生方ななえ|連載第11回「しあわせのおすそ分け」
第11回「しあわせのおすそ分け」
写真・文=生方ななえ
早朝からの仕事が終わって、まだお日様が出ている昼下がり。真っ直ぐ家へ帰るのはもったいないような気がして、街をぶらぶらしたり、美術館や展覧会の会場をぶらぶらしたり。時間があるときは、そんなふうに過ごすことが多い。
インタビューなどで“なぜそんなに美術館や展覧会に行くのですか?”と尋ねられることがある。自分でもよくわからないが、しいて理由を挙げるとすれば“本物”を自分の目で見たいから。本物には、展示品にかんする本や資料から伝わるものとはまたちがう“チカラ”のようなものがあると思う。その気配のようなものを感じたくて、いそいそと出かけるのかもしれない。
その日は、フランス生まれの絵本シリーズ「リサとガスパール」の展覧会に行った。ウサギのようにも、イヌのようにも見える不思議な生物のふたり、リサとガスパール。
おしゃまで好奇心いっぱいの女の子リサと優しくておっとりした男の子ガスパールが巻き起こす、日常のあれこれが描かれた絵本である。
この絵本のシリーズにはじめて出会ったときの印象は、今も鮮やかだ。
今から10年ほど前、本好きの姉からプレゼントが届いた。なんだろう、とわくわくしながら包み紙を開けると、目に飛び込んできたのはなんともかわいらしい絵本『リサのいもうと』。これは、主人公リサに妹が誕生するお話で、きょうだいができたときに芽生える複雑な気持ちから、きょうだいへの優しい愛に目覚めるまで、その心の変化が、繊細かつシンプルに描かれている。
この絵本の内容を追っていくにしたがって、妹に対する“やきもち”と“かわいいな”という、ふたつの気持ちが微妙にまざり合った子どものころの感情を思い出し、自然とリサに自分を重ねて読んでいた。
ストーリー展開はおもしろく、つぎはどうなるのだろう、どうなるのだろう、とページをめくるたびにどきどきする。あたたかい画風の絵は眺めているだけでも幸せな気持ちになり、さらにしあわせな結末にこころ満たされる作品だった。読後の感情のままに、姉にお礼の電話を入れた。
その「リサとガスパール」日本語版刊行10周年を記念した絵本原画展。会場にはきっと子どもが多いだろうと思って行ったら見事に予想ははずれ、老若男女、さまざまなひとたちでいっぱいだった。世代を超えて、多くのひとに愛されている本なのだと感じた。
入り口をくぐると、代表作から最新作までの100点を超える色彩豊かな原画や、人形劇用の舞台、アトリエで使用しているパレットや筆、スケッチなどが展示されていて、興味津々な私はひとつひとつをじっくり見るのでなかなか前に進めない。油絵で描かれた原画のタッチは、ぬくもりを感じさせるやわらかな雰囲気がよい。くいいるようにして見て、結局、出口にたどり着くまで2時間もかかってしまった。
それにしても、なんて楽しい時間だったのだろう。作品に溢れる優しい世界観を堪能し、ますます好きな絵本となった。
またこの作品の展覧会が開かれたなら、今度はきょうだいを誘っていこう。しあわせのおすそ分け、おなじものをみて、おなじときに感じ入る。彼女たちは、きっと気に入ってくれるにちがいない。