連載|牧口じゅんのシネマフル・ライフ 第21回『オンリー・ザ・ブレイブ』
連載|牧口じゅんのシネマフル・ライフ
第21回 この世は決して捨てたものじゃない。
そう思わせてくれる、すべての名もなき英雄たちの物語
『オンリー・ザ・ブレイブ』
悲劇的な事実を映画で語ることは難しい。真実を歪めぬように、誇張しないように―。映画『オンリー・ザ・ブレイブ』は、それに成功した数少ない作品のひとつだろう。2013年にアメリカのアリゾナ州で起きた巨大な山火事を題材にしている。登場するのは、荒れ狂う炎に立ち向かう精鋭部隊“ホットショット”の20名。紛れもない生身のヒーローたちだ。彼らが紡ぎ出す物語は、ハリウッドの方程式に馴れきった者たちを、胸をえぐるようなエンディングへと導いていく。フィクションでは決して実現し得ない重い衝撃。その果てにあなたがたどり着くのは、何気なく生きてきたこれまでの日常とは違う、ちょっと新しい世界だ。
Text by MAKIGUCHI June
世界中の名もなきヒーローたちに感謝したくなる作品
現実世界の“英雄”というのは、マントを身に着けて空を飛ぶ超人たちではない。私たちと共に暮らす人々だ。『オンリー・ザ・ブレイブ』に登場する男たちも一見、どこにでもいそうな人々だ。
アリゾナ州プレスコット市の森林消防隊は、指揮官マーシュによる抜群の読みと統率力、チームの結束力により多くの実績をあげていた。
だが、現場で権限を持つのは、米国農務省が認めた“ホットショット”と呼ばれる精鋭部隊。マーシュの隊が戦略を提案しても、「たかが“市”レベルの消防隊員が口を出すな」と相手にされない。
ある時、火災現場で認定審査を受けるチャンスを得るが、鎮火方法をめぐり審査官と激しい口論に。被害を最小限に食い止めたい思いから一歩も譲らないマーシュは、見事に火事を食い止める。副官の「審査がダメでも、俺たちは森を救った」との言葉に、隊員たちも誇らしげだ。
そして後日。審査官から告げられたのは、市の消防隊では、初めての“ホットショット”への昇格。「ボスは生意気だが、君たちは最高の消防士だ」との言葉とともに。
家族と喜びを分かち合う隊員たち。だが彼らには、アメリカ史上最も恐ろしいとされる巨大な山火事が待ち受けていた―。
容赦なく、人間の都合や感情などおかまいなしに、すべてを焼き尽くす森林火災。本作では、その威力と破壊力がとてつもない臨場感で再現されており、消防士たちの任務がいかに過酷であるかを、今更ながら思い知らされる。スクリーンに映し出されているだけでも、目の前の炎に恐怖で思わず身体がこわばるほどだ。
そんな恐るべき存在に立ち向かう“ホットショット”の男たちは、決してエリートでない。劇中、彼らの人間性や仲間同士の関係性が語られるが、彼らはどこにでもいる普通の男たちだ。
むしろ、日常的には問題を抱えていたり、ちょっとばかりおふざけが過ぎたりする荒くれ者。互いに顔を合わせればジョークが飛び出し、喧嘩もすれば、憎まれ口も叩き合う。
だが、ひとたび使命感を帯びれば、彼らは勇敢なヒーローに変わる。自分たちが愛する者たち、愛すべき町を守ると決意して、命を懸けて火中に飛び込む。
人間の本性とは、いざというときに露呈するものなのだとつくづく思う。
日頃はバカばかりやっていても、いざとなると驚くほど頼もしい。消防士たちのそんなギャップが英雄性をひときわ際立出せる。自分の命が危険にさらされながらも、誰かのために立ち上がれること以上のヒーロー性はないだろう。
ラスト30分の行き詰まる展開が、娯楽作とは一線を画す緊迫感に包まれるのも、そんな実在のヒーロー性による凄味ゆえだ。
真実の持つ力をあなどらず、センチメンタルな装飾を排した演出により、本作からはドラマティックな娯楽作が忘れがちな“物語を語る上での誠実さ”が感じられる。それは、真実への、人間への、そして何より隊員たちへの強い敬意ゆえだろう。
この世界は、彼らのような名もなき英雄たちの献身で成り立っている。会ったことも話したこともない誰かが、私たちを日々守ってくれている。その現実にあらためて気づかされ、これまで見えなかった彼らの活躍が、もっと身近に感じられるはずだ。
ただそれだけで、何気ない世界も変わって見える。この世は決して捨てたものじゃない。そう思わせてくれる、すべての名もなきヒーローたちに感謝したくなる一作だ。
★★★★☆
あまりに衝撃的すぎる事実を、誠実に映像化した秀作。
『オンリー・ザ・ブレイブ』
監督:ジョセフ・コシンスキー『オブリビオン』『トロン:レガシー』
出演:ジョシュ・ブローリン『エベレスト3D』、マイルズ・テラー『セッション』、ジェフ・ブリッジス『クレイジー・ハート』、テイラー・キッチュ『バトルシップ』、ジェニファー・コネリー『地球が静止する日』、ほか
原題:Only the Brave/2017年/アメリカ/カラー/シネスコ/5.1chデジタル/2時間14分/字幕翻訳:林完治
配給:ギャガ
© 2017 NO EXIT FILM, LLC
6月22日(金)、TOHOシネマズ 日比谷ほか全国公開
牧口じゅん|MAKIGUCHI June
共同通信社、映画祭事務局、雑誌編集を経て独立。スクリーン中のファッションや食、音楽など、 ライフスタイルにまつわる話題を盛り込んだ映画コラム、インタビュー記事を女性誌、男性誌にて執筆中。