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2025年10月16日
香りを起点に日本酒を設計する──日本香堂×宮泉銘醸が切り開く、新しい酒質の地平
AKIGASUMI|日本香堂、宮泉銘醸
香りの老舗「日本香堂」と、日本酒の人気銘柄「冩樂」(しゃらく)で知られる「宮泉銘醸」。一見すると接点のない両者が初めてタッグを組み、日本酒の常識を覆す一本を完成させた。その名は『暁霞-AKIGASUMI-』。香りを起点に酒質を設計する前例のないアプローチと、3種の酵母を同一タンクで醸造する技術的挑戦。この製品が切り開くのは、日本酒の新たなるジャンルかもしれない。
Text by TSUCHIDA Takashi
「香り」から始まる日本酒、という逆転発想
日本酒造りの常識は、まず味わいありきだ。酒質を設計し、その味わいに対して香りが伴っていく。これが一般的なアプローチである。しかし『暁霞-AKIGASUMI-』は、その発想を180度転換した。宮泉銘醸の専務取締役・宮森大和氏は、こう語る。
「香りを軸にして酒造りを考えるアプローチ自体、酒造業界を見渡してもあまりないことです。まして、香りを引き立たせることをメインに考えた日本酒の醸造手法は、業界でも聞いたことがありません」
このプロジェクトの発端は、450年の歴史を持つ日本香堂が掲げた新理念「香りと旅する」にある。香りと共に過去・現在・未来の時間と空間を旅する──その理念を、日本酒で体現できないか。そんな問いかけから、このコラボレーションは始まった。
フレグランスの世界では、トップノートからミドル、ラストノートへと時間と共に変化する香りの層を設計する。その手法を日本酒に応用したらどうなるか。香りの専門家である日本香堂と、酒造りの匠である宮泉銘醸がタッグを組んだ理由は、そこにあった。
3種の酵母を同一タンクで醸造する前例のない技術的挑戦
この日本酒の最大の特徴は、3種の酵母(1801、F7-01、うつくしま煌酵母)を一つのタンクで同時に使用するという、他に類をみない醸造手法にある。通常、日本酒造りでは1種類の酵母と1種類の米を使うのが基本だ。複数の酵母を使う場合も、別々のタンクで醸造した後にブレンドする「アッサンブラージュ」という手法が一般的である。
では、なぜ同一タンクなのか。宮森大和氏は説明する。
「香りの複雑性を追求するためです。別タンクで醸造して後から合わせるのでは、この香りの調和は生まれません。一つのタンクの中で、発酵スピードの異なる酵母たちが互いに影響し合いながら調和していく。そのプロセスでしか得られない香りの層があるんです」
しかし、この手法には高度な技術が要求される。酵母にはそれぞれ繁殖力や発酵力の強弱がある。強い酵母が弱い酵母を駆逐してしまえば、意図した香りのバランスは崩れてしまう。
「発酵力の強い酵母をあえて抑えて、弱い酵母が顔を出せるようにコントロールする。そのために、通常より5度から10度低い温度帯でゆっくりと発酵させていきました。その温度管理が最も大変でした」
この挑戦を可能にしたのは、宮泉銘醸の高度な醸造技術だ。専用の小さなタンク一本に対して、他のもろみとは完全に空間を分けて温度管理を行う。原料処理から蔵の環境づくり、仕込み、瓶詰め、そして出荷後に消費者の手に届くまでのすべてを酒造りと考え、一つ一つの工程で手間を惜しまない。その姿勢があってこそ、この前例のない挑戦は実現した。
フレグランスの発想を日本酒に活かした重層する香りと味わい
原料米には、柔らかな旨味をもたらす福島県産「福乃香」(ふくのか)を麹米に、キレのある「五百万石」(ごひゃくまんごく)を掛米に使い分けた。福乃香は約6年前に品種登録された福島の新しい酒米で、透明感のある旨味とやさしい甘みが特徴だ。
「五百万石だけなら、もっとスッキリした酒になります。でも今回は、福乃香の甘みと旨味が、香りを引き立てる役割を果たしています。香りが良くても味が良くなければ、その香りは引き立ちません」
酵母の設計も緻密だ。酵母「1801」は立ち上がりが早く、カプロン酸エチル由来のクリアな香りを生み出す。しかし、これが出すぎると料理を邪魔してしまう。そこであえて抑え気味にし、酵母「F7-01」が生み出す酢酸イソアミル系の香りとのバランスを取った。さらに「うつくしま煌酵母」は、複雑味を加える役割を担う。
日本酒の専門家・山内祐治氏は、この日本酒の香りを、こう表現する。
「華やか、かつ爽やかで、黄色いリンゴ、洋梨、白桃、もぎたてのパイナップル、炊きたてのお米、上新粉、クリームチーズ、生クリーム、青竹、爽やかなアルコールのニュアンスを感じます」
