
サイズアップモデルが誕生したチューダーの新作「Black Bay 68」。見慣れた顔つきが大型化により強調され、腕元の存在感が増している。
WATCH & JEWELRY /
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2025年6月23日
選択の時代に突入したラグジュアリーウオッチ
HUBLOT|クラシック・フュージョン チタニウム ディープブルー 45mm
TUDOR|ブラックベイ 68 43mm
時計界はここ数年、小径化の流れに乗っていた。ところが2025年、時計業界に興味深い逆張りが現れている。TUDORとHUBLOTが相次いで発表した新作は、従来のサイズトレンドとは一線を画す特異な動きを見せているのだ。注目すべきは、昨今のトレンドである小径化とは真逆の、既存デザインの大型化である。しかも、それは安易なサイズアップではない。むしろ技術革新に裏打ちされた、本質的なデザインの再構築なのである。
Text by OPENERS
サイズトレンドの転換点
振り返れば、時計のサイズは常に最も好調な市場の嗜好に連動してきた。2000年代のデカ厚ブームは、イタリア、アメリカ、ロシア、中東市場の隆盛とともに訪れた。パネライの44mmケースが時計界に衝撃を与え、「腕元の存在感こそ価値」という美学が支配的となった。当時、薄い時計を身につけることは、どこか物足りなさを感じさせるものだった。
その後、ヨーロッパや中国市場が台頭すると、潮目は一変する。エレガントで控えめなサイズ感が「真の洗練」とされ、時計メーカーは競うように薄型・小径モデルを投入した。40mm以上は「野暮」とさえ言われるようになったのである。
しかし、2025年に登場したTUDORの「ブラックベイ 68」43mmモデルと、HUBLOTの「クラシック・フュージョン チタニウム ディープブルー」45mmモデルは、こうした市場主導型のトレンドとは明らかに異なる文脈で誕生している。
技術革新がもたらした静かなる革命
今回の大型化を可能にした最大の要因は、デザイン技術と製造技術の飛躍的向上にある。従来、同一シリーズを異なるサイズで展開する際の最大の障壁は、デザインバランスを厳密には保持できないことだった。特にクロノグラフでは、ムーブメントの物理的制約により、スモールセコンドやカウンターが文字盤中央に寄るといった問題が生じてしまう。この「目が寄る」現象は、時計デザイナーの長年の悩みの種だったのである。
ところが、今回のTUDORとHUBLOTの新作を見ると、こうした技術的制約をまったく感じさせない。両モデルともインダイアルこそないものの、サイズアップによる間延び感が皆無なのだ。
TUDORのブラックベイ 68は、既存41mmモデルと並べて見ても、どちらが優れているか判断に迷うほど完璧なプロポーションを実現している。HUBLOTのクラシック・フュージョンにおいても、42mmから45mmへの拡大において、設計値を単純にスケールアップしただけでは決して表現できない、元の印象をまったく損なわない仕上がりを達成している。
これは単なるサイズ変更ではない。ディテール処理に対するデザイン力の向上、それを具現化する工作技術の大幅な進歩がもたらした、時計製造史における静かなる革命なのである。立体物は相似形でサイズを変更できても、人が受ける印象までは同じにならない。そこにこそ、今回の技術的ブレークスルーの価値がある。
近年、多くの時計ブランドが既存シリーズの細やかな改良を重ねてきた。その地道なデザイン研鑽、技術研鑽の蓄積が、ついに完璧なサイズ変更を可能にしたのだろう。
HUBLOT「クラシック・フュージョン チタニウム ディープブルー」45mm
2018年の登場以来、日本市場で確固たる地位を築いてきた「クラシック・フュージョン ディープブルー」シリーズに、待望の45mm三針モデルが加わった。既存ラインナップ(45mmクロノグラフ、42mm三針、33mmレディス)の空白を埋める、戦略的な追加である。
サテンとポリッシュのコントラストが美しいチタニウムケースに、深海を思わせるブルーのグラデーションダイアルが独特の存在感を放つ。特筆すべきは、厚みを抑制しながらも45mmの大径を実現している点だ。「腕元に確かな存在感がありながら、普段使いでストレスを感じない」という、現代の時計愛好家が求める理想を体現している。
