歴史を醸し、未来を注ぐ。再興した福岡・宗像の老舗酒蔵「伊豆本店」が新たに造る、風土の薫りに満ちた酒
LOUNGE / TRAVEL
2026年3月6日

歴史を醸し、未来を注ぐ。再興した福岡・宗像の老舗酒蔵「伊豆本店」が新たに造る、風土の薫りに満ちた酒

 

EAT|福岡 宗像 酒蔵 伊豆本店

 
2026年1月7日、福岡県宗像市で300年以上続く老舗酒蔵「伊豆本店」が新生開業。一時は存続の危機に直面するも、「茅乃舎」で知られる「久原本家グループ」の助力を得て再興を果たした。敷地内を全面改装し、「福岡 宗像 酒蔵 伊豆本店」と新屋号を掲げて新章へ。単なる再生ではなく、 “魅せる酒蔵”として生まれ変わった蔵内を散策しながら、宗像のテロワールが息づく日本酒造りへの想いを伺った。
 

Text & Photographs by MORI Erika

宗像に根を張り300年以上。老舗酒蔵が再出発

 
Photo by izuhonten 海と里山、豊かな自然に恵まれている宗像。
 
福岡県の北東部に位置する宗像市は、玄界灘と里山に囲まれた実り豊かな地。「『神宿る島』宗像・沖ノ島」や「宗像大社」といった世界遺産を有し、悠久の歴史と人々の営みが穏やかに重なり合っている。
 
約18メートルの高さを誇る赤煉瓦造りの煙突。蔵の歴史の象徴で、珍しい六角形をしている。
 
「福岡 宗像 酒蔵 伊豆本店」が所在するのはそんな宗像市の東部。福岡市の中心地から車を走らせること約1時間、JR・教育大前駅からはタクシーに乗り5分ほど。のどかな田園風景の先に赤煉瓦造りの煙突が見えたら、入口はもうすぐそこだ。
 
敷地の奥には、大きな甑が据えられた往年の「蒸し場」が残されている。
 
「伊豆本店」の創業は1717(享保2)年、福岡藩主から酒造株を賜り酒造事業をはじめたのがその起こり。幻の酒米を復活させて醸した日本酒「亀の尾」をはじめ、伝統的な造りの日本酒が地元の人々に愛されてきた。
 
しかし2023年、前12代蔵元の逝去で酒造りは中断を余儀なくされ、一時存続の危機に直面。そんななか「歴史を絶やしてはいけない」と助力し支えたのが「茅乃舎だし」で有名な「久原本家グループ」だった。
 

伝統を守り継承したい――縁深い久原本家が尽力

 
Photo by kayanoya 「御料理 茅乃舎」のエントランス。総量80トンもの茅を1本1本丁寧に葺いた西日本最大級の茅葺き屋根を誇る。
 
「伊豆本店」は「久原本家グループ」の4代目・河邉哲司社主の母方の実家にあたり、伊豆家とは親戚関係にある。河邉社主は酒蔵の母屋の葺き替えを目の当たりし、職人の手仕事に感銘を受けた。その原体験をきっかけに生まれたのが、糟屋郡久山町にある「御料理 茅乃舎」。現在全国にその名を響かせる「茅乃舎」ブランドの総本山にあたる、茅葺きの自然食レストランだ。
 
Photo by kayanoya 蛍の住まう清流と里山の景色に溶け込む「御料理 茅乃舎」
 
「脈々と継承されてきた伝統技術を未来に残したい。地域に根差した日本の食文化を守り、伝えていきたい――」。そんな志を形にしたのが「御料理 茅乃舎」であり、その想いは「伊豆本店」にも通底。その上で「伝統を守り続けるためには革新も必要だ」と決断し、此度のリブランディング・改装へ舵を切った。
 

5つの体験エリアを新設した“魅せる酒蔵”へ

 
Photo by izuhonke 紺地の暖簾をかけ、凛とした佇まいをみせる門口
 
新たに掲げたコンセプトは「五感で楽しむ “魅せる酒蔵”」。
ブランディングおよびロゴデザインは「くまモン」の生みの親として知られるクリエイティブディレクターの水野学氏(good design company)に。施設全体の設計・空間デザインは、空間・プロダクトデザイナーの二俣公一氏(ケース・リアル)に依頼。建築、造園など地元の職人の力も結集し、約1年8カ月かけて全面改装を行った。
 
