生方ななえの読書時間

生方ななえ|連載・第四回 「本の引力」

生方ななえ|連載・第四回 「本の引力」

第四回 「本の引力」本屋という場所が好きだ。たくさんの本のなかにはそれぞれの世界があって、これからそのあたらしい世界に出会えるかと思うとわくわくする。紙のにおいは不思議と心を落ち着かせてくれ、店員さんのほっといてくれる距離感は妙に心地よい。本屋へは探し物があって行くというよりは、仕事と仕事の合間や散歩の途中にふらりと立ち寄ることが多い。そういえば、絵本『おてんばルル』に出会ったときもそうだった。撮影の空き時間に絵本コーナーをのぞいていたら、棚に並んでいた赤い背表紙が目に留まった。作者がイヴ・サンローランと書いてある。「イヴ・サンローランって、あのデザイナーの??」と気になり手にとった。ページをめくると、すぐにその世界に引き込まれていった。白・黒・赤の色づかいとかわいいイラスト、手描き文字のかんじがとってもおしゃれ。主人公ルルはキュートな姿とは対照的に“いけないこと”が大好きだ。その常識破りな言動には毒と絶妙なユーモアがあり、たまらなくおもしろい。これはイヴ・サンローランが描いた最初...
連載・生方ななえ|第三回 「沁みる味」

連載・生方ななえ|第三回 「沁みる味」

第三回 「沁みる味」文・写真=生方ななえこの本に最初に出会ったとき、なんてかわいらしい装丁なのだろうと、ひとめぼれして手に取った。それは、数年前のこと。先日、本棚の整理をしていたら、シャンソン歌手である石井好子さんの著書『巴里の空の下オムレツのにおいは流れる』を見つけた。滞在先のパリで出会ったオムレツをはじめとする卵料理から、肉料理、サラダなど、料理とそれにまつわるエピソードが書かれているエッセイである。料理について写真などの説明はなく、文章とたまに小さな挿絵のみ。視覚的な細かい描写がないぶん、かえって読み手側の頭のなかでどんどん料理の想像が膨らんでいき、果てはほのかな香りさえ漂ってくるようだ。それは心地良く、ずっと幸せな気持ちにさせてくれる。この本を読んでいると、母のお弁当のことを思い出す。母のお弁当は、から揚げ、ゴマ和え、カボチャの煮物、うさぎのリンゴなど、私の大好物がいっぱい。そしてトマトの赤、卵焼きの黄色、ブロッコリーの緑と、色鮮やかで見た目も楽しい。冷凍食品は使わず必ず手...
生方ななえ|連載第八回「お茶の時間」

生方ななえ|連載第八回「お茶の時間」

第八回「お茶の時間」写真・文=生方ななえ私にとってのお茶とは普段の生活空間で友だちや家族と楽しむものであったり、慌ただしい日々の合間の、ほっとする時間だったりする。そのもととなっているのはおばあちゃんとのお茶だ。子どものころ、おばあちゃんの家に遊びに行くとよく一緒に散歩をした。手をつなぎながら近所の田んぼ道を歩いていく。おばあちゃんは植物がとても好きなひとで、あちこちに咲いている季節折々の花や草を指差しては名前を教えてくれた。その草花に食べられる実がなっていれば実際に食べてみたり、よもぎが生えていれば「草餅を作ろうかねぇ」と言って若芽を摘んだりした。それは宝探しのようでわくわくする時間だった。おばあちゃんがくれた雪だるまのチャーム。川原近くの風景。その散歩コースには、かならず川原に寄ることがメニューに入っていた。川原の景色が目に飛び込んでくると、一気にすずやかな水の音が耳に溢れ、川上から吹く風に目を細めて私は思いっきり息を吸い込んだ。川へひとりでは怖くて絶対に行けないけれど、今日は...
生方ななえ|連載第9回「うつくしきもの」

生方ななえ|連載第9回「うつくしきもの」

第九回 「うつくしきもの」写真・文=生方ななえ以前は猫派か犬派かとひとに聞かれれば、迷わず犬派と答えていたように思う。理由は、子どものころ猫に引っ掻かれて流血したことがあり、その件以来なんとなく猫に対して苦手意識をもちつづけてきたという経緯があるからだ。ところが、ある日、ひょんな縁から我が家に猫がやってくることになった。猫の名前は「ハナ」。猫への接し方がわからない(むしろ恐怖感を感じる)私は、まずは彼を見学することにした。ハナが寝る、ハナが食べる、ハナが毛づくろいをする、ハナの肉球とフクフク、ハナに軽くにらまれる、ハナがまた寝る……見ているだけで飽きない。正直、カワイイ。次第にハナのことを好きになっていく自分が、そこにはいた。ハナ。もともと捨てられていた経験があるハナは警戒心が強く、あまりひとに懐こうとはしないところがある。かといって放っておくと、それはそれで寂しいのか足もとにすりすり寄ってきては「遊んでほしいの」顔をこちらに向ける。そうかそうか、と思ってやさしく撫でてやれば“ぐる...
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