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連載|牧口じゅんのシネマフル・ライフ『ノーマ東京 世界一のレストランが日本にやって来た』
連載|牧口じゅんのシネマフル・ライフ第7回 プロの何たるかを知る、滋味豊かなドキュメンタリー『ノーマ東京 世界一のレストランが日本にやって来た』近頃メディアでさまざまな分野のプロたちの素顔が紹介されているが、共通して見えてくるのは、彼らにとって仕事は単なる職ではなく一種の生き様であるということだ。なぜその仕事をするのか、どこまで努力すればいいのかといった疑問はそこにはない。ただ、高みを目指し、手が、足が、創造力が、そして心が自然に動きだす。Text by MAKIGUCHI June飽くなきチャレンジ精神と、枯れることのない情熱「世界のベストレストラン50」で4度の1位に輝き、7年連続で入賞を果たしたデンマークのレストラン「ノーマ」のオーナー・シェフ、レネ・レゼピもそんなプロのひとりだ。彼とそのチームを1年にわたって追ったドキュメンタリー『ノーマ東京 世界一のレストランが日本にやって来た』を観れば、だれもがそれを確信するだろう。2015年1月、マンダリン オリエンタル東京に5週間限...
連載|牧口じゅんのシネマフル・ライフ 第8回『幸せなひとりぼっち』
連載|牧口じゅんのシネマフル・ライフ第8回 愛する人と伴に生きた幸せを抱き続ける男の物語『幸せなひとりぼっち』あなたにとって幸せとは何だろうか。価値観が多様化する現代では、自分らしい幸せを知ることが、何よりも幸福への近道だろう。誰にも理解されなくとも、世間に認められなくても、例えひとりぼっちでも、自分の生き方次第で幸せであり続けることは可能なのだと教えてくれているのが、スウェーデン映画『幸せなひとりぼっち』だ。Text by MAKIGUCHI June新しい出会い、そして人生に芽生えた新しい意味スウェーデン郊外の住宅地に暮らす59歳のオーヴェは、最愛の妻を数年前に亡くした男やもめだ。自治会の規則に厳しく、顔を合わせれば文句ばかりでにこりともしない彼は、隣人たちからけむたがられている。ある日、43年も勤めた会社から解雇され、もはや生きる意味なしと、亡き妻の後を追うことに。ところが、天井から垂らした縄に首を通し「いざ」というときになって、外が騒がしくなる。新しい隣人が引っ越してきたの...
連載|牧口じゅんのシネマフル・ライフ 第9回『聖杯たちの騎士』
連載|牧口じゅんのシネマフル・ライフ第9回 人生の神秘を美しい映像で描く映像詩『聖杯たちの騎士』占いに興味はあるだろうか。占星術、四柱推命、風水、陰陽道など、歴史的に大きな役割を果たしてきたものも多く、経営者の中には、大きな決断をするときに占い師にアドバイスを求める人もいるというから、“お遊び”といって簡単に切り捨てられない文化の一種だ。名匠テレンス・マリック監督の新作『聖杯たちの騎士』は、そんな占いのひとつ、タロットカードを思わせる神秘性溢れる作品だ。Text by MAKIGUCHI Juneひとりの男、6人の女たちの物語本作は、脚本家としての成功を手にしたリックが、成功によって自分を見失っていくことで人生に迷ったり、崩壊している家族の絆を取り戻そうとしてあえいだりする姿を描いた物語である。受け止めきれない現実に直面した彼に手を差し伸べるのは、6人の美女たちだ。何かを悟っているかのように神秘的な彼女たちに導かれ、リックが一歩ずつ本当に望むものに近づいていく様が美しい映像とともに...
連載|牧口じゅんのシネマフル・ライフ 第10回『たかが世界の終わり』
連載|牧口じゅんのシネマフル・ライフ第10回 深い孤独を知る者たちへ『たかが世界の終わり』(1)人生の中で、最も深い絶望とは何だろう。どうしようもなく孤独であるということを、痛いほど思い知らされることかもしれない。それは、人は所詮ひとりぼっちであるというレベルの話ではなく、愛すべき存在と分かり合えないことが決定的になるという孤独だ。そんな孤独を描いたフランス映画『たかが世界の終わり』は、幸せだけを見つめていたい人には、果てしなくやりきれない物語だと感じるかもしれない。だが、それだけで終わらないのが、監督であるグザヴィエ・ドランの才能だ。Text by MAKIGUCHI June12年ぶりの帰郷の理由あなたにとって家族とは、どんな存在だろう。愛し合い、理解し合い、甘えることができて、喜びを分かち合えることが当たり前の存在なのだとしたら、それはとても幸せなことだ。本作は、そんな当たり前と思われる幸運に恵まれなかった人々にしか分からない深い闇、深い孤独を描いた作品だ。人気劇作家として成...
