
スペインで 女性として初めてミシュラン3つ星を獲得したシェフ、カルメ・ルスカイェーダ氏(左)と、「世界のベストレストラン50」で2度世界1位に輝いたジョアン・ロカ氏(右)。
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EAT
2025年6月30日
美食の聖地・カタルーニャが「世界ガストロノミー地域2025」に選出
LOUNGE EAT|Tasty Catalonia World Tour
カタルーニャと聞いて真っ先に思い浮かぶのは、その豊かな食文化である。スペイン北東部に位置、北側はピレネー山脈でフランスと国境を接し、東側には地中海が広がるカタルーニャの面積は約32,000平方キロメートル。日本の関東地方ほどの大きさの州の中で、首都マドリードに次ぐ第2の都市バルセロナを有している。そのカタルーニャが今、力を入れているのが、ガストロノミー・ツーリズムだ。ミシュランの星を持つレストランは62軒。そのポテンシャルを証明するかのように、国際ガストロノミー・文化・観光協会(IGCAT)が選定する「世界ガストロノミー地域(World Region of Gastronomy) 2025」に選出されたのだ。
Text by HASEGAWA Aya|Edit by TSUCHIDA Takashi
東京で開催されたカタルーニャ食文化プロモーション
そんなカタルーニャの「食」をアピールするべく、カタルーニャ州政府観光局は、5月下旬、東京でイベントを実施。国内外から約250名のゲストが参加した同イベントには、カタルーニャ州を代表するシェフ、カルメ・ルスカイェーダ氏とジョアン・ロカ氏が来日。2人が手がけた料理を含む全17品のメニューが立食パーティーのスタイルで振舞われた。
まず、カタルーニャ州政府のサルバドール・イリャ首相は、「料理は文化を伝える最良の手段であり、旅の記憶に深く残る"共通言語"。そして、その料理こそが、カタルーニャの象徴である」と挨拶。ファミリア・トーレス社のワインなどが振る舞われる中、州首相がこのプロモーションのために来日する力の入れっぷりは印象的である。そして、カタルーニャではガストロノミー関連産業がGDPの約20%を占めるという話も興味深い。「世界でいちばん予約が取れないレストラン」と謳われた、「エル・ブジ」(2011年に閉店)があったのもカタルーニャのロザスであった。
海と山の幸を融合させるカタルーニャ料理の真髄
17種類のフィンガーフードの中でも特に象徴的だったのは、スペインで女性として初めてミシュラン三つ星を獲得した、カタルーニャ出身のシェフ、ルスカイェーダ氏による「アンコウと豚肉の団子-海と山-、ロメスコシチュー、ポテト」である。アンコウと豚肉を団子状にした、海の幸と山の幸とが一度に味わえる料理だった。
「カタルーニャの料理は、海のものと山のものを同時に使うことが多々ある。甘味と塩味、冷たいものと温かいものを巧みに組み合わせることもできる」。そんなカタルーニャ料理を、「世界でも非常にユニークで特別な存在」と、ルスカイェーダ氏は語る。「小さな州ではあるが、地形はとても多様で、地中海、農園、山、鶏やアヒルなどの家禽など、さまざまな食材に恵まれている。カタルーニャ料理には、ギリシャ人、ローマ人、アラブ人などの文化的な足跡が残されていて、自然や季節の食材と深く結びついている」。
カタルーニャの伝統的なパン・コカをアレンジした、カタルーニャの漁師町・ラスカラで有名なアンチョビのフィレをのせた「カルキニョリ(アーモンドの焼き菓子)、フレッシュチーズ、カタルーニャ産アンチョビ、マタロ産ワイン」も記憶に残る逸品である。食材自体は知っているものでも、その組み合わせに驚きがあり、そして、それが美味しいのである。
また、ルスカイェーダ氏は、カタルーニャと日本とは、季節感を大切にするところに共通点があると強調する。「料理をする際に心がけているのは、食材が生の状態で持っていた価値を損なわないようにすること。マリネにしても、調理しても、その食材を高めることを目指す。これが料理の役割だと考えている」。出汁の生かし方など日本料理を参考にしている部分も多いという。
雄大な海や肥沃な大地が育んだ豊かな食材を、土地に根差したさまざまな文化の調理法でいただけるカタルーニャ料理は、まさに美食の極みである。
羊毛の香りが薫るエレガントなデザート
自身の出身地であるカタルーニャ州ジローナで、兄弟と共に「世界のベストレストラン50」で2度の1位に輝き、現在もミシュラン3つ星を維持し続けている「エル・セジェール・デ・カン・ロカ」を営んでいるロカ氏は、「カタルーニャは非常に多様な大地があり、まさにそれこそが我々の料理に力強さと個性を与えている」と語る。ジローナは、「海から山までほんの数キロの中に豊かな生物多様性がある場所」とロカ氏は説明する。
今回、彼が手がけたデザートは、「カタルーニャの自然や景色、そして、それを大切に守っている人たちからヒントを得て作ったもの」だ。リポリェサという在来種の羊のミルクを使ったデザートに、羊毛の香りを蒸留して風味のひとつとして加えたという話は、想像を超える創造性である。
そして登場した「ラクティックデザート:羊乳、アイス、カラメル、チーズ、グアバ」は、羊毛の香りが漂いながらも、それが驚くべきエレガントさを演出している。カタルーニャの牧場の風景が脳裏に浮かぶような、土地、食材、そして、牧羊文化にリスペクトを表現したデザート──これぞ、地域に根ざした本格的なガストロノミーの醍醐味である。
食文化と芸術文化が融合する魅力的な観光地
ファミリア・トーレス社、レカレド社など、カタルーニャを代表するワインを飲みながら料理を楽しむうちに、実際にカタルーニャを訪れたいという欲望が湧き上がってくる。
カタルーニャは、建築家アントニ・ガウディや現代美術の巨匠ジョアン・ミロ、サルバドール・ダリなどを輩出した「芸術の地」である。昨年、クラブ創立125周年を迎えた、世界屈指の強豪サッカークラブ、FCバルセロナの本拠地、カンプ・ノウもあり、魅力的な観光スポットにもこと欠かない。
ロカ氏のレストランがあるジローナも気になるところである。「海岸(コスタ・ブラバ)とピレネー山脈を結ぶ、カタルーニャ全体の特徴が凝縮された都市である。小さなエリアだが、カタルーニャらしいもの、カタルーニャ料理のすべてのエッセンスが詰まっているエリア。景色も素晴らしく、歴史的なものもたくさんある」(ロカ氏)。
かつて、カタルーニャ出身の作家、ジョセップ・プラは、「カタルーニャ料理は、カタルーニャの風景を鍋に入れたものである」と表現したという。東京は世界有数の美食都市で、世界中の料理を食べることができる環境ではあるが、やはり実際に、その風景を見て、食べてみたいという欲求が芽生えてくる。
これまでは、彼の地の料理を「スペイン料理」としてしか認識してこなかったことに反省。それは、スペイン各地でまったく異なる食文化を十把一絡げにしていることと同義なのだから! 私たちはもっと解像度を挙げて、ヨーロッパ各地の料理に向き合う必要がある。そうすることで理解が深まり、これまで以上に美味しく料理を味わうことができるだろう。