生方ななえ|連載第19回「あったまる夜」
連載第19回「あったまる夜」
写真・文=生方ななえ
バタバタしていたスケジュールが落ち着いてふうっと一息。心に余裕ができると、かならず行きたくなるごはん屋がある。そこは大通りから一本入ってしばらく歩いたところにある、夜遅くまで開いている、ひっそりとたたずむビストロ。はじめて行ったときは、看板がなくてレトロな雰囲気の外観に一瞬入るのをためらったが、ドアをおそ
るおそる開けて顔をのぞかせると、シェフのあたたかい笑顔に迎えられて安心したのを覚えている。
店内はカウンター10席のみで、さりげない音量のクラシック音楽が流れている。オープンキッチンのカウンター内にいるのはシェフひとり。料理、サービス、すべてをひとりで切り盛りしているのだ。席につくと魅惑的な文字が並ぶメニューを持ってきてくれ、どれもおいしそうで、あれも食べたいこれも食べたいと贅たくな悩みにしばし奮闘。なんとかお腹と相談して選び込み、ひとまずワインを飲みながらボーっとするのがお決まりだ。
しばらくすると調理する音とともにいい香りが漂ってきて、鼻をくんくん。食欲がそそられ、心が踊る。シェフの調理している姿は無駄な動きが一切なくて華麗で、まるで
何かのショウを観ているよう。満席の店内、てきぱきと料理しているのにグラスが空きそうになると「つぎはどうしますか?」といいタイミングで声をかけてくれたりと、目
が10個くらいあるのではないかとびっくりする。お客一人ひとりへの丁寧な接客、そして距離感が絶妙なエスパーのようなひとなのだ。
おいしい料理を頬張っていたら、このあいだ読んだマンガ『深夜食堂』のことを思い出した。このビストロのお店とは料理のジャンルはまったくちがうのだけど、シェフのお客との距離感、そして“なんかいい、居心地がいいごはん屋”というところが『深夜食堂』を彷彿させるなぁと思った。
ネオンきらめく繁華街の片隅で、深夜0時から朝の7時ごろまでが営業時間の「深夜食堂」。お店に掲げられているメニューは、豚汁定食、ビール、酒、焼酎、のみ。あとはお客が勝手に注文して、マスターができるものなら作る、という営業方針の小さなめし処だ。
ここで登場する料理は、「真っ赤なタコさんウインナー」や「きのうのカレー」「甘い玉子焼き」「ハムカツ」など、なにも特別なものではなく、どこかなつかしい味のものばかり。これらがとにかくおいしそうなのだ。たとえば「きのうのカレー」。冷蔵庫でちょっと固くなったきのうのカレーを熱々のごはんにかけて「とろかしながら」食べる……。想像しただけでもなんともおいしそうなこと。思わずぐぅっとお腹が鳴ってしまう。
こんなふうに、一話ごとに魅力的な料理が一品、そしてそれを注文したお客のドラマが展開されていく。このドラマも毎回感動的! 料理とマスター、「深夜食堂」に集まるワケあり客たちとのあたたかいやりとりがグッとくる話なのだ。
いよいよ寒くなってきた12月。じんわりと心があたたまり、そして味が心に沁みわたる『深夜食堂』。お薦めの本だ。
最後になりましたが、今回で連載「ホンの一服」をお休みさせていただくことになりました。私にとってはじめての執筆連載で不安ななかでの挑戦でしたが、毎月あたらしい発見があり、そしてあらためて「本」が好きだなぁと感じた一年半でした。いままで読んでくださったみなさま、本当にどうもありがとうございました。これからも本で一服。