生方ななえの読書時間

連載|生方ななえ 第六回|「体に届くひとさじ」

連載|生方ななえ 第六回|「体に届くひとさじ」

第六回 「体に届くひとさじ」写真・文=生方ななえ渡辺有子さん著の『風邪とごはん』。風邪をひきそうなとき、本格的になっちゃったとき、回復してきたとき、スタミナをつけたいとき、予防のため……とそれぞれの状況に応じたごはんが紹介されているレシピ本である。大根雑炊、ポロねぎのポタージュ、白身魚の梅蒸しなどなど、野菜中心かつ素材の味を大切にした料理たち。どれも体にやさしくてあたたまりそうなものばかりだ。誰かのために、自分のために、作ってみたい。そして風邪をひいていない、元気のある時にも食べたくなるレシピは、毎日の食事が健康な体をつくるということをあらためて気づかせてくれる。レシピ本なのだけど、料理の写真を眺め、著者の添えられた文章を読みながらページをめくっていくと、ほっとするような懐かしさがこみ上げてきて、まるで心地よい物語を読んでいるような気持ちになるから不思議だ。おそらくこの本によって子どものころのことを思い出すからだろう。風邪の時に限らずよく作っているお気に入りのスープ。あまりにも美味...
新連載・生方ななえ|ホンの一服 『YAWARA!』

新連載・生方ななえ|ホンの一服 『YAWARA!』

新連載・生方ななえ第一回 「あのころ」はじめまして。オウプナーズで本にまつわる連載をはじめることになりました生方ななえです。本を通して得た私の考えや経験などをお話できればと思います。写真・文=生方ななえ私は幼いころから飛び抜けて背が高かった。どのくらい高かったかというと、つねに2学年上の身長で、小学6年生のときには170センチまで伸びていた。170センチでランドセルを背負う小学生。ちょっと、いや、かなり目立った。今ふり返ってみると「そんな状況を楽しんでみたら?」と思うのだが、当時はそれどころではなく、どうやったら身長が伸びなくなるのだろうかと真剣に考えていた。少しでも身長を低く見せようと猫背にしてみたり、寝ているあいだに背は伸びると聞けばダンボール箱の中で寝ようとして母を困らせたり。最高にして最大のコンプレックスだった身長──だが、「伸びるものは仕方がない」という現実を受け入れて、私は思い切ることにした。逆転の発想として、身長の悩みをプラスに捉えることにしてみようと考えたのだ。そし...
生方ななえ|連載・第二回  「京都の思い出」

生方ななえ|連載・第二回  「京都の思い出」

第二回 「京都の思い出」写真・文=生方ななえ本を開くと、過去に通り過ぎた思い出がふと浮かび上がるような感覚を覚えたひとはいないだろうか。すごく派手でもなく、どちらかといえば日常のなかで経験してきた諸々の事柄。いつか見た風景や、そこに漂う匂い、ザワザワとしたまわりの音や聞いたことのある笑い声、手に触れた新芽のやわらかさや口いっぱいにひろがる清々しさ、などなど。普段の生活のなかでは意識にも上がらない記憶の断片が、本を紐解くことによってひらひらと宙から舞い落ちるように、もしくは紙面という底を通して滾々(こんこん)と湧き出るようにやってくる。私がちょっとした空き時間やのんびりした休日に本をひらくのは、この懐かしくもせつない感覚に身を委ねたいから、という理由もあったりする。いつもの生活のなかではなく、いつか、どこかの空間や感覚に自分を“存在”させる。その一瞬の楽しみ。それが、過去に触れてきた町並みや景色、方言や文化であれば、なおさらよろこびの度は増す。私の場合。オフの日、大好きなカップになみ...
連載・生方ななえ|第五回 「旅のはじまり」

連載・生方ななえ|第五回 「旅のはじまり」

第五回 「旅のはじまり」写真・文=生方ななえアメリカを代表する女流画家ジョージア・オキーフと写真家アルフレッド・スティーグリッツによる作品集『TWO LIVES』。この本を開いたとき鮮烈な驚きを覚えたことを、私はつい昨日の出来事のように記憶している。以前からオキーフの作品が大好きで、画集を眺めてはうっとりしていた。なのに、『TWOLIVES』の画は、今まで見たオキーフの作品とはかけ離れ、異なったものに見えてしまう自分がいる。それは、奇妙な感覚だった。オキーフの画とスティーグリッツの写真。それぞれの作品が左右のページにひとつずつ並んでいる。芸術家であると同時に夫婦でもあったふたり。彼らの作品を眺めていると互いに創作意欲をかき立て合い、支え合い、そして想い合ってきた歴史が、自分に向かって静かにおし寄せてくるような印象を受ける。ふたりの関係性やふたりの過ごした時間がたしかにそこに存在するからこそ、単品でみる彼女の作品とはちがう印象、妙なる感覚が私のなかでうまれたようだった。オキーフの画と...
連載|生方ななえ 第七回「富士山」

