連載・田中 玲|其の十二「日本の食卓」
其の十二「日本の食卓」
文=田中 玲
写真=中川昌彦
6月。空気が湿気をふくんで少し重みを増し、窓から夏の匂いがふわっと香る夜。待ちわびていた季節、私はうれしくてたまらない。初夏は夜の散歩がとりわけ気持の良い時期でもあります。食卓でも自然の香りを楽しむため窓を開け放し、風を感じながら食事をすることが多いです。
こうして季節を感じ、楽しんでいると、日本に四季があるのを感謝せずにはいられません。
お吸い物に浮かぶ柚の皮のひとひら、和え物にひとつまみの木の芽など日本料理には季節の香りを伝えるいろいろな工夫があります。食欲が衰えがちな夏には、薬味の利いたそうめんや冷や奴がおいしく感じられますし、身体の熱を冷ましてくれるナスやキュウリなどの夏野菜が多く出回ります。
季節の旬なものは日本で暮らす私たちのからだにかなっているのでしょう。
一年間この連載をさせていただいて、もともとあまり食べ物に興味のあるほうではなかった私には、毎月食べ物について考えることははじめての経験でした。しかし、回数を重ねるごとに食べ物への関心が高くなっていくのを実感して、私にとって何を大切にしたいのだろうか? と考えるようになりました。そして、「季節や土地に合った食べ物が大切」という思いに繋がるようになりました。
今の日本は、世界のほとんどの国の料理をお店や自分で材料を調理して楽しむ事ができます。私もエスニックやイタリア料理も大好きですが、特別な食事として楽しんでいます。日々の食卓は日本の旬の食材を食べるようになりました。そのほうがからだにも合っていて、無理なくつづけることができるからです。まだまだ「朝はパンがいい」など、長年習慣づいた好みは変えられませんが、あまり窮屈に考えないで日本の食卓を楽しみたいです。
一日三回の食事を「三回もある」と思うか「三回しかない」と思うか。私は「三回しかない」と思って一回一回の食事を大切にしたいです。手軽に栄養が摂れるクッキーなどの「サプリ飯」よりも、質素でも吟味した内容の食事をできるかぎり良い雰囲気で食べたい。良い雰囲気は音楽を流したり、好きな食器を並べることで簡単につくることができます。
料理人の辻嘉一さんは、「なにげないお惣菜に、日本の味があり、素朴な味にこそ『まこと』の味がかくされていることに気づいて下さい。<中略>御家庭にこそ、日々のお惣菜にこそ、真の味、『幸福な料理』ともいうべきものがあるのだと思います。」(中公文庫 辻嘉一著 「料理のお手本」より)と述べられています。私も「幸福な料理」を目指し、「幸福な料理」が作れるようにこれからも食べ物に興味を持ちつづけていきたいと思っています。