連載|牧口じゅんのシネマフル・ライフ 第11回『ラ・ラ・ランド』
連載|牧口じゅんのシネマフル・ライフ第11回 夢見る愚か者たちへ『ラ・ラ・ランド』ジャンルにも、物語にも、キャストにも関係なく、私がこの人の作品なら何としてもいち早く観たいと、新作を心待ちにする監督がいる。デイミアン・チャゼル監督もそのひとりだ。ほぼ無名ながら注目を集めた前作『セッション』は、ジャズドラマーを目指す青年と、無情の鬼教官が火花を散らすレッスンの様子を通して、天才がその才能を開花させ、凡人には到達できない高みへと登っていく様を見事に描き切っていた。その凄まじいまでのスパルタ描写にリアリティを問う意見もあったが、個人的には神の領域に達するということを視覚化したすぐれた描写力には脱帽しきりだった。また、本作は監督賞、主演女優賞はじめ最多6部門受賞。監督賞は86年ぶりの最年少受賞(32歳)という快挙を達成。Text by MAKIGUCHI June夢見る愚か者たちへそもそも映画とは虚像なのであり、事実を基にしていたとしてもそこにあるのはデフォルメされた世界だ。もちろんリアリ...
連載|牧口じゅんのシネマフル・ライフ 第12回『ムーンライト』
連載|牧口じゅんのシネマフル・ライフ第12回 人生を照らす月光のような愛『ムーンライト』今年、米国アカデミー賞受賞式で起きた珍事のおかげで、例年の作品賞受賞作よりも数倍も強烈なインパクトを持って世界にその名を知らしめた映画『ムーンライト』。ともすれば、華やかな『ラ・ラ・ランド』の陰に隠れてしまいそうだったこの良作にとっては、ある意味で運命的なアクシデントだったと言えるかもしれない。Text by MAKIGUCHI June人生を照らす月光のような愛主人公は、マイアミで母とともに暮らすシャロン少年だ。学校では“リトル”と呼ばれている。内気なため、いじめの標的になっており、“オカマ”とからかわれているが、同級生のケヴィンだけが唯一の理解者だった。そんな彼が出会った父親がわりのような男性ファンとその恋人テレサとの関わり、麻薬に溺れていく母親との関係、静かに募らせていくケヴィンへの特別な思いなどが、少年期、青年期、成人期の3つの時代に分けて描かれていく。貧困やネグレクト、麻薬問題、いじめ...
連載|牧口じゅんのシネマフル・ライフ 第13回『パターソン』
連載|牧口じゅんのシネマフル・ライフ第13回 日常に宿る美を見出す男『パターソン』想像力とは何だろう。創造性とはどこから来るのだろう。それらは必ずしも、刺激的な非日常から生まれるのではない。“退屈”の代名詞ともされる、日常やルーティンワーク。そこからインスピレーションを得る人々もいる。Text by MAKIGUCHI Juneルーティンが際立たせる、“わずかな変化”という喜びを数年前に、哲学研究者である内田樹氏が某誌に寄稿したコラムによると、カントはケニヒスベルク大学で教鞭をとっていたとき、毎日同じ時間に散歩をしていたという。それがあまりにも正確なので、街の人々は彼の姿を見て、自宅の時計の時刻を合わせたのだそうだ。内田氏によれば、これは哲学者としていかにもありそうなことらしい。つまり、「ルーティンの中に身を置いていると、わずかな変化が際立つから」だという。彼は同じコラム内で、村上春樹氏がランニングを続けている理由を、生活にリズムを作り、習慣を変えないためであり、「他を変えないこと...
連載|牧口じゅんのシネマフル・ライフ 第14回『エタニティ 永遠の花たちへ』
連載|牧口じゅんのシネマフル・ライフ第14回 限りあるものに宿る不滅性を描く『エタニティ 永遠の花たちへ』永遠を表現するというのは、とても難しいことだ。その始まりも、そして終わりも、誰ひとりとして目撃したことがない。人類が生み出してきた、そしてこれから紡ぎ続けていくであろう永遠とも思える時間を、ある時代のみを切り取ることで美しく表現しているのがトラン・アン・ユン監督の最新作『エタニティ 永遠の花たち』だ。Text by MAKIGUCHI June限りあるものの中に見つける究極の永遠19世紀末のフランス上流階級の花と緑に囲まれた邸宅を舞台に、そこで暮らすヴァランティーヌとその子供たち、友人たちの日常が描かれていく。優雅に暮らす彼らだが、大家族となった彼らは、第一次大戦や病などで切ない別れを経験することも多く、決して幸せだけに包まれているわけではない。喜びと悲しみ、楽しさと苦しさ、さまざまな感情を織り込みながらも、家族の歴史が日々刻まれていくのだ。© Nord-Ouest決して平坦で...