連載|生方ななえ 第七回「富士山」

第七回「富士山」写真・文=生方ななえ山は、いつも新鮮な感動をもって私を迎えいれてくれる。私が生まれ育った地は、赤城山、榛名山、子持山と、くるくるっと360度まわってもつねに山が見える環境だった。子どものころ、部屋の窓から見える山をぼんやり眺めてはリラックス。休日はよくお弁当を持って近くの山へドライブに連れて行ってもらったり、夏休みにはキャンプをしたり。山は身近な存在であり、山のある風景は私にとって日常のひとコマだった。大学を卒業して東京に移り住んでからは、毎日が仕事で慌ただしく過ぎていくばかり。いろいろな情報が溢れ、もまれ、刺激を受けているうちにヘトヘトになった私は、いつのまにかまわりを見わたす余裕がなくなっていた。上京して半年経ったころ、友人と夏の山へ出かけた。久しぶりにトレッキングや川遊びをしてみると、鳥の鳴き声や森の音、ひんやりしておいしい空気や水に感激した。それは、たとえるなら何でもないと思っていたことや景色が、その瞬間、私のなかで急に息吹き色づきはじめたような感覚。山で過...
生方ななえ|「読んでいると旅をしたくなる」

生方ななえ|「読んでいると旅をしたくなる」

第10回「読んでいると旅をしたくなる」写真・文=生方ななえ旅に出るとき、必ず本を持っていく。仕事でも、プライベートでもそれは変わらない。せっかくの旅なのだから本など読んでないで見るべきものがたくさんあるだろう、でも、私には本のない旅というものは想像できない。持っていく本はさまざまで、骨太な小説にはじまり、エッセイ、詩集、マンガなどをたくさん。旅の準備をしながら今回はどの本を持っていこうかと考えるのは、最高に贅沢なときだ。モデルの仕事をしていると、撮影で国内外問わずいろんなところを旅する機会が多い。しかし、いざ撮影となると光やロケ場所の関係で夜明けまえに宿泊先を出発することが多く、夜は夜で翌日にそなえて早寝することがほとんどだ。観光地などで撮影をおこなう場合は、多少の旅行気分は味わえるかもしれない。ただ核にあるのは仕事なものだからプライベートのリラックスした旅とは、まったくちがう。そういう独特な状況のなかで、仕事とはいえ旅する土地について書かれた本をその場で読むと、そこにいることが楽...
生方ななえ|連載第11回「しあわせのおすそ分け」

生方ななえ|連載第11回「しあわせのおすそ分け」

第11回「しあわせのおすそ分け」写真・文=生方ななえ早朝からの仕事が終わって、まだお日様が出ている昼下がり。真っ直ぐ家へ帰るのはもったいないような気がして、街をぶらぶらしたり、美術館や展覧会の会場をぶらぶらしたり。時間があるときは、そんなふうに過ごすことが多い。インタビューなどで“なぜそんなに美術館や展覧会に行くのですか?”と尋ねられることがある。自分でもよくわからないが、しいて理由を挙げるとすれば“本物”を自分の目で見たいから。本物には、展示品にかんする本や資料から伝わるものとはまたちがう“チカラ”のようなものがあると思う。その気配のようなものを感じたくて、いそいそと出かけるのかもしれない。その日は、フランス生まれの絵本シリーズ「リサとガスパール」の展覧会に行った。ウサギのようにも、イヌのようにも見える不思議な生物のふたり、リサとガスパール。おしゃまで好奇心いっぱいの女の子リサと優しくておっとりした男の子ガスパールが巻き起こす、日常のあれこれが描かれた絵本である。この絵本のシリー...
生方ななえ|うぶかたななえ|連載第12回「香るジャンル」

