連載・生方ななえ|第五回 「旅のはじまり」
第五回 「旅のはじまり」
写真・文=生方ななえ
アメリカを代表する女流画家ジョージア・オキーフと写真家アルフレッド・スティーグリッツによる作品集『TWO LIVES』。この本を開いたとき鮮烈な驚きを覚えたことを、私はつい昨日の出来事のように記憶している。以前からオキーフの作品が大好きで、画集を眺めてはうっとりしていた。なのに、『TWOLIVES』の画は、今まで見たオキーフの作品とはかけ離れ、異なったものに見えてしまう自分がいる。それは、奇妙な感覚だった。
オキーフの画とスティーグリッツの写真。それぞれの作品が左右のページにひとつずつ並んでいる。芸術家であると同時に夫婦でもあったふたり。彼らの作品を眺めていると互いに創作意欲をかき立て合い、支え合い、そして想い合ってきた歴史が、自分に向かって静かにおし寄せてくるような印象を受ける。ふたりの関係性やふたりの過ごした時間がたしかにそこに存在するからこそ、単品でみる彼女の作品とはちがう印象、妙なる感覚が私のなかでうまれたようだった。
のちにオキーフはニューメキシコの風景に惹かれて移り住み、後半生をその地で過ごす。そこでは花や、空、山、動物の骨をモチーフにしたたくさんの作品を生み出した。オキーフが魅せられたニューメキシコ。そこはいったいどんなところなのだろう。画から伝わる空気感や音を感じながらその土地のことを想像するのが楽しかった。あの、激しくも深遠なる色彩の世界。私もいつしか彼の地へ行きたいと思うようになっていた。
ちょうどそのころ、中目黒にあるギャラリーショップを訪れる機会があった。1年ほど前のことだ。目黒川沿いにある真っ白な建物のギャラリーは、まさしくニューヨークのロフト風なたたずまい。外からはお店の中が見えない。それが、かえって期待を高めた。重厚感ある鉄の扉を開けると、入ってすぐのところに飾ってあった空の写真が目に入った。一期一会。その写真に一瞬で心を奪われてしまった。やわらかい光と色合い、眺めているといろいろな物語が浮かんできて、なつかしい気持ちになる写真。気づいたら「こちら、お願いします」と店主さんに言っていた。普段は衝動買いしないタイプの私。だけど、このときはちがった。出会ってしまったのだから仕方がない。まさに運命とばかりに、即座に購入を決めたのだった。
その後、店主さんから聞いて知ったことだが、それは日本人の写真家が写したエルパソの空だった。ニューメキシコとは目と鼻の先。偶然にしては、近い。きっとそれはオキーフが見ていた空にちがいない。そんなこともあるのだなぁと嬉しくなった。
近い将来ニューメキシコを旅することだろう。その土地の魅力を、景色を、自分の目で見て、肌で感じたら、おなじ画を見たときとはまたちがった見え方になるかもしれない。そんな旅も、またいいな。
Two Lives
A Conversation in Paintings and Photographs
ジョージア・オキーフ 画
アルフレッド・スティーグリッツ 写真
発行|Herper Collins Publishers
同名の展覧会に即して製作されたもの。オキーフの絵画とスティーグリッツの写真とが互いに寄り添うように配置されている。巻末には双方のくわしい年譜を掲載。