わたしをかたちづくるもの

連載・田中 玲|其の十一「朝のはじまり」

連載・田中 玲|其の十一「朝のはじまり」

其の十一「朝のはじまり」文=田中 玲写真=中川昌彦部屋のなかにぬるい光がほんのりと零れ差して、遠くから人びとの活動の音がちらほら聴こえてくるころ、軽い空腹感とともに朝を感じる。目覚まし時計の必要のない朝はこうしてはじまることが多い。夕食を早めに食べることを心がけているので、私にとって朝食は朝一番の楽しみでもあり、一日のはじまりとして大切にしたい一食なのです。私は無類のパン好きなので、朝は決まってパンを食べます。幼いころから眠る前はつぎの朝のパンを楽しみに寝ていたので、その好みは今も変わりません。旅館でいただくような和風朝食もたまにならよいのですが、毎日のこととなるとやはり食べ慣れたパンが私には合っているようです。パンと牛乳。これだけで心も身体も満たされるのですが、時間と気持に余裕のあるときは、フルーツ、ヨーグルト、卵料理、サラダなど、色とりどりにテーブルいっぱいに広がるのも楽しいです。飲み物も珈琲、野菜ジュース、グレープフルーツジュースなど数種類、ジャムも数種類テーブルに並べるだけ...
連載・田中 玲|其の十「お茶の時間」

連載・田中 玲|其の十「お茶の時間」

其の十「お茶の時間」文=田中 玲写真=中川昌彦「さてと、お茶しましょうか」この台詞は安堵感が詰まった幸福なフレーズです。この場合の「お茶」は、珈琲、紅茶、煎茶、ハーブティなどなんでもいい。咽の乾きを満たすだけではない、もっと大切にしたいときの流れを期待してしまう。お茶をするのを嫌いなひとは少ないとは思いますが、私はさまざまなシーンで活用しています。ひとりの時でも、誰かと一緒の時でも何かと「お茶にしましょ」と口実をつけては気分転換なり、時間に区切りをつけたがってしまう。私にとって「お茶」は簡単かつ効率良く気分を変えることが出来る大切なひとときなのです。外でお茶を飲む場合、簡単にカウンターだけのやり取りだけでお茶をいただけるお店も必要最低限のひととのやり取りだけですぐに自分の時間に没頭することができ、とても重宝しています。または、きちんとした食器でお茶をいただきたい、誰かにお茶を運んでもらいたいな、と、そんな少し贅たくな気分のときは喫茶店に入ります。確保された席でゆっくりと考えごとをつ...
連載・田中 玲|其の九「春と苦み」

連載・田中 玲|其の九「春と苦み」

其の九「春と苦み」文=田中 玲写真=中川昌彦夕暮れが心なしか遅くなって来たような気がするころ、桜の開花予報、各地の花便りをちらほら耳にするようになり、にわかに心が浮き立ってきます。青果店を見わたせば、春キャベツ、アスパラガス、菜の花、せり、はこべ、蕗、蕗の薹などの春の野菜がつやつやと緑の葉を広げていて、何処も彼処もクスクスと小さな笑い声が聴こえて来そうな春の到来。冬の寒さに耐えた春の野菜や野草には、人間の生理代謝に欠かせない成分がバランスよくふくまれていて、冬に溜め込んだ老廃物などを解毒する働きがあるそうです。春の旬の野菜にビタミンやミネラルが豊富なのはもちろん、独特の苦みやアクは味覚を刺激し、胃腸の働きを活発にします。細胞の新陳代謝を活発にする働きもあり、老廃物を解毒してくれるのも、この苦みのおかげです。菜の花などのつぼみがついた野菜は、身体の鬱陶しさをなくし、気持ちを明るくさせるそう。こうした栄養の面からも春野菜が身体に良いものであることは、十分に理解し得ることだけれども、苦み...
連載・田中 玲|其の八「寒さ越え」

連載・田中 玲|其の八「寒さ越え」

其の八「寒さ越え」文=田中 玲写真=中川昌彦寒い。とにかく日に日に寒い。寒さが苦手な私には辛い時期です。日本に春夏秋冬、季節があり、各々の季節の香り、空の色、草花など、さまざまな表情がつねに巡っているのは大変すばらしい。とくに冬の夜空の格別に澄んだ空気と吐く息の白さは少しの楽しみではあるし、雪国育ちではない私にとって雪もまた特別なものです。雪が舞い散ってくると心躍る童心に還ってしまうのだけれども、それでもやはりこの季節は体調を保つのに苦労します。外からどんなに防寒しても足りないので、冬は身体の内側からあたためることにしています。身体をなかからあたためる代表的食材は何といっても生姜。生姜には昔から風邪を予防する効果や身体をあたためる効果などいろいろな効能があると言われ、料理や保存食として使われていたようです。身体をあたためてくれる効果などは、新陳代謝を活発にもしてくれるため、ダイエットに一役立ちます。また、生姜は身体をあたためてくれる効果以外にも殺菌作用や食欲増進の効果もあるそうです...
連載・田中 玲|其の十二「日本の食卓」

連載・田中 玲|其の十二「日本の食卓」

其の十二「日本の食卓」 文=田中 玲写真=中川昌彦6月。空気が湿気をふくんで少し重みを増し、窓から夏の匂いがふわっと香る夜。待ちわびていた季節、私はうれしくてたまらない。初夏は夜の散歩がとりわけ気持の良い時期でもあります。食卓でも自然の香りを楽しむため窓を開け放し、風を感じながら食事をすることが多いです。こうして季節を感じ、楽しんでいると、日本に四季があるのを感謝せずにはいられません。お吸い物に浮かぶ柚の皮のひとひら、和え物にひとつまみの木の芽など日本料理には季節の香りを伝えるいろいろな工夫があります。食欲が衰えがちな夏には、薬味の利いたそうめんや冷や奴がおいしく感じられますし、身体の熱を冷ましてくれるナスやキュウリなどの夏野菜が多く出回ります。季節の旬なものは日本で暮らす私たちのからだにかなっているのでしょう。一年間この連載をさせていただいて、もともとあまり食べ物に興味のあるほうではなかった私には、毎月食べ物について考えることははじめての経験でした。しかし、回数を重ねるごと...
連載・田中 玲|其の七「舌の記憶」

連載・田中 玲|其の七「舌の記憶」

新年を迎え、空気も気持もあらたに。私の「食」の基礎、ルーツについて今回は記してみたいと思います。其の七「舌の記憶」文=田中 玲写真=中川昌彦生まれてはじめて口にしたものは、母乳であろう。乳児に大切な栄養が沢山つまり、それを本能のままにせがむ私。続いてはきっと離乳食。どちらも記憶に残るものではない。記憶の網をたどるように思い返しながら、はじめて意識をして食べたものは、小さな実の葡萄だったような気がする。もちろん葡萄よりも前に食べたものもあるだろうけれど、私の記憶のなかでは葡萄がはじめての食べ物である。その頃葡萄が好きだったせいもあって記憶に残っているのだろうか、小さな葡萄の粒を急いで食べても一向に無くならない葡萄の実、急ぎつつも大切に口に頬ばり込んだ。その後の割と意識のはっきりとした幼少のころは、子どもらしく、肉や甘いものを好み、野菜は余り食べない、とくに色が嫌で食べない、食わず嫌いな食べ物が多かった。たとえば、ナス。余りに鮮やかで黒光りした紫は、見た目にちょっとした恐怖すら感じさせ...
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