生方ななえ|うぶかたななえ|連載第12回「香るジャンル」

第12回「香るジャンル」写真・文=生方ななえ本のなかで、ミステリーにはあまり手を出さないようにしている。こういったジャンルの小説はなかなか読むことがやめられないので徹夜して一気に読んでしまい、睡眠不足になることが多いのである。自分の意志で「今日はここまでにしておこう」と途中でやめることができればいいのだけど、それができない。なぜなら私はショートケーキなら迷わずイチゴから食べるようなひとであり、好きなものを最後のお楽しみにとっておけるタイプではないのだ。先が気になる内容の小説を読んでいる途中にやめることは、私にとって至難の業なのである。また、ミステリーにかんしては、ストーリーの途中で寝てしまったことにより怖い思いをしたことが何度もあるのも敬遠する理由のひとつとなっている。読書後に夢を見ることがあり、その夢の内容というものがストーリーのつづきと大体決まっているのだ。ミステリーといえど容赦なく夢のなかでストーリーが次つぎと展開されていく。そこでは私も登場人物のひとりになっていて、なぜかい...
生方ななえ|連載第13回「ジャッキー・チェンになれると信じていたころ」

生方ななえ|連載第13回「ジャッキー・チェンになれると信じていたころ」

第13回「ジャッキー・チェンになれると信じていたころ」写真・文=生方ななえ子どものころ、私はジャッキー・チェンに憧れていた。壁を走ったり、シャンデリアに飛び乗ったり、ビルから飛び降りてもなんだかんだで市場の屋根に落下して助かったり。子どもの私には難しいけど、将来、大人になったらジャッキー・チェンのようになれる、と本気で信じていた。でもいつのころだったか、大人になったからといって誰でもあんなことができるわけではない、と友だちに言われ、私ははじめて現実を知った(それはサンタさんがいないことよりもはるかに衝撃的な気づきだった)。そう、私はジャッキーにはなれない。でも不思議なことに、大人になって自由な時間が増えた私が望んだものは、ジャッキーのような闘える身体、だった。というと、なんだか大袈裟だが、自分の仕事をきっちり仕上げるためにも、体力が必要だと感じていたのである。モデルの仕事は体力勝負なところもある。早朝から撮影がはじまり、一日に何本も撮影がある日は夜までほとんど休めない。そして気を抜...
生方ななえ|連載第14回「憧れのひと」

生方ななえ|連載第14回「憧れのひと」

第14回「憧れのひと」写真・文=生方ななえ「神さまが彼女の頰に口づけをしたんだ、するとほら、オードリーが出現した──ビリー・ワイルダー」(『オードリー・スタイル』より)映画スター オードリー・ヘップバーン。彼女の名を聞けば、今でも心ときめいてしまう。すらりとした容姿、吸い込まれそうな大きな瞳、気品ある立ち振る舞い……外見が美しいのはもちろんだけど、なによりも内面からにじみ出る美しさに私は惹きつけられているのだと思う。はじめてオードリーを見たのは小学生のとき、映画『パリの恋人』でだった。小さな本屋で働く娘がファッションカメラマンに見出され、モデルになっていくシンデレラストーリー。当時、将来モデルになりたいと夢見ていた私は、ファッション界を舞台にしたこの映画に、そしてモデル役のオードリーのあまりの美しさに衝撃を受けた。冒頭の雑誌編集室のカラフルなシーン、パリの名所を背景にテンポよく撮影するシーンが大好きで、おしゃれをするのって楽しい! と感激したのを覚えている(後年に、映画のなかのカメ...
生方ななえ|連載第15回「夢の話」

生方ななえ|連載第15回「夢の話」

連載第15回「夢の話」連載第16回|夏空のころ写真・文=生方ななえ久しぶりのオフ、その前夜。「明日は好きなだけ寝ていよう」と、携帯の電源を切って目覚まし時計もかけずに就寝、翌日起きたら夕方の六時だった。昔からよく寝るタイプだけど、この時はさすがに自分のことながら驚いた。辺りはすっかり薄暗くなっていて、さっきまで見ていた夢はなんだったっけ、と思いをめぐらしながらゆっくり起き上がる。水を飲んでフルーツを口に頬張るとかえって空腹感が増して、食材をつまみながらごはんを作った。そうこうしているうちに深い夜が訪れ、お風呂の用意をする。湯船につかりながら読書をするのが日課である私、さて、今夜のお風呂本は何にしようか。お風呂用に用意したコレクションの数々を思い浮かべ、リラックス効果のある入浴剤をバスタブに振り入れる。そうだな、今日はいっぱい夢を見たし(内容は忘れたけれど)、ひさびさに『文鳥・夢十夜』を読もうかな。上の棚から三段目、お目当ての本を取り出した。これは表題を含めて七編が収められている作品...
生方ななえ|連載第16回|夏空のころ

