ってきた年月と、その時々の胸中が、淡々とした語り口で綴られている。大仰な自伝ではない。むしろ、語らないことの多さが、かえって積み重ねられてきた稽古の厚みを感じさせる内容である。
「実は、このDVDを出すのにも、あまり乗り気じゃなかったんです。
芸術はやはり本番。能は能楽堂に来ていただいて、生で。それが一番だと思って、ずっと拒否していたんです」
集大成としての十二曲。いまこの時に、映像という形を選んだのはどうしてなのか。
「でも、私の過去の舞台、十二曲を…。支えてくださったお囃子方やおワキ、地謡、特に野村萬先生の間狂言。そういう方々と一緒に作ったものを、後の時代に残し、映像を通して能の楽しさというか、あじわいを感じ取っていただければいいかな、と思って。やっと乗り気になったんですよね」
能は、説明的でわかりやすいものではない。
西洋的な演劇のように、装置や身振り手振りで情景や感情を押し出すのではなく、ほとんど何もない空間に、観客の心象を立ち上げてゆく。少なさゆえに、精度と密度が不可欠である芸能だ。
「能は無精な芸というか、動きも少ないし、アピールもなるだけ少なめにします。だから、いろんな人が違う解釈をすることができる余地があると思うんです。それを伝えるには、こっちからの“電波”が強くないと。まあ、それが『気』だと思うんですけど。受信機にもいろいろありますでしょうから、相当強い電波を出さないと、っていうのはいつも考えていますね」

舞い手が発する「気」が電波なら、観客の感性は受信機である。知識が助けになることもある。昨今は上演前に解説が入ることも多い。しかしここでいうような伝達プロセスは、知識を超えた先、言語で表象されないところでしか感じとることができない。経験も感性も異なる観客ひとりひとりの心と、どう共振するのか。そのために必要なのは、まず「気を入れる」ことだと友枝昭世さんは語る。
「幼いころから先生(喜多実氏)に言われたのは、とにかく『気合い、気合い』ということでした。気を入れて、
繰り返し、繰り返し稽古をする。
そのうち、自分なりに、この曲はどんなことを言わんとしているのか、五十年やっていれば、だんだん自然に、何とはなしに感じが分かってくるものなんですよね。
だから、やっぱり繰り返しの稽古が一番必要だなと」
繰り返しは単純に見える。だが、それを生涯つづけるのは単純ではない。十年前と今、同じ曲でも、舞台の雰囲気も変わり、お客様との阿吽の呼吸も変わる。共演するワキ方、囃子方、地謡、狂言方、見所(客席)の雰囲気、会場を取り巻く環境。そうした無数の要素が交わり舞台は「一期一会」になる。繰り返しの中であっても、同じものは二度と訪れない。
屋外の舞台では、そのことをいっそう強く思い知らせられるという。
「屋外と屋内とでは、ずいぶん雰囲気が違うんですよね。空気を感じます。
明治以降、能は屋内に入っちゃったんですけど……宮島の厳島の舞台や本願寺の舞台となると屋外の良さを、舞っていても感じますね」
有名な厳島の能舞台では、潮の満ち引きが音を変えるという。『厳島観月能』は友枝昭世さんが1996年に発足され、2025年で第27回を迎えた公演。月夜の下、世界遺産である厳島神社の海上に設けられた能舞台で舞われる幻想的な能だ。
DVD収録の『融』は2011年の公演であるが、第1回でも『融』は舞われ、当時その舞台を鑑賞した白洲正子さんの絶賛を得ている。
「潮があるとないとでは、全然違うんです。
反響がいい。反響板の役をしているみたいです。水がないと全然違う」
潮だけではない。闇もまた舞台の一部だという。
発行・販売元:NHKエンタープライズ(C)2026 NHK
「一番最初はゾクッとしましたね。お客さんが真っ暗で見えない。向こうが真っ暗だから、誰に見られているのかな、っていう怖さも、緊張も、ありましたね」
暗闇の向こうに、見えない観客がいる。
その「見えなさ」が、友枝昭世さんの舞台に集中をもたらす。野外での公演を常としてきた能も、明治期以降は屋内の公演が多くなってしまったというが、能の静けさの本質は、自然の中での闇に支えられているのかもしれない。
勢いのある静けさを内に溜める。
友枝昭世さんが稽古を始めたのは六歳半。戦後の環境のなか行書風と評された芸風が際立つ名人であり父でもある友枝喜久夫氏ではなく、喜多流十五世宗家であった喜多実氏が師として、一貫しての稽古を担ったという。
「今、若い人を教えていますけど、ある程度まで来ていなければ、いろんな人から教わると混乱する。
父もそこが分かっていたと思います」
喜多実氏の「風(ふう)」は骨格がしっかりとした楷書の芸とも評される。
「ちょっとくちはばったいけど、やはり基本、基本、基本で、あるとこまで来た者じゃないと、「ああ、いいな」と思っても、なかなかうまく表現できないんじゃないかなって、思いますね。」
基本と「気」。繰り返しと、さらなる繰り返し。
舞台を支配するのは「気」だが、それは、ただじっとしていれば生まれるものではないという。