Photo by izuhonke  正面に見えるのは茅葺きの母屋を改装して造られた「直売所」。
 
Photo by MATSUMOTO hiroyuki
 
1650坪の敷地内には「直売所」「醸造蔵」「酒蔵BAR」「甘味」「歴史展示」の5つの体験エリアを新設。蔵を象徴する茅葺きの母屋や六角形の赤煉瓦造りの煙突など、歴史の趣や美しさはそのままに、お酒を飲める人も飲めない人も楽しめる宗像の新名所として、未来を見据えた進化を遂げている。
 

宗像の風土を醸す、伝統と革新の酒造り

 
Photo by izuhonten 若い蔵人も活躍。本質は変えず、変化を楽しみながら酒を造り続ける。
 
敷地の奥にある「醸造蔵」は、ガラス越しに酒造りの様子を見学できるように改装。長い歴史を刻んできた梁は残しながら、酒造りのための設備はすべて刷新された。蒸気の再加熱(過熱・乾燥)と精密な圧力制御が可能な最新の甑(こしき)や発酵タンク、酸化を防ぎ、クリアで安定した品質を保てる薮田式自動圧搾機など、最新の設備も導入。杜氏や蔵人の手仕事が生きる小仕込みにこだわりながら、秋、冬、春と年間を通して醸造できる体制を整えた。
 
「酒蔵に流れるいろんな時間を感じてもらえたら嬉しい」と話す、若山健一郎杜氏。
 
新たに酒造りの指揮を執るのは、数々の有名酒蔵をはじめ、北海道「上川大雪酒造」から招聘されたこの道30年の酒造りの経験をもつ若山健一郎杜氏。
 
「北海道をはじめ、これまで在籍してきた酒蔵でやっていたことは一旦捨て、まずはまっさらな状態で宗像の酒米、お酒に向き合うことから始めました。作り手が変わっても土地の雰囲気、伊豆本店の味は自然と滲み出てくる。それを大切にしたいし、そこが日本酒の面白さでもあると考えています」。
 
Photo by MATSUMOTO hiroyuki
 
「そして、実際に酒造りを進めるなかで、私のなかの“酒造りの常識”とは異なる、想定を超えるようなことも多々ありました。酒米や地下水など、はじめて出合う宗像の素材は独自の個性が光っていて、それを表現するには自然体で素直な感覚と応用力が必要でした。日々測定、分析している数値や積み上げてきたデータに加え、やはり五感を研ぎ澄ますことが重要。『伊豆本店』の良さを残しながらお酒を進化させると同時に、自分自身にもまだ進化の余地があったのかと驚きました。そういった意味でも、新銘柄はこれまで私が醸造してきたお酒とはまた違う、特徴的な味わいに仕上がったと思います。新たな学びを得て、酒造りの醍醐味を改めて感じました」。若山杜氏はそう、真摯な眼差しを向けた。
 
「酒造りは農業。いいお米がないと、いいお酒はできない。宗像はお米に恵まれた土地であり、若く気概に満ちた宗像の農業従事者との出会いもあった。農家さんと協力しながら酒造りに励み、農家を増やすような取り組みも行っていきたい」。「久原本家グループ」河邉社主の言葉にも、自然と熱がこもる。
 

新銘柄「宗像」を、併設の酒造BARで

 
 
地域とともに歩む日本酒を造る――その思いを詰め込み、新たに生まれた新銘柄は「宗像」。宗像で育まれた酒米と地下水で醸す、テロワールが息づく日本酒だ。また、これまで蔵を支えてきた代表銘柄「亀の尾」はここだけしか試飲・購入できない酒蔵限定酒として復活。さらには、日本酒で仕込む梅酒「梅さけ 福梅」も新登場した。
 