ディープブルーアリゲーターストラップの裏にブラックラバーを縫合したハイブリッド構造も秀逸だ。見た目のエレガンスと装着時の快適性を両立させ、日常使いからフォーマルシーンまで、シームレスに対応する。
自動巻き(HUB1112)、チタンケース(径45mm)、チタン&サファイアケースバック、グラデーションマットディープブルーダイアル、アリゲーター✕ブラックラバーストラップ、日本限定、115万5000円(税込)。
TUDOR「ブラックベイ 68」43mm
TUDORが“あえて大胆に”投入した43mmの新サイズは、まさにブランドの反骨精神を象徴する存在だ。業界全体が小型化に向かう中で、「あらゆるサイズの手首にフィットするケースサイズを揃える」という明確な哲学のもと開発された。
モデル名の「68」は、1968年に誕生した象徴的な「スノーフレーク」針に由来する。チューダーブルーとシルバーの2色のダイアルを用意し、わずかに薄型に仕上げられたケースは、オリジナルのプロポーションを保ちながらも現代的な洗練を纏っている。
技術面での進歩も見逃せない。METASによるマスタークロノメーター認定を受け、15,000ガウスの耐磁性能と日差0〜+5秒という極めて厳しい精度基準をクリアしている。70時間のパワーリザーブによる「ウィークエンドプルーフ」も、現代的なライフスタイルに寄り添う配慮だ。
新設計の3列リンクブレスレットは、従来のリベットスタイルに代わるモダンなアプローチ。チューダー独自の「T-fit」アジャスティングシステムにより、8mmの範囲で5段階の調整が工具なしで可能となっている。
自動巻き(MT5601-U)、METASによるマスタークロノメーター認定、COSCによるスイス公認クロノメーター認定、ケース(径43mm)&ブレスレットはステンレススチール、200m防水、66万3300円(税込)。
トレンドを超えた価値観の再構築
これらの新作が示すのは、「大きいから格上」「小さいから洗練」という二元論的価値観からの完全な脱却である。現代の富裕層、特に複数の時計を所有するX世代にとって、時計選択の基準はより多面的で成熟したものへと進化している。
三針モデルの大型化には、明確な実利がある。キャラクターが立ちやすく、ノンコンプリケーションでケースが厚くならないため日常使いに支障をきたさない。特に過去、ケースが厚い時計で袖に引っかかる経験をしたユーザーにとって、「存在感と実用性の両立」は切実な要求なのである。
セカンドウォッチ、サードウォッチとしての需要拡大も見逃せない。既に主力となる高級時計を所有している層が、TPOに応じた使い分けの一環として、こうした日常使いの条件を満たすモデルを追加購入するケースが増えている。自分の腕の大きさ、使用シーン、ライフスタイルを総合的に考慮した選択肢として、これらの新作が提案されているのだ。
時計界のこれからの動向は?
ラグジュアリーウォッチにおける大型化、小型化といったサイズトレンドは、一巡した感がある。デカ厚ブームから小型化への振り子が完全に往復した今、明確なサイズトレンドはしばらく現れないだろう。
しかし、富裕層の成熟した時計選びは確実に進化し続ける。実際に時計を身につけた経験は、さらなる改善点を見つけ出すからだ。装着感、視認性、操作性に対するユーザーからの実際の声は、より洗練された製品を生み出す原動力となる。
その意味で、今回のTUDORとHUBLOTの両モデルのように、複数の視点をコネクトして新たなキャラクターを創出する手法が、今後の主流アプローチとなりそうだ。存在感と実用性、個性と汎用性、定番性と革新性——相反する要素を高い技術力で統合し、これまでにない価値を創出する。これこそが、成熟した時計愛好家たちが求める、次世代ラグジュアリーウォッチの理想像なのである。
問い合わせ先
LVMH ウォッチ・ジュエリージャパン ウブロ
Tel.03-5635-7055
www.hublot.com
問い合わせ先
日本ロレックス / チューダー
Tel.0120-929-570
https://www.tudorwatch.com/ja