牧口じゅんのシネマフル・ライフ
「牧口じゅんのシネマフル・ライフ」に関する記事
連載|牧口じゅんのシネマフル・ライフ 第19回『君の名前で僕を呼んで』
連載|牧口じゅんのシネマフル・ライフ第19回 恋する者たちの桃源郷をみずみずしく描く『君の名前で僕を呼んで』1980年代の北イタリアのとある避暑地。17歳のエリオは、17世紀に建てられた瀟洒なヴィラでいつものように夏を過ごしていた。いつもと違ったのは、美術史学者である父が招いた24歳の青年オリヴァーとの出会い。二人は、互いへの好意と関心を隠しながらも、自らの抑えられない気持ちに戸惑い悩みつつ、やがて心を通わせるようになる――。丁寧な心理描写と美しい映像で、恋の喜びと痛みを繊細に描く青春映画の傑作だ。Text by MAKIGUCHI Juneもう取り戻せない、もどかしいほどの繊細な時代脚本がジェームズ・アイヴォリーによるものだと聞けば、もどかしいほどの繊細さと、粋で機知にとんだ会話にも思わず納得するだろう(原作はアンドレ・アシマンの同名小説)。恋する人間が持つ独特の感情、例えば「好き」と「嫌い」、「喜び」と「失望」の間を行ったり来たりする波打つような感情の変化や、手探りしながら進ん...
連載|牧口じゅんのシネマフル・ライフ 第20回『ファントム・スレッド』
連載|牧口じゅんのシネマフル・ライフ 第20回 唯一の選択しか生まない愛、だからこそ運命『ファントム・スレッド』ヴィクトリア時代の英国で生まれた“Phantom Thread(幻の糸)”という言葉。当時、王侯貴族の服を縫い上げるために、過酷な長時間労働を強いられていた東ロンドンのお針子たちが、過労により、仕事が終わった後でも“見えない糸”を縫い続けていたという逸話から生まれている。ファントム・スレッド、つまり目に見えない力に、人間はどれほど影響を受け、いかに非力であることか。その不思議を究極の愛のドラマへと仕立てたのは、稀代のストーリーテラーであるポール・トーマス・アンダーソン監督だ。『ゼア・ウィル・ビー・ブラッド』以来2回目のタッグとなるダニエル・デイ=ルイスを主役に、見えないパワーに翻弄される人間のやるせなさ、さらにはそこから生まれる特異なロマンチシズムを、ファッション界を背景に描き出している。引退を宣言した名優ダニエル・デイ=ルイスが、クリスチャン・ディオールやアレキサンダー...
連載|牧口じゅんのシネマフル・ライフ 第21回『オンリー・ザ・ブレイブ』
連載|牧口じゅんのシネマフル・ライフ 第21回 この世は決して捨てたものじゃない。そう思わせてくれる、すべての名もなき英雄たちの物語『オンリー・ザ・ブレイブ』悲劇的な事実を映画で語ることは難しい。真実を歪めぬように、誇張しないように―。映画『オンリー・ザ・ブレイブ』は、それに成功した数少ない作品のひとつだろう。2013年にアメリカのアリゾナ州で起きた巨大な山火事を題材にしている。登場するのは、荒れ狂う炎に立ち向かう精鋭部隊“ホットショット”の20名。紛れもない生身のヒーローたちだ。彼らが紡ぎ出す物語は、ハリウッドの方程式に馴れきった者たちを、胸をえぐるようなエンディングへと導いていく。フィクションでは決して実現し得ない重い衝撃。その果てにあなたがたどり着くのは、何気なく生きてきたこれまでの日常とは違う、ちょっと新しい世界だ。Text by MAKIGUCHI June世界中の名もなきヒーローたちに感謝したくなる作品現実世界の“英雄”というのは、マントを身に着けて空を飛ぶ超人たちでは...