生方ななえ|連載第16回|夏空のころ

連載第16回|夏空のころ写真・文=生方ななえ「温泉に行きたい」。ふと思った。冬のしんしんと雪が降るなかでの温泉も好きだけど、夏の豊かな緑を楽しみながら入る温泉も意外と好き。浴衣を着て、湯上がりにキンと冷えたビールを飲んでのんびりする。蝉の音が響くなか、畳の部屋で本を読みながらごろごろ。そんなことを想像していたらいよいよ行きたくなってきて、雑誌の温泉特集ページを見はじめた。“宿はどこにしようかな。旅気分を味わいたいからちょっと遠出して湯布院? それとも近場で箱根?”と思いを巡らせページをめくる。すると、雰囲気ある旅館の写真に目が止まった。「わぁ、すてき!」。一瞬にして心を奪われた。さっそく修善寺にあるその旅館に電話をしてみると、ちょうど一部屋空いているとのことだった。青い空に真っ白な雲がふわふわ広がる夏のある日。東京からクルマに乗って目的地へ向かった。気持ちのいい陽気のなか、クルマの窓を開けて走っていると自然と心がリラックスしていくのがわかる。しばらくすると通りに土産物店や宿が立ち並...
生方ななえ|連載第17回|柿の魔法

生方ななえ|連載第17回|柿の魔法

連載第17回|柿の魔法写真・文=生方ななえ味覚の秋。食の魅力がつきないこの季節になると自然と心が浮き立ってくる。サンマに栗、松茸、新米、果物では梨にリンゴ、柿……。あれも食べたい、これも食べたい。涼しくなって食欲も増し、旬のおいしいものを食べるのは最高に幸せな時間だ。そんななか、「食」にまつわるすてきな本に出会った。岡本かの子さん著の『食魔』。“食魔”と書いて“グルメ”と読む。“美食家”や“食通”と書いてそう読むこともあるけれど、グルメの様はまさに「食」に魅入られた“食魔”で、この本をはじめて見たとき「たしかに!」と感嘆の声を上げた。内容は、表題をはじめとする小説5編と、随筆22編が収められていて、すべて「食」を題材にした作品である。このなかに『鮨』という物語がある。小さいときから甘いものを好まない子どもがいた。子どもの食べ物は偏っていて、魚が嫌いで、野菜も好かない。肉類は近づけなかった。体内へ、色、香、味のある塊団を入れると、何か身がけがれるような気がして食事が苦痛だったのだ。唯...
生方ななえ|連載第19回「あったまる夜」

生方ななえ|連載第19回「あったまる夜」

連載第19回「あったまる夜」写真・文=生方ななえバタバタしていたスケジュールが落ち着いてふうっと一息。心に余裕ができると、かならず行きたくなるごはん屋がある。そこは大通りから一本入ってしばらく歩いたところにある、夜遅くまで開いている、ひっそりとたたずむビストロ。はじめて行ったときは、看板がなくてレトロな雰囲気の外観に一瞬入るのをためらったが、ドアをおそるおそる開けて顔をのぞかせると、シェフのあたたかい笑顔に迎えられて安心したのを覚えている。店内はカウンター10席のみで、さりげない音量のクラシック音楽が流れている。オープンキッチンのカウンター内にいるのはシェフひとり。料理、サービス、すべてをひとりで切り盛りしているのだ。席につくと魅惑的な文字が並ぶメニューを持ってきてくれ、どれもおいしそうで、あれも食べたいこれも食べたいと贅たくな悩みにしばし奮闘。なんとかお腹と相談して選び込み、ひとまずワインを飲みながらボーっとするのがお決まりだ。しばらくすると調理する音とともにいい香りが漂ってきて...
生方ななえ|連載第18回「パリとキリンと地図帖」

生方ななえ|連載第18回「パリとキリンと地図帖」

連載第18回「パリとキリンと地図帖」写真・文=生方ななえ子どものころ、よくキリンに似ていると言われた。たしかに背が高いところ、首が長いところ、食べる時にもしゃもしゃとゆっくり噛むところが似ているなと自分でも思って、“うまいこと言うなぁ”と結構気に入っていた。そんなこともあってか、昔からキリンに妙な親近感をもっている。先日パリに住んでいる友人から「5区にある国立自然史博物館で、キリンの剥製を間近で見ることができる」という話を聞いた。至近距離でキリンに会うなんて動物園でもなかなか叶わない。これはぜひとも行きたい……と行きたい熱がムクムクと沸き上がった。友人に会いたいこともあって、10月半ば、思い切ってパリに行くことにした。私のパリ歩きのおともに欠かせないのが『Paris Arrondissements』という地図帖。パリの本屋やキオスクで手軽に買える、パリ市内の地図だ。メトロの路線図、バスの路線図、それから20区のすべての通りが載っている優れもの。ちょうど文庫本ほどの大きさで、厚さは5...
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