生方ななえ|うぶかたななえ|連載第12回「香るジャンル」
第12回「香るジャンル」
写真・文=生方ななえ
本のなかで、ミステリーにはあまり手を出さないようにしている。こういったジャンルの小説はなかなか読むことがやめられないので徹夜して一気に読んでしまい、睡眠不足になることが多いのである。自分の意志で「今日はここまでにしておこう」と途中でやめることができればいいのだけど、それができない。なぜなら私はショートケーキなら迷わずイチゴから食べるようなひとであり、好きなものを最後のお楽しみにとっておけるタイプではないのだ。先が気になる内容の小説を読んでいる途中にやめることは、私にとって至難の業なのである。
また、ミステリーにかんしては、ストーリーの途中で寝てしまったことにより怖い思いをしたことが何度もあるのも敬遠する理由のひとつとなっている。読書後に夢を見ることがあり、その夢の内容というものがストーリーのつづきと大体決まっているのだ。ミステリーといえど容赦なく夢のなかでストーリーが次つぎと展開されていく。そこでは私も登場人物のひとりになっていて、なぜかいつも何者かに追われていたり窮地に立たされていたりと絶体絶命。その夢の物語のテンポはおそろしく遅く、残念なことに決して事件が解決されることはないのである。寝ているあいだはとにかく怖いし、目覚めは悪く、せっかく寝たのにグッタリ疲れているという始末。とはいえミステリーが好きなので、これらのことがあっても懲りずに読んでいたのだけど、朝が早いモデルの仕事をはじめてからはその誘惑と戦うことが大変になり、なんとなく避けるようになっていった。
一ヵ月ほど前、ある書評番組にゲスト出演させていただいたときのこと。ゲストがそれぞれ3冊お薦めの本を紹介し、そのうち1冊は合評するので、ほかのゲストの方の合評本を収録前に読んでおく必要がある。そのなかになんとリチャード・ドイッチ著のミステリー小説『13時間前の未来』が入っていたのだ。大好きなミステリー……あらすじを読んだだけでもおもしろそうで、これは一気読みするパターンだ、危険だ、と思った。手渡されてから番組収録まで、一週間。その週は、ちょうど雑誌の撮影ウィークと重なってしまい、まとまった読書時間が取れそうにない。すぐにスケジュール帳を開いて、時間を気にせずに読書できる日を算段した。なんとか夕方からゆっくり読める時間を見つけてホッとし、その日をXデーとした。
そして、ついにXデーがやってきた。楽しみにしていた『13時間前の未来』を読む日。夜遅くまで営業をしているカフェで読むことにした。紅茶とスコーンを注文し、わくわくしながらページをめくる。読み進めていくうちに、ふっとまわりの音が聞こえなくなる瞬間があり、芳しいお茶とバターの香りに包まれたまま物語の世界へ静かに入っていった。
タイムトラベルを題材にしたストーリー。物語は12章からはじまり、11章、10章……と時間を遡っていく構成。最愛の妻を何者かに殺され、しかもその容疑者として警察に逮捕された主人公ニック。怒りと悲しみにくれる彼の前に、謎の初老の男があらわれ懐中時計を渡される。その時計の力によって1時間進むごとに2時間過去にもどる時間を手にする。与えられた12時間のあいだに、彼は妻の命を救うことができるのか……。
ロジカルな謎解きは抜きにして、ジェットコースターのようなストーリー展開にぐいぐい引き込まれていく上質なエンターテイメント。時間が経つのを忘れ、読み終えたときには、あたりはすっかり暗くなっていた。こころ満たされた充実感、お茶とあまい香りの至福感そのままに、私はゆったりと椅子の背にもたれかかる。これだから、ミステリーはやめられない。