Photo by izuhonten かつて「搾り」の作業場だった建屋が「酒蔵BAR」に。
 
日本酒は、茅葺き屋根の母屋を改装した「直売所」で購入できるほか、「醸造蔵」に併設された「酒蔵BAR」で有料試飲を楽しむこともできる。
 
「酒蔵BAR」に入り、まず目に飛び込むのは、唯一無二のスタンディングテーブル。これはかつての「伊豆本店」で「槽搾り」のために用いていた設備を再利用して造られたものだ。古き良き酒蔵の趣を感じながら味わう酒は、また格別なものがある。
 
異なる個性が光る3種類の「宗像」と「亀の尾」を飲み比べ。
 
「宗像 純米 夢一献」は、宗像で育てられた福岡県オリジナルの酒米「夢一献」を70%に磨いて醸した純米酒だ。“甘・辛・酸・旨・苦”のバランスが良く、するりと優しい飲み口で料理にもそっと寄り添ってくれる。
 
宗像産の山田錦を60%まで磨き醸した「宗像 特別純米 山田錦」は、口に含むとエレガントな香りがふわり。上品な旨味と甘味が豊かに膨らみ、ゆったりと続く余韻も心地良い。
 
Photo by izuhonten 「亀の尾 純米」
 
続く、福岡県オリジナルの酒米「寿限無」を60%に磨いて醸した「宗像 特別純米 寿限無」はインパクト大。甘味と旨味が口いっぱいに広がったかと思えば、ギリギリのところでスパッとキレる――この軽妙さがたまらない。「麹の奇遇な巡り合わせから、想像を超えた味わいが生まれた」と若山杜氏も胸を張る一本だ。
 
さらには、これまで「伊豆本店」を支えてきた銘柄「亀の尾 純米」も進化。持ち味である力強さとシャープなキレはそのままに、ふわりとした柑橘のような香りと飲み心地の良さに磨きがかかったようだ。
 

素材の味わい、宗像の魅力が伝わる「甘味」も

 
一方、お酒が飲めない方やハンドルキーパーは、正面入口の側に新設された「甘味」ブースへ。ここでは、酒造りの過程でできる酒粕を使った蒸したての「宗像 花酒(はなさか)まんじゅう」と、宗像エリアの素材を使ったジェラートを販売している。
 
「花酒まんじゅう」は「伊豆本店」の酒蔵開きの名物だった酒まんじゅうのレシピを元に作られたもの。甘みを含んだ酒粕の香り、やわらかな口当たりに癒される。
 

「直売所」に「歴史展示」、楽しみは尽きない

 
陶磁器からガラスまで、九州をはじめとした全国各地の作家が手掛ける酒器も並ぶ。
 
加えて「直売所」では「茅乃舎」のだしや「椒房庵」のめんたいこといった一部商品も販売し、だしを軸にした和食と日本酒のマリアージュを提案。一角にはお酒の時間をより豊かに彩ってくれる酒器も取り揃えている。
 
客人を迎える場所に鎮座する福禄寿
 
また、正面入口から右手に建てられた「歴史展示」の部屋には、かつて使用されていた古い酒造りの道具や伊豆家所有の骨董品も展示。なかには、今回の改装時に屋根裏から見つかったという縁起の良い七福神の飾り瓦も。七福神のうち五神の瓦が施設内の随所に飾られており、これを探すのもまた一興だ。
 
 
300年を超える歴史と、日本の酒造りを未来へと繋いでいくために。守るべきものと変えるべきものを丁寧に見極めながら、新たな酒蔵のかたちを描き出した「福岡 宗像 酒蔵 伊豆本店」。味わい、眺め、知り、くつろぐ……その体験の先に見えてくるのは、人の手で紡がれてきた酒蔵の物語と、宗像の風土だ。
 
酒蔵の新章はまだ始まったばかり。この先も宗像の地で、どんな景色や味わいを見せてくれるだろうか――その歩みを、楽しみに見守りたい。
 
 
福岡 宗像 酒蔵 伊豆本店
場所|福岡県宗像市武丸1060
時間|10:00〜17:00
定休日|不定休
 
問い合わせ先

福岡 宗像 酒蔵 伊豆本店

 
 
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