連載|牧口じゅんのシネマフル・ライフ 第15回『希望のかなた』
連載|牧口じゅんのシネマフル・ライフ第15回 ミニマルに世界の今を描く『希望のかなた』近頃、世の中が不寛容になっているという嘆きをよく耳にする。以前なら、笑って済まされていたようなことが対立や衝突を生む。もちろん、笑いでごまかせないことも多いし、白黒はっきりさせることは悪いことではないかもしれない。だが、複雑化した社会では、人々の都合が複雑に絡み合い、誰かの善は誰かの悪になりかねないのだ。Text by MAKIGUCHI June人を動かす、相違と類似たとえば、ヨーロッパで今、頻繁に意見が交わされている難民問題。様々な理由から自国で暮らせなくなった人々が安全な場所に逃げたいと思うのは当然なのだが、難民側と、受け入れる側では、視点が変わり正義・正論が変わる。受け入れ賛成派と反対派でも同じだろう。こんな複雑な問題を、さらりと単純化させたのがアキ・カウリスマキ監督だ。『浮き雲』『過去のない男』などで日本でも人気が高い。新作『希望のかなた』では、内戦が激化するシリアから逃れてきた青年カー...
連載|牧口じゅんのシネマフル・ライフ 第16回『ダンシング・ベートーヴェン』
連載|牧口じゅんのシネマフル・ライフ第16回 楽聖とベジャールが出会った奇跡のステージを追う『ダンシング・ベートーヴェン』日本では年末の風物詩でもあるベートーヴェンの「交響曲第九番ニ短調」。“人類最高の芸術”として世界中で愛されているのはご存知の通りだ。1989年のベルリンの壁崩壊直後の年末には、レナード・バーンスタイン指揮によりベルリンで演奏されドイツ統一を象徴する曲となり、ヨーロッパでは第4楽章に登場する合唱部分「歓喜の歌」は欧州の歌に定められている。Text by MAKIGUCHI June“人類愛に満たされた理想郷”をそんな人類の財産ともいえる交響曲に振り付けを施した男がいた。バレエ界の革命家モーリス・ベジャールだ。『春の祭典』や『ボレロ』でも有名だが、1964年には『第九』もバレエにしていたのだ。本作は、初演から50年も経った2014年に東京で再演された伝説のステージが出来上がるまでの9ヵ月を追ったドキュメンタリー。80人余りのダンサー、指揮者とオーケストラ、ソロ歌手と...
連載|牧口じゅんのシネマフル・ライフ 第17回『ゆれる人魚』
連載|牧口じゅんのシネマフル・ライフ第17回 ポーランドの創造力が凝縮したホラー・ファンタジー『ゆれる人魚』ホラーといえば、シリアス作品重視の権威ある映画賞では、評価されにくいジャンルだ。過去には数々の名作が作られてきたにもかかわらず、である。だが、創造性という意味において考えるなら、ホラーほど作家たちのクリエイティビティを楽しめるジャンルはないと思っている。映像と音で恐怖心をあおり、観客の内面にある“おびえの元”のようなものを刺激。そうすることで、安全な場所にいるとわかってはいるのに、どうしようもなく我々を落ち着かない気分にさせるのだから。Text by MAKIGUCHI June残酷で美しい、人魚たちの青春映画『ゆれる金魚』は、不気味でグロテスクな独自の世界観を形成することで、観る者を現実から逃避させ、官能的でダークなワールドに誘ってくれるホラー・ファンタジーだ。さらにミュージカルというスタイルをとることで独創性を際立たせている。物語の舞台は1980年代のポーランド。人間を捕...