また味わいについても、山内氏は高く評価する。
「口当たりは柔らかい甘さがあります。そしてメロン感が口中で広がり、酸は溶け込んで優しいニュアンス。余韻は一度軽く切れた後、カプロン酸系の余韻がやや長く伸びていきます。米由来の苦味と福島らしさ、福乃香の味わいが映える印象です。全体のバランスが良好です」
そして、この酒の真骨頂は時間と共に変化する香りと味わいにある。「開栓後1日経つと、青さが抜けて香りが洋梨、和梨、メロンのミドルノートへと変化します」と、山内氏。また室温で温度帯が上がりはじめるとエステル系の香りが顔を出し、メロンよりもバナナのニュアンスが見えやすくなるのだ。まさに「香りと旅する」体験である。
香りから逆算する酒造り、2年間の試行錯誤
プロジェクトのスタートは、約30種類の日本酒を飲み比べることから始まった。上記4名が一堂に会し、「どういう香りが好きか」を徹底的に議論した。
「この香りとこの香りが好きだ、というように実際に香りのサンプルを嗅いで、この香りならば、この酵母……と逆算していきました」と坂本氏は振り返る。
しかし、酒造りは一発勝負だ。サンプルを作って試すことはできない。シミュレーションを何度も繰り返しながら、酵母の組み合わせ、米の選定、温度管理の方法を詰めていく。開発期間は1年半から2年に及んだ。
「カプロン酸エチルが出過ぎると、今回の設計に合わない。この香りをぐっと抑えて、同時に酢酸イソアミルも出すぎないところに持っていく。いつも『冩樂』で使っている17-01という酵母は、酢酸イソアミルをよく出す酵母なんですが、これが出すぎるとバランスが合わないので、そこを抑えながらやりました」(宮森大和氏)
宮森氏の言葉からは、香りのプロフェッショナルと酒造りの匠が、互いの専門性を尊重しながら一つの目標に向かって進んでいった様子が伝わってくる。
「思い描いている、目指すべきところが明確にあったからこそ、できたんです」と坂本氏。香りの専門家が描く理想の香りと、それを実現する酒造りの技術。両者の情熱と技術が融合して、『暁霞-AKIGASUMI-』は誕生した。
香りを起点に設計された日本酒。前例のない技術的挑戦。そして「香りと旅する」という新しい体験。『暁霞-AKIGASUMI-』が切り開くのは、日本酒の新しいジャンルだ。香りの専門家と酒造りの匠が描いた、美しい情景を一杯のグラスの中で体験してみてはいかがだろうか。
日本酒『暁霞-AKIGASUMI-』は、銀座らん月のオンラインショップ(https://rangetsu.shop-pro.jp/)および店頭(銀座らん月・唎き酒処 酒の穴)にて、300本限定で販売中。店内では1合1650円(税込)で味わうこともできる。
世界観を共有する、もう一つの「暁霞」
この日本酒と並行して、日本香堂は高級お香『羅國 暁霞』を発表している。調香師の平野奈緒美氏が、伽羅に次ぐ良質な香木「羅國」をテーマに創香したもので、甘やかな香り、爽やかな柑橘の香り、透明感のある繊細な香りが特徴だ。
「暁霞」という名は、春の夜明けに山々にかかる霞、色とりどりの彩雲が重なり合う情景から名付けられた。未来へ向かう夜明け、まだ見えぬ未来を示唆する霞。そして様々な要素が重なる彩雲。この美しい情景を、お香と日本酒、それぞれの方法で表現している。透明感と複雑さ、重なり合う香りと余韻という共通した世界観が、両者を結びつけている。
日本酒 暁霞 - AKIGASUMI -(一回火入れ)
酒分類|純米吟醸酒
原料米|麹米/福乃香、掛米/五百万石(ともに福島県産)
酵母|F7-01、1801、煌酵母
アルコール度数|16 度
容量|720ml
価格|6600 円(税込価格)
製造元|宮泉銘醸(福島県会津若松市)
酒分類|純米吟醸酒
原料米|麹米/福乃香、掛米/五百万石(ともに福島県産)
酵母|F7-01、1801、煌酵母
アルコール度数|16 度
容量|720ml
価格|6600 円(税込価格)
製造元|宮泉銘醸(福島県会津若松市)
高級お香 羅國 暁霞(らこく あきがすみ)
内容量|約30g
燃焼時間|約30分
長さ|約135mm
価格|2万900円(税込)
販売先|日本香堂のオンラインショップ(https://www.nipponkodo.co.jp/)
内容量|約30g
燃焼時間|約30分
長さ|約135mm
価格|2万900円(税込)
販売先|日本香堂のオンラインショップ(https://www.nipponkodo.co.jp/)
問い合わせ先
銀座らん月
Tel. 03-3567-1021
www.ginza-rangetsu.com