パリ モーターショーの現場から 最終回|Mondial de l’Automobile 2014
Mondial de l'Automobile 2014
パリ モーターショーの現場から 最終回
10月4日から開催されたフランス最大の自動車ショー「パリ モーターショー2014」も、19日をもってついに幕を閉じた。これまで4回に分けて現場レポートをお送りしてきたが、最終回となる今回は、パリで垣間見えた“自動車の未来”をさぐってみたい。モータージャーナリストの小川フミオ氏によるレポート。
Text by OGAWA Fumio
欧州自動車メーカーの光と影
2014年パリ自動車ショーのリポート第5回は、楽しさに溢れた雰囲気の会場で、見え隠れした欧州自動車メーカーの光と影について。
パリの自動車ショーは、一連のリポートで触れてきたように、フランスやイタリアといったメーカーが力の入った展示をして、楽しい雰囲気を演出してくれていた。コストはかかっているが、重厚すぎる雰囲気のドイツメーカーのブースなどと対照的だった。
ルノーは、天井からつり下げた無数の球形ランプが、クラゲよろしくゆるやかな上下動を繰り返すという幻想的な演出で、ブースを訪れるひとを楽しませてくれた。メルセデス・ベンツと共同開発した「トゥインゴ」をずらりと並べて、内外装のカラリングで多様性を強調したのも特徴的だ。
シトロエンは、別ブランドとして独立させた「DS」のブースをモダンなギャラリーのように仕立てた。フランス的なエレガンスと、ファッションの都を連想させるクリエイティビティを強調。2014年初頭に発表したコンパクトハッチバック、「C1」に力を入れている印象が強かった。
フィアットも、ベストセラーコンパクト、「500」を使って、いわばファン・トゥ・ドライブに重点を置く。車体を迷彩柄やジーンズ柄にペイントした特別仕様の500や、アート作品のようなカラリングにした500で、観客の興味を惹きつけていた。おなじグループに属するフェラーリ、マセラティ、アバルト、ランチア、それにジープでも、どこでも共通していたのは、クルマを持つ楽しさへの訴求である。
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パリ モーターショーの現場から 最終回 (2)
クルマ1台あたり95ユーロという高額の“罰金”
しかしじつは、セールスや経済環境を含めた将来の見通しとなると、明るさを見ているのはドイツの自動車メーカーかもしれない。地球温暖化問題を重視するEU欧州委員会が、生産車の95パーセントに対して、2020年までに走行キロあたり95グラムのCO2排出量という課題を突きつけている。
「解決にはコストがかかる。それを自動車メーカーに押しつけられては大変だ」。フォード・ヨーロッパのスティーブン・オデルCEOの発言はパリ自動車ショーの報道をする欧州の新聞で大きく引用されていた。同様の思いは、さきに引用したメーカーにもあるようだ。たとえば、新型スマートを例にとると、現在のCO2排出量は97グラム/km。これを規制値をクリアするまでに持っていくのは、たいへんなことというのは理解できる。
そこにあってドイツのメーカーはいち早くCO2排出量削減へ向けて大きく舵を切っている。「フォルクスワーゲンは毎年100億ユーロを開発費に充てています」フォルクスワーゲングループ監査役会のドクター・マルティン・ヴィンターコーン会長は、自信たっぷりの口調でそう語った。
二輪ドゥカティの1199cc 2気筒エンジンを搭載したスポーツカーコンセプト「XLスポーツ」を発表したり、ランボルギーニやポルシェにまでハイブリッドを積極的に導入する計画を展開しはじめたのも、2020年の規制を前提にしてのことだ。「当面は電気自動車とプラグインなどの技術でもって、あたらしい時代へ生き抜いていきます」。さきのドクター・ヴィンターコーンはそう言う。
もちろん、大局的にCO2削減の動きは大きく歓迎すべきことだ。自動車はつねに前に進むものだ。1974年、大気汚染の悪化を防止するため米国でマスキー法が施行されたとき、これでクルマは終わりだ、と嘆く声も少なくなかった。でもはたして触媒の義務づけがクルマをこの世から消しただろうか。
短期的に見て、ドイツ車のこの動きに警戒感を抱くのは、ラテンの自動車メーカー。ドイツ各社のように、低燃費、低CO2のエンジンや、車体軽量化技術が現実のものとなっていないからだ。目標を達成できないと、1グラム超過するごとにクルマあたり95ユーロという高額の“罰金”を課せられる。
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パリ モーターショーの現場から 最終回(3)
ドイツ車の存在感の大きさ
そうなると、とりわけコンパクトハッチバックを主力製品としているメーカーにとって、打撃は大きい。エンジン排気量を小さくすれば燃費はともかく、軽快なドライブ感覚が失われてしまうかもしれない。このままではジレンマを抱えることになる。
「ゴルフ」などの土台となっている「MQB」なる前輪駆動用プラットフォームへの巨額の投資が利益率の観点から問題視されているフォルクスワーゲンだが、こちらの面では着実に前進している。小排気量のエンジンにターボチャージャーなどで加給して、燃費とパワーをバランスさせる技術は、日本で2014年9月に発売された「ポロ」や、2015年に日本市場に登場する新型「パサート」を体験すれば、いかにすぐれたものかがすぐ体感できる。
舞台はパリだったが、ドイツ車の存在感の大きさがひときわ光ったショーだった。「我われの意図は欧州の征服ではありません。マーケットでのシェアや現地の労働者の雇用を含めて、他国に打撃を与えることは極力避けなければいけないと認識しています」。ドイツメーカーの広報はこのように語るが、未来にたどりつけるのは、そこにいたる道筋を明確に見すえている者だということを、思い知らされた気がした。
さきに触れたルノーの新型トゥインゴも、内容はメルセデスの新型「スマート・フォーフォー」だ。「これまで以上にフランス車」と、スマートを統括するドクター・アネッテ・ウィンクラーは、このクルマがフランスで生産されることを強調した。が、ユーロ6規制をクリアしたエンジンや、欧州でも“マスト”になりつつある、社内でのインターネットやスマートフォンとのコネクティビティは、メルセデスの基幹技術が可能にしたものといってさしつかえないだろう。
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パリ モーターショーの現場から 最終回 (4)
パリ自動車ショーで垣間見えたもの
いっぽうドイツ車も、フランスをはじめとするラテンの車も、悩みを抱えている。EU加盟国の中には財政が悪化している国があること、ウクライナ問題によるロシア市場の不安定化、さらにインドやブラジルといった見込みあるはずだった市場が、高金利政策の影響を受けて縮小するなど、少し前は予想されていなかった景況感の悪化である。
「いまだけみるなら、中国と米国の市場での伸びは過去になかったほど好調です」(マセラティの広報)というが、それは高級車の話。経済状態が西欧ほど安定していない国の市場への進出に力を入れてきた欧州の大衆車メーカーは、台数を販売することで薄利の埋め合わせをしなくてはならない。
技術をもつメーカーが市場を支配する。しかし寡占状態にならないように……。これが自動車の未来だとすると、結果として、中身は他社から融通してもらい、スタイリングとブランドだけ自社のものを使うOEM(相手先ブランド生産)になってしまうかもしれない。
パリ自動車ショーで垣間見えたのは、あまり歓迎したくない自動車の未来だ。しかし弱小メーカーはどうやって巨額の投資でプラットフォームを開発し、燃費とパワーをバランスさせたパワープラントを開発すればいいのか。そしてそれを世界的規模で売るには? その課題へのソリューションが提示されるのは、2015年以降のショーになるだろうが、自動車メーカーの前進する力を信じたい。