生方ななえ|「読んでいると旅をしたくなる」
第10回「読んでいると旅をしたくなる」
写真・文=生方ななえ
旅に出るとき、必ず本を持っていく。仕事でも、プライベートでもそれは変わらない。せっかくの旅なのだから本など読んでないで見るべきものがたくさんあるだろう、でも、私には本のない旅というものは想像できない。持っていく本はさまざまで、骨太な小説にはじまり、エッセイ、詩集、マンガなどをたくさん。旅の準備をしながら今回はどの本を持っていこうかと考えるのは、最高に贅沢なときだ。
モデルの仕事をしていると、撮影で国内外問わずいろんなところを旅する機会が多い。しかし、いざ撮影となると光やロケ場所の関係で夜明けまえに宿泊先を出発することが多く、夜は夜で翌日にそなえて早寝することがほとんどだ。観光地などで撮影をおこなう場合は、多少の旅行気分は味わえるかもしれない。ただ核にあるのは仕事なものだからプライベートのリラックスした旅とは、まったくちがう。そういう独特な状況のなかで、仕事とはいえ旅する土地について書かれた本をその場で読むと、そこにいることが楽しいと感じるようになる。
ロケ場所から次のロケ場所への移動時間、撮影セッティングの待ち時間は、私にとってまさにうってつけの読書タイム。時間はたっぷりとあり、ひたすらその土地の空気にみずからの身を、感覚を、晒し浸す。
先日、撮影のためハワイを訪れたときにはバッグの中に小説『カイマナヒラの家』を入れていった。ハワイに実在するという古くて美しい“カイマナヒラの家”に共同で暮らす人びとと、ふとした縁でそこに滞在するようになった主人公の物語である。
「神様に着陸を禁じられた飛行機」の話や「ドライ・レイク」の話、女性サーファーの草分けであるレラ・サンの話。多数収録されているハワイの美しい風景写真を眺めながら話を読み進めていくと、いつのまにかゆったりとした時間の流れに身をゆだねている。自然なリズム感のある文章が、また心地よい。海と、波と、ハワイの空気がいっぱい詰まっている作品だ。
著者は、旅する作家、池澤夏樹さん。池澤さんはギリシャ、沖縄、フランス、それから北海道と、これまでいろんなところに移住していて、氏の本の多くにはそれらの土地の魅力が溢れているので、読んでいると旅をしたくなる。ふとした言葉や描写にリアリティーが垣間見られ、力強い説得力をもつのは作者の実体験から抽出されたものだからであろうか。
思い返せば、知人に薦められて読んだ氏の『ハワイイ紀行』も、数年前に初めてのハワイ撮影をすることになった私の心を不安から楽しみに変えてくれた本だった。これからも、池澤さんの本に誘われて旅に出ることもあれば、偶然訪れる場所が小説の舞台であったりすることもあるだろう。作家の言葉を伴った旅の記憶は、より印象深いものとなって私の中に蓄積されてゆく。