連載|牧口じゅんのシネマフル・ライフ 第22回『2重螺旋の恋人』
連載|牧口じゅんのシネマフル・ライフ
第22回 人間に潜む神秘を退廃的に描く
『2重螺旋の恋人』
生命とは実に神秘的だ。複雑で巧妙なバランスの元に成り立っていることはご存知の通りだ。その神秘性を強調する存在の一例が双子なのだろう。人間の内に潜むミステリーを追求してやまないクリエイターたちが、その存在に惹かれるのも良くわかる。一作ごとに新境地を切り開くフランス映画界の鬼才フランソワ・オゾンが新作『2重螺旋の恋人』で選んだモチーフも彼らだ。
Text by MAKIGUCHI June
フランソワ・オゾンが魅せる生命の深層
センセーショナルな映像からスタートする『2重螺旋の恋人』。いきなりヒロインの劇的な変貌と、命の始まる秘部を続けざまに映し出すファーストシーンは、本作の秘密を象徴している。冒頭はもとより、始まりから終わりまで、本作には一切無駄がない。ここが、あらためて思い知らされるオゾンの凄さだ。すべてのシーンに謎を解き明かす秘密が隠されているので、一時も気を緩めることができない。全編にわたる緊張感がそれを許さない、と言った方が、この心理ミステリーがいかに極上であるかが伝わるだろうか。終演時にすべての謎が明らかになるかどうかは別としても。
パリに住むクロエは、25歳の独身女性。もう長いこと原因不明の腹痛に悩まされており、婦人科を受診するものの異常は見つからない。精神的な問題ではと紹介されたのがポール・メイエルだった。精神分析医の彼は穏やかで温かい雰囲気を持っていて、ポールのもとに通ううちクロエは心も体も痛みから解放されていく。
自然に惹かれ合った二人は、医師と患者の関係を解消し、パートナーとして同居生活を始める。クロエが安定した日々を送っていた矢先、クロエはポールが自分に隠し事をしていることに気づく。彼には瓜二つの双子の兄弟ルイがいるらしいのだ。その事実をひたすら隠し続けるポールへ疑念を抱き始めるクロエ。
そこで、真相を探るべくルイに近づくが、外見こそ似ているものの、中身はポールと正反対の尊大で傲慢な男だった。そんなルイを嫌悪しながらも、惹かれていくクロエ。いけないと思いながらも双子との背徳的な関係を相手には内緒で深めるクロエ。そうして辿り着いたのは、自分自身に潜む驚くべき真実だった―。
螺旋階段や鏡、完璧なるシンメトリーなど、さまざまな演出技法を駆使して、トリックを仕掛けていくオゾン。果てに待っているのは、悲しいどんでん返しだ。だが、観客を騙すためだけに仕掛けられた結末が導きがちな“欺かれた”という複雑な感情は生まれないだろう。
数々のトリックはあくまでも、人間の、そして双子の神秘性、さらに言えば女性性のその奥の深層心理へと誘うためのもの。そこに、映像作家オゾンらしい品性や彼の矜持を感じるのだ。美しい登場人物や、スタイリッシュなファッション、隙のないインテリアすべてが妖しく、ミステリアスな世界観の完璧な一部となっていることも特筆すべきだ。
日本語タイトルにある2重螺旋とは、DNAの構造をも意味しているのだろう。科学が進歩し、ヒトのゲノムの全塩基配列が解析できたとはいえ、そこに生まれる感情や感覚、本能といった大切な余白までは読み取り不可能だ。科学では決して解明できない生命の神秘は、神の領域。それを承知しているからこそ生まれた本作は、オゾン流の生命賛歌なのだろう。
★★★★☆
オゾン監督が仕掛けるセンシュアルでサスペンスフルなミステリー。ファッション、インテリアに至るまで、目に映るものすべてが妖しく美しい。謎を解明したい者にとっては何度も見返したくなる作品。
『2重螺旋の恋人』
監督・脚本:フランソワ・オゾン
原作:ジョイス・キャロル・オーツ「Lives of the Twins」
音楽:フィリップ・ロンビ
出演:マリーヌ・ヴァクト、ジェレミー・レニエ、ジャクリーン・ビセット、ミリアム・ボワイエ、ドミニク・レイモン、ほか
原題:L’amant Double/2017年/フランス/1時間47分/カラー/スコープ/5.1ch /日本語字幕:松浦美奈
配給:キノフィルムズ
R-18+
©2017 - MANDARIN PRODUCTION - FOZ - MARS FILMS - FILMS DISTRIBUTION - FRANCE 2 CINÉMA - SCOPE PICTURES / JEAN-CLAUDE MOIREAU
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