連載|牧口じゅんのシネマフル・ライフ 第6回『私の少女時代 -OUR TIMES-』
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2018年10月16日

連載|牧口じゅんのシネマフル・ライフ 第6回『私の少女時代 -OUR TIMES-』

連載|牧口じゅんのシネマフル・ライフ

第6回 大人が振り返るからこそ見つけられる、
切なく純粋な青春時代『私の少女時代 -OUR TIMES-』

感情に名前をつけるなんて、なんて野暮なことだろう。好きにもいろいろあるし、嫌いにもいろいろある。初恋だとか、純愛だとか、定義づけしたがるもの人間の悪い癖だ。大人になれば、既存の枠に自分の感情を押し込めて、無理やり納得させていくことも得意になる。好きだけれど憎らしいとか、嫌いだけれど気になってしまうといった、理解しがたい気持ちは、青春時代特有のものと言えるのではないだろうか。だから私たちは、そんな甘酸っぱい気持ちを持つことができる若かりしあの頃を、ちょっと眩しく思い出したりするのだろう。2015年夏、台湾で『007 スペクター』をはるかに凌ぐ大ヒットを記録した映画『私の少女時代 -OUR TIMES-』は、まさにそんな若き日々を描いた青春映画の秀作だ。

Text by MAKIGUCHI June

あの頃を思い出して、今の自分から一歩踏み出そう

現代の台湾に生きる平凡なアラサーOL・真心は、仕事に追われ、おしゃれもデートもままならない。疲れ切ったある夜、ラジオから流れる「君は今の自分が好き?」という問いかけを機に、高校時代の自分を思い出す。90年代の人気アーティスト、アンディ・ラウに夢中で、未来に希望を抱き何もかもが輝いていたあの頃、そしてあの人のことを。

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思いは、高校時代にさかのぼる。平凡で男の子から特に関心を持たれない真心は、香港のスター、アンディ・ラウとの結婚を夢見る冴えない女子高生だ。そして、イケメンでスポーツも万能な優等生・欧陽に憧れている。

ある日、彼女が自分に届いた不幸の手紙を学校一の不良・太宇に送ったことから彼に目をつけられてしまう。初めこそ主従関係のようだった二人だが、いつしか互いを理解し合うようになり急接近する。太宇との交流をきっかけに変化し、やがて生徒たちの注目を集めることになった真心は、思いがけず欧陽からも声をかけられるようになるが……。

イケメン王子とワイルドな不良。そんな二人に挟まれて、心を揺らす少女。青春映画の定番ともいえるシチュエーションだが、そこには自分の本当の気持ちに気づけず、心を決められないもどかしいほどの若さが見事に表現されている。欧陽と仲良くなったのに太宇が気になってしまうのはなぜなのか。太宇が他の女子と話をすれば悲しくなるのはどうしてなのか。そして、みんなに誤解されやすい太宇をかばいたくなる本当の理由は何なのか。

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いろいろな出会いや恋愛を経験し、こんな状況を俯瞰できるようになった今ならば、揺れる気持ちの正体もわかるだろう。そして、あの頃の自分に対して「なぜ、あんなに気になっていたあの人が、本当に好きな相手だったと気づけなかったのか」とか「告白ぐらいしておけばよかったのに」とか思うかもしれない。でも、あの頃の自分はあれが精一杯だったのだ。

切ない恋を経て今の自分がある。そう思えるなら、実らなかった初恋も遠い日の思い出ではなく、そこから成長した自分を認識させてくれる大切な経験のひとつになるのだろう。本作は、大人になった今なら、当時は気付けなかった気持ちや伝えられなかった想いにも、ちゃんと向き合えることを気づかせてくれる。理想の女性になれず失意の底にいる大人の真心は、それに気づき昔の自分や太宇との思い出に勇気をもらい、新しい一歩を踏み出すのだ。

本作には、大人が振り返るからこそ見つけられる、切なく純粋な青春時代が描かれている。今だからこそ、あの思いがとても大切な恋であったことにも気づけるし、大切な思いをただやり過ごしてしまうことがどれほど残念なことなのかもわかるはず。今を生きることが大切だということに、いいかげん気づいてもいい年頃なのだから。

青春を振り返り、ただ単に思い出に浸ろうというのがこの映画のメッセージではない。
「あの時の自分を思い出すことで、くすぶっている今の自分から一歩前に踏み出そう」
映画の最後に贈られる真心へのサプライズは、そう言って、すべての大人たちの背中を押してくれている。

★★★★☆
大人も楽しめる良質の青春映画。昭和を思わせる懐かしい台湾の90年代、そして音楽がいい!

『私の少女時代 -OUR TIMES-』
製作:イエ・ルーフェン 監督:フランキー・チェン
出演:ビビアン・ソン、ダレン・ワン、ディノ・リー/特別出演:アンディ・ラウ、ジョー・チェン、ジェリー・イェン
原題:我的少女時代/英題:Our Times
配給:ココロヲ・動かす・映画社 ○
11月26日(土)より新宿武蔵野館他にて全国順次ロードショー
©2015 Hualien Media Intl. Co., Ltd 、Spring Thunder Entertainment、Huace Pictures, Co., Ltd.、Focus Film Limited

牧口じゅん|MAKIGUCHI June
共同通信社、映画祭事務局、雑誌編集を経て独立。スクリーン中のファッションや食、音楽など、 ライフスタイルにまつわる話題を盛り込んだ映画コラム、インタビュー記事を女性誌、男性誌にて執筆中。

           
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