新連載|牧口じゅんのシネマフル・ライフ 第1回『シング・ストリート 未来へのうた』
新連載|牧口じゅんのシネマフル・ライフ
第1回 人生をもっと好きになれる理由
『シング・ストリート 未来へのうた』
もうすぐ夏休み。故郷に帰り、懐かしい面々と再会する機会を持つ人も多いだろう。そんな時期にぴったりな映画がやって来た。人生と音楽の幸せな出会いを描いた『シング・ストリート 未来へのうた』だ。
Text by MAKIGUCHI June
輝く未来へ向かって走り出す少年の姿が胸を打つ音楽映画の新しい傑作
大人のちょっと手前、青春時代の危うさの中で揺れ動きながらも、自分だけの大切な未来を掴もうとしていたあの頃。そんな季節を共に過ごした友人たちは、自分にとって大切な存在なのではないだろうか。
本作は今やすっかり成長してしまった大人たちが、多感な時代に逆戻りしたかのごとく、甘酸っぱい思いにたっぷり浸ることができる青春物語だ。
舞台となっているのは、懐かしき80年代。ブリティッシュ・ロック全盛期のアイルランドはダブリンだ。主人公は、父の失業をきっかけに両親から学費の安い公立学校への転校を言い渡された14歳のコナー。学校では苛められ、サエない日々を送っていたが、ある日、学校の前で美しい女神に出会う。
自称モデルのラフィーナは、校門前のアパートに住み、男子たちの憧れの的。誰もが及び腰で声をかけられずにいるが、コナーは思い切って彼女に近づきこう言ったのだ。「僕のバンドのビデオに出ない?」。バンドなど組んでもいないというのに。ところが、ラフィーナの電話番号を手に入れることに成功したコナーは、大慌てで“僕のバンド”を組む。それが意外にも上手くいき、“シング・ストリート”と命名される。そして、デュラン・デュランのカバーからスタートするのだが……。
もともと音楽狂いの兄からブリティッシュ・ロックの洗礼を受け、共にレコードを聴き、MTVを観ているときだけがハッピーだったコナー。バンドを始めた理由が、才能を見出されて……とか、偶然に……とかではなく、「好きな女の子にモテたい一心で」というのがなんとも子供っぽくて微笑ましい(ところが、世界的なバンドも意外にそんなことがきっかけに産まれていたりして……と想像するとなんだか楽しい)。
そしてまた、コナーを取り巻く人々がいい。特に、物語を面白くしているエッセンスのひとつが、兄ブレンダンの存在だ。大学を中退し引きこもり中だが、コナーにとっては人生の師。デュラン・デュランの曲を演奏し、それを録音して聴かせれば「好きな女の子がいるんだろう?他人の曲で口説くんじゃない」と叱る。(ごもっとも!)
さらに、ラフィーナに彼氏らしき人物がいると知り落ち込むコナーには、その人物がカーステレオで聴いていたのがジェネシスだと聞くや、「心配するな、奴は敵じゃない。フィル・コリンズを聴く男に女は落ちない」と言って自信をつけさせる。人生を“ロックする”ことを、さまざまな“名言”を交えて伝え、とまどったり悩んだりする弟に、「大丈夫、それでいい」と時に背中を押し、「本当にそれでいいのか」と時に立ち止まって考えさせる。とても頼もしい人生の先輩なのだ。
なんとなく集まってくるメンバーも、それぞれが個性的。しかも得意分野を持っていてユニークだ。コナーが恋心を歌詞に綴れば、仲間のひとりがぴったりの曲をつけ、他のメンバーがアレンジし、また別のメンバーが録音し、PVを作成する。それぞれの若者が、ほんの出来心で参加したバンド活動をきっかけに、それぞれのやり方で見えない壁を超えていくのだ。遊びが夢に、夢が人生へと繋がっていく様は、実はリアルで共感できる。
主人公に影響を与えるミューズ、ラフィーナは、年上の女性らしい大人の魅力と説得力で、コナーを新しい人生に導いていく存在だ。というよりもむしろ、ラフィーナという存在は、コナーにとって“人生”そのものなのかもしれない。コナーは音楽を通して人と出会うが、ラフィーナとの出会いは、その後の日々を大きく変えていく。彼女を通して、夢を抱き、夢の実現を目指す彼は、そこで初めて、誰のものでもない自分自身の人生というものに触れるのだ。きっと誰もが、そんな出会いを経験しているはずだ。そのきっかけは人それぞれ。音楽でなくてもいいのだ。
残酷なことも、眼を覆いたくなることも多い世界だが、そこにある素晴らしい部分、例えば、恋とか愛とか、思いやりとか、そういったものとなんとか繋がろうとするのが人生だ。ジョン・カーニー監督は、前々作『ONCE ダブリンの街角で』、前作『はじまりのうた』でも、“No music, No life”的な、音楽と人生との幸せな融合を描き、世界的に高い評価を得ているが、3作を通じて、意外と捨てたものじゃない世界の美しさを、人々の希望を、音楽と言うものに象徴させて描いてきた。例え音楽好きではなくても、彼の作品に心躍り、心惹かれるのはそのせいだ。
ここに描かれているのは、人生をもっと好きになれる理由なのかもしれない。自分が大事にできるものがあれば、人生はかけがえのないものになっていく。そんな当たり前の、だが、とても大切なことを教えてくれる本作が、読者の人生において大切な1本になることを願いつつ。
★★★★☆
満点をつけたい。でも、カーニー監督の作品は今後も秀作が登場するはず。期待をこめて星4つ。
『シング・ストリート 未来へのうた』
監督・脚本:ジョン・カーニー『ONCE ダブリンの街角で』、『はじまりのうた』
出演:フェルディア・ウォルシュ=ピーロ、エイダン・ギレン、 マリア・ドイル・ケネディ、ジャック・レイナー、ルーシー・ボーイントン
7月9日(土) ヒューマントラストシネマ有楽町、渋谷シネクイント 他全国順次公開
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配給: ギャガ
牧口じゅん|MAKIGUCHI June
共同通信社、映画祭事務局、雑誌編集を経て独立。スクリーン中のファッションや食、音楽など、 ライフスタイルにまつわる話題を盛り込んだ映画コラム、インタビュー記事を女性誌、男性誌にて執筆中。