連載|生方ななえ 第七回「富士山」
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2015年4月28日

連載|生方ななえ 第七回「富士山」

第七回「富士山」

写真・文=生方ななえ

山は、いつも新鮮な感動をもって私を迎えいれてくれる。

私が生まれ育った地は、赤城山、榛名山、子持山と、くるくるっと360度まわってもつねに山が見える環境だった。子どものころ、部屋の窓から見える山をぼんやり眺めてはリラックス。休日はよくお弁当を持って近くの山へドライブに連れて行ってもらったり、夏休みにはキャンプをしたり。山は身近な存在であり、山のある風景は私にとって日常のひとコマだった。

大学を卒業して東京に移り住んでからは、毎日が仕事で慌ただしく過ぎていくばかり。いろいろな情報が溢れ、もまれ、刺激を受けているうちにヘトヘトになった私は、いつのまにかまわりを見わたす余裕がなくなっていた。

上京して半年経ったころ、友人と夏の山へ出かけた。久しぶりにトレッキングや川遊びをしてみると、鳥の鳴き声や森の音、ひんやりしておいしい空気や水に感激した。それは、たとえるなら何でもないと思っていたことや景色が、その瞬間、私のなかで急に息吹き色づきはじめたような感覚。山で過ごしていると、ざわざわしていた心がすーっと落ち着いていった。それから夏が来るたびに山へ行くようになり、だんだん登山に興味をもつようになっていった。

連載|生方ななえ 第七回

頭上から降り注ぐやさしい光。

昨年の夏、友人と富士山にはじめて登った。多くの登山者が訪れる夏は「人気のあるコースだと行列ができる」と聞き、須走口という一番人気のない登山道から登ることに。夕方に出発し、高山病に気をつけながら登っていく。8合目付近までは疲れはほとんど感じなかったものの、その地点を過ぎたあたりから吹き飛ばされそうなほどの強烈な風。徐々に体温と気力が奪われるのを感じた。

連載|生方ななえ 第七回

『Mt.Fuji』より。(石川直樹著 リトルモア刊)

連載|生方ななえ 第七回

山小屋にも泊まらず、夜を徹してひたすら歩いた。

さすが日本一の山、遮るものは何もないから風は絶え間なく吹き荒れる。風というものが、体力をこれほど奪うのかと驚いた。なんとか頂上に到着し、あたたかい飲み物を口にしたときの安堵感。冷えてこわばった身体がゆるりとほどけていった。帰りの砂走りは楽しく、砂まみれになって走って下った。その後はひざが笑って、ただただしんどかったのを覚えている。

連載|生方ななえ 第七回

ご来光。自然の美しさに感動。

連載|生方ななえ 第七回

『Mt.Fuji』より。(石川直樹著 リトルモア刊)

写真家石川直樹さんの写真集『Mt.Fuji』。夏だけではなく冬の雪に覆われた山中風景、富士吉田市での奇祭のようすなどがおさめられている。中盤の空撮による山頂の写真はあまりの迫力に鳥肌が立った。この本には遠くから眺める美しい富士山のイメージではなく、ゴツゴツした岩、荒々しい地肌、強風、霧など、多角的に捉えられた富士山の姿があり、石川さんが富士山を見つづけ、向き合い、感じ、触れてきたことが伝わってくる内容だった。

本書に「この山は登るたびに新しい表情を見せてくれる」と記載されている。

下山時はもう二度と登りたくないと思ったのに、一方で、この写真集を眺めていると“また登りたい”と思っている自分がいる。そういう気持ちは、薄っすらこわいような、でも楽しいような。

連載|生方ななえ 第七回

『Mt.Fuji』
著者|石川直樹
発行|リトルモア
定価|2625円

浮世絵、あるいは観光写真や絵はがき。あらかじめ刷り込まれてしまっている富士山のイメージから離れ、“登る山”としての富士山を著者が捉えた1冊。

           
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