高速で回転する駒が、外から見ると止まっているように見える。能の静止とは、そういうものだと友枝昭世さんは表現する。
能の動きがゆるやかなのは、力が足りないからではない。力を外に漏らさないからである。勢いのある静けさを内に溜め込んだまま、動かずにいる。それは一種の緊張であり、抑制であり、動きへの渇望に近い。渇望を満たすより抑え続けるほうが、はるかに集中力を要する。繰り返し稽古し、身体が覚えた謡や型によって、動きや感情を精緻にコントロールする。そこに内包された膨大なエネルギーの目には見えない発露に、能を観るものは「気」を感じるのかもしれない。
先達の面影をやどせるだけの器として
師である喜多実氏は友枝昭世さんが46歳のときに鬼籍に入られる。
その時のことを友枝さんは自伝の中で「いい意味でのタガがしっかりとあったものが外れた」と表現している。
「もし、もっと若い時にタガが外れていたら、変なふうに変形していたかもしれない」

稽古によって積み上げられたしっかりとした土台があるからこそ、別の「風」がのせられるということなのであろう。師を失ったのち、ひとつの基準が外側から内側へ移り、「自分を自分から離れて観る」感覚が必要になったという。
「六平太先生(※1)は型じゃなくて心情的なものでおっしゃいます。ただ、自分もだんだんちょっと生意気になってきて、能を演劇的にということでは、やっぱり観世寿夫先生(※2)にちょっと惹かれたことは間違いないんですよね。実先生は一切そういうことをおっしゃらないから。極端に言えば、基本に徹して、そして「気を入れて、気を入れて」っていうだけで、この曲はこういうものだということはもう本当に絶無なんです。それでも、実先生に徹底的に基本を固められたので、変な結果にはなっていないのではないかと思います。」
(※1)十四世喜多六平太(1874–1971) 能楽シテ方喜多流十四世宗家。流祖以来の名人とされる、昭和期の能楽界を代表する能楽師。友枝昭世さんの父である友枝喜久夫氏は、十四世喜多六平太氏に師事している。
(※2)観世寿夫(1925-1978)観世流シテ方能楽師。七代観世銕之丞(雅雪)の長男。世阿弥の能楽論を拠点に、能の根源的意味を追究した。53歳で急逝。
曲の理解は言葉を伝えるのではなく、ひたすらに繰り返すなかで感じ取らせる。師の教えの下で忠実に型を繰り返して築いた確固たる基礎。その上で、多くの先達の芸風は「いいのか、よくないのか」を突き詰め、取り入れていく。それでも流儀における芸が失われることがないのは、繰り返される稽古の中に宿された「伝承する技法」そのものの圧倒的な洗練によるものであろう。
「能っていうものは、舞台芸術として、世界最古と言っていいと思うんですよね。これがもう700年近く残ってきたのは、例えば最古の木造建築の法隆寺が残っているのとは全然違う。人間の肉体を通して、空間に表現して、かつ時間と空間を共有する。お客様と一緒に。ずっと、この700年近く続いているってことはね、これはやっぱりすごいもんだなって思うんですよね。その一瞬一瞬でお客様に訴えなきゃいけないからね。例えば絵ならゴッホとか、そのときはだめでも後世には受けいれられる。そういうのは我々にはないですからね。」
能は、形あるものでも、カリキュラム化されたものでもない。
一日かぎりの能舞台という空間で、能楽という芸能にたずさわる能楽師たちが過去に積み重ね続けてきたもの。数百年間という時間を背負い、それを観客と共有する。だからこそ、その瞬間に「能」が届けられなければ意味がない――友枝昭世さんの言葉は、能楽という芸能の厳かな価値観を静かに示すものだとも言えるだろう。

友枝昭世(ともえだ あきよ)
1940年、東京生まれ。能楽シテ方喜多流宗家預かり。肥後熊本において加藤家・細川家のお抱え能役者として代々続いてきた本座・友枝家に、友枝喜久夫の長男として生を受ける。1946年、喜多流十五世宗家・喜多実に師事。翌年、7歳で「鞍馬天狗」花見にて初舞台。1950年には「西王母」で初シテを勤める。1964年、ニューヨーク高等演劇研究所に招聘され渡米。能楽指導にあたるとともに、ワシントン、ボストン、シカゴなど各地で公演。1978年芸術選奨新人賞、1995年同賞文部大臣賞、2000年紫綬褒章、2003年日本芸術院賞。2008年、重要無形文化財保持者各個認定(人間国宝)に認定。2011年日本芸術院会員、2020年旭日中綬章受章。現在、「友枝会」「友枝昭世の会」を主宰。1996年より厳島神社能舞台にて「友枝昭世 厳島観月能」を開催している。
1940年、東京生まれ。能楽シテ方喜多流宗家預かり。肥後熊本において加藤家・細川家のお抱え能役者として代々続いてきた本座・友枝家に、友枝喜久夫の長男として生を受ける。1946年、喜多流十五世宗家・喜多実に師事。翌年、7歳で「鞍馬天狗」花見にて初舞台。1950年には「西王母」で初シテを勤める。1964年、ニューヨーク高等演劇研究所に招聘され渡米。能楽指導にあたるとともに、ワシントン、ボストン、シカゴなど各地で公演。1978年芸術選奨新人賞、1995年同賞文部大臣賞、2000年紫綬褒章、2003年日本芸術院賞。2008年、重要無形文化財保持者各個認定(人間国宝)に認定。2011年日本芸術院会員、2020年旭日中綬章受章。現在、「友枝会」「友枝昭世の会」を主宰。1996年より厳島神社能舞台にて「友枝昭世 厳島観月能」を開催している。
これまでの舞台から自ら厳選された12曲の映像集『友枝昭世の能 自撰12曲』(DVD12枚組)が株式会社NHKエンタープライズより販売予定。予約受付は2026年2月15日(日)まで。予約限定の特典として貴重な芸談『能 私の来た道 友枝昭世』(編集:能楽評論家・金子直樹)が付属する。