連載|牧口じゅんのシネマフル・ライフ 第18回『女は二度決断する』
連載|牧口じゅんのシネマフル・ライフ第18回 自分の生きる世界の正体を知ることが変化を起こす力になる『女は二度決断する』今、幸せを感じている人は、自分の人生が何者にも脅かされていないという安心感も同時に抱いているのではないだろうか。幸せと安心というものは、きっと対になっている。だが、残念なことにこの世には不条理も存在している。いわれなき非難、過失なき喪失。世界は暴力に満ちているのだ。そんな不安と悲しみにさらされていないということは、なんという幸せだろうか。Text by MAKIGUCHI June痛いほどに価値観を揺さぶるヒューマンドラマ映画『女は二度決断する』は、突然のテロにより最愛の家族を失った女性が下したあまりにも衝撃的な決断の物語だ。ドイツのハンブルグに暮らすカティヤは、在住外国人相手のコンサルティング会社を営むトルコ系移民の夫ヌーリと、愛息ロッコとの3人暮らしだ。ところがある日、ヌーリとロッコは爆破テロにより帰らぬ人となってしまう。捜査過程で、ヌーリがかつて麻薬売買の前...
連載|牧口じゅんのシネマフル・ライフ 第19回『君の名前で僕を呼んで』
連載|牧口じゅんのシネマフル・ライフ第19回 恋する者たちの桃源郷をみずみずしく描く『君の名前で僕を呼んで』1980年代の北イタリアのとある避暑地。17歳のエリオは、17世紀に建てられた瀟洒なヴィラでいつものように夏を過ごしていた。いつもと違ったのは、美術史学者である父が招いた24歳の青年オリヴァーとの出会い。二人は、互いへの好意と関心を隠しながらも、自らの抑えられない気持ちに戸惑い悩みつつ、やがて心を通わせるようになる――。丁寧な心理描写と美しい映像で、恋の喜びと痛みを繊細に描く青春映画の傑作だ。Text by MAKIGUCHI Juneもう取り戻せない、もどかしいほどの繊細な時代脚本がジェームズ・アイヴォリーによるものだと聞けば、もどかしいほどの繊細さと、粋で機知にとんだ会話にも思わず納得するだろう(原作はアンドレ・アシマンの同名小説)。恋する人間が持つ独特の感情、例えば「好き」と「嫌い」、「喜び」と「失望」の間を行ったり来たりする波打つような感情の変化や、手探りしながら進ん...
連載|牧口じゅんのシネマフル・ライフ 第20回『ファントム・スレッド』
連載|牧口じゅんのシネマフル・ライフ 第20回 唯一の選択しか生まない愛、だからこそ運命『ファントム・スレッド』ヴィクトリア時代の英国で生まれた“Phantom Thread(幻の糸)”という言葉。当時、王侯貴族の服を縫い上げるために、過酷な長時間労働を強いられていた東ロンドンのお針子たちが、過労により、仕事が終わった後でも“見えない糸”を縫い続けていたという逸話から生まれている。ファントム・スレッド、つまり目に見えない力に、人間はどれほど影響を受け、いかに非力であることか。その不思議を究極の愛のドラマへと仕立てたのは、稀代のストーリーテラーであるポール・トーマス・アンダーソン監督だ。『ゼア・ウィル・ビー・ブラッド』以来2回目のタッグとなるダニエル・デイ=ルイスを主役に、見えないパワーに翻弄される人間のやるせなさ、さらにはそこから生まれる特異なロマンチシズムを、ファッション界を背景に描き出している。引退を宣言した名優ダニエル・デイ=ルイスが、クリスチャン・ディオールやアレキサンダー...
連載|牧口じゅんのシネマフル・ライフ 第21回『オンリー・ザ・ブレイブ』
連載|牧口じゅんのシネマフル・ライフ 第21回 この世は決して捨てたものじゃない。そう思わせてくれる、すべての名もなき英雄たちの物語『オンリー・ザ・ブレイブ』悲劇的な事実を映画で語ることは難しい。真実を歪めぬように、誇張しないように―。映画『オンリー・ザ・ブレイブ』は、それに成功した数少ない作品のひとつだろう。2013年にアメリカのアリゾナ州で起きた巨大な山火事を題材にしている。登場するのは、荒れ狂う炎に立ち向かう精鋭部隊“ホットショット”の20名。紛れもない生身のヒーローたちだ。彼らが紡ぎ出す物語は、ハリウッドの方程式に馴れきった者たちを、胸をえぐるようなエンディングへと導いていく。フィクションでは決して実現し得ない重い衝撃。その果てにあなたがたどり着くのは、何気なく生きてきたこれまでの日常とは違う、ちょっと新しい世界だ。Text by MAKIGUCHI June世界中の名もなきヒーローたちに感謝したくなる作品現実世界の“英雄”というのは、マントを身に着けて空を飛ぶ超人たちでは...