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2025年3月21日
新しい日本酒の形、クラフトサケの自由世界
LOUNGE|クラフトサケ
近年、日本酒(清酒)の世界に「クラフトサケ」という新しい潮流が生まれている。日本酒的でありながら日本酒ではない、あるいは日本酒ではないが日本酒のような特徴を持つ。従来の枠組みを超えたこの飲み物はどのようにして誕生し、何を目指しているのか。日本酒に精通する山内祐治氏に話を聞いた。
Photographs by OHTAKI Kaku|Edit by TSUCHIDA Takashi
クラフトサケとは何か
「今、呼ばれているクラフトサケとは、日本の酒税法から飛び出したお酒。米、米麹、水、その他の規定外のものを使用していたり、醸造工程で清酒には不可欠な工程を敢えてはしょっているもの。それらを総称してクラフトサケと呼んでいます」
具体的には、原料にホップやジャスミン、クロモジなどを加えたり、日本酒の製造工程で通常行う「搾り」を行わず、濁ったままにするなどの特徴がある。日本酒のバラエティの一環として捉えることもできるが、時代の「あだばな」的な側面も持ちつつ、独自の地位を確立しつつある。
クラフトサケが生まれた背景には、日本酒業界を取り巻く現状がある。現在、日本酒の生産量は増えておらず、酒蔵の数も減少している。稼働している酒蔵は約1300蔵ほど。そうした中で参入障壁となっているのが、醸造免許の問題である。
「日本酒を造るためには醸造免許が必要です。その免許が、もう新規では降りていないんです」と、山内氏は説明する。そこには業界全体が縮小傾向にある中で、新規参入を認めづらいという問題や、休眠している酒蔵の免許(酒株)の扱いなど、複雑な事情があるという。
このような状況を打開するべく、日本酒造りに情熱を持つ若者たちが新たな道を模索した。その一つの答えが「その他の醸造酒」という枠組みの活用である。
「実は日本酒以外の醸造免許ならば案外、取りやすいんです。逆に言うと日本酒だけが新規免許が取りづらい」
そこで考えられたのが、日本酒の製法をベースにしながらも、何かを足し引きすることで「その他の醸造酒」として製造・販売する方法だった。山内氏はこれを「ギリギリストライクゾーン、だけど打者の手前でボール1個分ズラすような造り」と表現する。
山内祐治(やまうち・ゆうじ)。「湯島天神下 すし初」四代目 。第1回 日本ソムリエ協会SAKE DIPLOMAコンクール優勝。同協会機関誌『Sommelier』にて日本酒記事を執筆。有名ワイン学校にて、日本酒の授業を行なっている。
クラフトサケの先駆者たち
クラフトサケの起源としては、「稲とアガベ」の蔵元である岡住氏の存在が大きい。
「現在は秋田県の男鹿半島でクラフトサケを造りつつ、地域的な文化を拾う形で新たな考え方を示している」と山内氏は語る。岡住氏は当初、群馬県にある土田酒造への委託醸造でクラフトサケ事業をスタート、東京・浅草橋の「木花之醸造所」で醸造長を務めながら、秋田県での酒蔵設立を目指した人物だ。
もうひとつクラフトサケが浸透するきっかけとなったのがコロナ禍である。家飲みスタイルが主流となるなかで、この新たな飲み物に注目が集まった。そのうえクラウドファンディングとクラフトサケの相性の良さも、話題を集める要因となった。
「まだ醸造設備が整っていないからなんとかしたい。そこで、クラウドファンディングで資金を集め、返礼として送られてくるのが今までにないお酒。この新規参入ストーリーは、あの当時、非常にマッチングしやすかったのです」
現在は、そのフェーズからさらに一歩進み、岡住さんを中心としたクラフトサケの造り手たちが「クラフトサケブリュワリー協会」を設立。制度づくりや業界への働きかけを行っている段階に進んでいるという。
クラフトサケの魅力と味わい
山内氏は実際に3種のクラフトサケをテイスティングしながら、その特徴を解説してくれた。
まず「稲とアガベ」のホップを使ったお酒について。
まず「稲とアガベ」のホップを使ったお酒について。
「外観は澄んだ輝きのあるグリーンに近い色味ですね。香りなんですけれども、やはり立ち上がってくる香りとして挙げられるのはフローラル、そしてシトラス系の香り。いわゆるホップを思わせる爽やかさ、グレープフルーツだとか柑橘の酸味を思わせる香り。そして草花のボタニカルなニュアンスも感じることができます」
口に含むと「綺麗な酸と甘さが口の中に広がるんですけど、それこそ口に含んだ時点から鼻の裏側へとホップの爽やかな香りとグレープフルーツや柑橘の香りが鼻を突いてくる印象がある」という。
次に「木花之醸造所」のジャスミンを使ったクラフトサケだ。
「お米の印象が強く、白濁しています。香りとしては若干穏やかで、注意深く探していくとジャスミンの印象が感じられます」
口当たりは「甘さとお米感というところをアタックとして感じます。そこから遅れる形でジャスミンの立ち上がりのいい香りが包んでくるような感じ」と表現する。
最後に「翔空」のクロモジを使ったクラフトサケである。
「外観は白濁しています。ただその白濁感は強くなく、色味が今までの中で一番特殊です。ピンクまたは赤紫のニュアンスを感じます。これはもうクロモジならでは」
香りについては「お米の香りも側にあるんですけど、それよりも上がってくるのがまさにクロモジの香り。言い換えるならばバニラエッセンスを思わせる香り。香木を思わせる香りが漂っています」
クラフトサケの歴史的背景と未来
山内氏によれば、日本の酒造りの歴史を振り返ると、クラフトサケに通じる様々な原料や製法が存在していたという。
「日本人はさまざまなお酒を許容してきた歴史があり、そういう意味では原点回帰とでも言いましょうか、例えば黒豆の煮出したもの混ぜて、お酒を造っていたという事実もありますし、宮城の伊達藩では城内に醸造所を抱え、様々な種類のお酒を製造していた記録もあるのです」
このクラフトサケについては、海外からも非常に注目されている。
「アメリカ・カリフォルニアのガレージブリュワリーで、クラフトビールからクラフトサケへとシフトする動きが起き始めています。これにより、日本とは全く異なる発想から生まれたクラフトサケの可能性が試され、逆輸入されることもあり得ます」
さて、当初は時代のあだばな的な存在として見られていたクラフトサケも、今では「すっかり独り立ちしはじめている」と、山内氏は評価する。今後のクラフトサケの発展について、単に珍しい原料を使うだけでは差別化が難しくなりつつあるという。
「これまではトマト使いました、メロン使いました、という意外性で注目される部分もありましたが、もはやそういう目新しさだけの勝負では成り立たなくなっています」
重要なのは、地域文化や哲学をしっかりと持ったクラフトサケを造ることだ。コンビニスイーツの新作のように「出ては消え、出ては消え」となるのではなく、しっかりとした軸を持ったクラフトサケが生き残っていく。
クラフトサケは、日本酒の枠組みを超えて新たな飲み物の地平を開く試みである。それは単なる挑戦的な実験にとどまらず、日本の酒文化の多様性を再認識させ、さらには海外からの新しい風を取り入れる可能性も秘めている。
「これから海外の動きによってクラフトサケがより一層面白みを増していくはず」という山内氏の言葉に、クラフトサケの未来への期待が込められていた。