生方ななえ|連載第14回「憧れのひと」
第14回「憧れのひと」
写真・文=生方ななえ
「神さまが彼女の頰に口づけをしたんだ、するとほら、オードリーが出現した──ビリー・ワイルダー」(『オードリー・スタイル』より)
映画スター オードリー・ヘップバーン。彼女の名を聞けば、今でも心ときめいてしまう。すらりとした容姿、吸い込まれそうな大きな瞳、気品ある立ち振る舞い……外見が美しいのはもちろんだけど、なによりも内面からにじみ出る美しさに私は惹きつけられているのだと思う。
はじめてオードリーを見たのは小学生のとき、映画『パリの恋人』でだった。小さな本屋で働く娘がファッションカメラマンに見出され、モデルになっていくシンデレラストーリー。当時、将来モデルになりたいと夢見ていた私は、ファッション界を舞台にしたこの映画に、そしてモデル役のオードリーのあまりの美しさに衝撃を受けた。冒頭の雑誌編集室のカラフルなシーン、パリの名所を背景にテンポよく撮影するシーンが大好きで、おしゃれをするのって楽しい! と感激したのを覚えている(後年に、映画のなかのカメラマンはあの有名な写真家リチャード・アヴェドンをモデルにしていて、しかも実際に彼が監修していたのを知ったときはまたちがった感動があった)。 それ以来、お年玉でオードリー映画のビデオを毎年ちょっとずつ購入しては作品に触れ、それからさまざまな彼女にかんする写真集や本を見るようになっていった。
ここ数年、折に触れてよく読んでいるのが『オードリー・スタイル』。これはオードリーの生い立ちにはじまり、女優、ファッション、恋愛、プライベート、死にいたるまでを、親しかったひとたちが語る彼女の評伝である。100枚近い多くの写真、また映画『ティファニーで朝食を』や『麗しのサブリナ』などのメイクもイラストで紹介されていたりと、眺めているだけでも楽しい本だ。
いくつものエピソードを読んでいると、女優オードリー・ヘップバーンとしてではなく、ひとりの女性としての姿が浮かび上がってくる。彼女はハリウッドという華やかな世界にいながらも、その風潮に流されることなく、自然体で飾らずまっすぐなひとだった。シンプルなファッションを自分らしく着こなし、健康的で規律正しい生活を好み、家族を大切にした。そして意外なことに、自分の顔を“おかしな顔”だと思い、欠点をたちまち並べたてることができるほど深いコンプレックスを抱いていた。また父親の失踪、ナチスの恐怖、戦時中の窮乏など、それらの過酷な経験は彼女を優しくした。
この本から、彼女の魅力は人間性や内面の深いところからきていることがよくわかる。自分らしさというスタイルをもちつづけた女性。生きる姿勢や言動、ファッション、スタイル、すべてはひとの心の延長にあるのだとあらためて感じた。あぁ、やっぱり彼女は憧れのひと。