連載エッセイ|#ijichimanのぼやき「誰とも約束がない夜、ふと行きたくなる・選びたくなる店」
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2026年1月13日

連載エッセイ|#ijichimanのぼやき「誰とも約束がない夜、ふと行きたくなる・選びたくなる店」

 

連載エッセイ|#ijichimanのぼやき

 

 

第56回「誰とも約束がない夜、ふと行きたくなる・選びたくなる店」

 
「ひとり飲み」は、決してひとりが好き、ひとりで居たいわけではない。
矛盾するようだけど、ひとりが好きなようでいて、実はそうでもない。
 
なぜなら、ひとり飲みは、コミュニケーション力を必要とするからだ。
 
店主とも話すし、隣に座った人と言葉を交わすこともある。タイミングが合えば、一杯乾杯することだってある。それを煩わしいと思うか、面白がれるか。その差は大きい。
 
人と関わりたい気持ちは、ちゃんと残っている。その裏返しとして、ひとりで飲む夜を選んでいるのだと思う。
 

Photographs and Text by IJICHI Yasutake

ひとりなのに、ひとりじゃない

 
この歳になり、この立場になると、週の半分は外で食べている。
 
家でも料理はする。それでも、ふと、誰とも約束がない夜に、ひとりで飲みたくなる瞬間がある。
説明を省いていい時間が、たまには必要に感じるわけだ。
 
 
ひとりで飲むとき、店選びは自然と慎重になる。
料理が特別うまい必要はない。適度にうまければいい。大事なのは、ひとりでいることが自然でいられるかどうか。
 
いくら名店でも、ひとり客を歓迎していない店は居心地が悪い。
 
常連と新規が分け隔てなく、言葉を交わし、乾杯が生まれる。
放っておいてくれるが、突き放されない。その距離感がある店は、ひとり飲みの夜を裏切らない。
 
ひとりで飲むからといって、料理の味を深く噛みしめているわけではない。
ラーメンのスープをすすって「なるほど・・・」とか言っている場合ではない。
 
 
別に、FOODIEでも美食家でもないので、正直、メシは適度にうまければいい。
出てくるスピード、酒の減り方との間合い。そのリズムが合うかどうかで、その夜の質は決まる。
 
ひとり飲みの夜は、時間が静かに溶けていく。
 
時計を見る回数が減り、店を出る理由がなくなる。その感覚を思い出させてくれる店が、自然と記憶に残る。
 
 
 
■ 天寿〃 — 東京 上野
 
天ぷらを気兼ねなくひとりでつまめる店は、意外と少ない。天丼なら店もあるが、揚げたての天ぷらを肴に酒を傾ける、というスタイルを自然に受け止めてくれる店は珍しい。理由は単純で、天ぷら自体が高価な料理だからだろう。
 
寿司なら街の町寿司があるが、天ぷらにはいわゆる“町天ぷら”が少ない。
そんな中にあって、ひとりでもカウンターに腰掛け、揚げたての海老や旬の野菜をつまみながら酒を飲める貴重な一軒だ。
 
■志婦や — 東京 浅草
 
浅草駅至近の商店街にありながら、外国人客がほとんどいない、どこか昔ながらの雰囲気を残す魚介の居酒屋。
 
ひとりで30分飲んで帰る客もいれば、飲んでいるうちに常連がやってきて、いつの間にか一緒に盃を重ねている人もいる。出てくる料理は、言うまでもなく酒飲みのツボをしっかり押さえた旬の魚介だ。
 
ひとりでも肩肘張らずに、浅草らしい味と人情に浸れる。
 
■常寿司 — 東京 浅草
 
志婦やとは逆に、この佇まいでありながら客の多くは外国人というのが面白い。だが、それでも安くて気さくな寿司をつまみながら杯を重ねるには最適だ。
浅草で90年続く老舗の三代目の大将は英語も流暢で、シンプルな刺身や握りを介して外国人客と意気投合する光景も珍しくない。
 
酒の種類がとりわけ豊富なわけではないし、つまみも潔くシンプルだが、それが心地よい。
ひとりでも、異文化の空気に触れながら寿司と酒を味わえる。
 
■にこみ鈴や — 京都 丸太町
 
コの字カウンターの居心地の良い京都の酒場。若い店主とスタッフが切り盛りする一見“今どき”の店だ。東京で“今どきの店”は外れが多いという話をよく聞くが、ここ京都ではまず変なものは出ない。
 
すべてが絶妙なバランスで、しかも気取らない。
出張帰りに夕方早めに入り、軽く一杯引っ掛けて、ほろ酔いで新幹線に乗る…そんなひとりの時間が最高に心地よい。
 
 
■いろは亭 — 東京 中野
 
中野の猥雑な通りの先にある老舗の鰻店。寒い夜、暖簾をくぐるとまず出てくるのはおでんのお通し。そして最後に出るのはシャインマスカット。それだけで、鰻の味について語る必要すらないだろう。
 
鰻の串焼きや重を肴に一杯。町の雰囲気と併せて、ひとり飲みを満喫できる一軒だ。
 
■CIELO — 東京 代官山
 
代官山と恵比寿の中間にひっそり佇む、カウンターのみのイタリアン。
店主のワンオペで、旬の素材をシンプルに、しかし丁寧に仕上げる料理は、ひとりでも量を調整してくれるのが嬉しい。
 
家で真似しようと思いつつもなかなかできない一皿と酒の組み合わせに、黙って杯を重ねてしまう。
カウンター越しのやりとりさえが心地よい時間となる。
 
■布袋屋 — 東京 田町
 
慶應仲通り商店街の横道のさらに裏手にひっそり佇む隠れ家的な焼き鳥屋。知らなければまず見つけられない立地だろう。
鳥皮ポン酢に始まり、希少部位の串焼きをひと通り楽しみ、箸休めに茄子の一本漬けをつまむ。最後に親子丼をかき込んで締めるという流れが、ひとり飲みにはしっくりくる。
 
寡黙な大将の丁寧な焼きとバランスの良い塩加減が、酒と料理のリズムを心地よく整えてくれる。
 
 
 
 
人と関わる余白を残しながら、誰にも縛られない。その矛盾を受け入れられるようになった頃、ひとり飲みの酒は一段とうまくなる。
 
ひとりで飲む夜は、孤独ではなく、むしろ、人間関係の濃度を、自分で調整できる夜なのだ。
 
伊地知泰威|IJICHI Yasutake
1982年東京生まれ。慶應義塾大学在学中から、イベント会社にてビッグメゾンのレセプションやパーティの企画制作に携わる。PR会社に転籍後は戦略プランナーとして従事し、30歳を機に退職。中学から20年来の友人である代表と日本初のコールドプレスジュース専門店「サンシャインジュース」の立ち上げに参画し、取締役副社長を務める。現在は、(株)イール代表取締役・(株)PA Communication取締役・LAMP(株)取締役を務め、幅広い業界におけるクライアントのブランディング・マーケティングをサポートしながら、街探訪を続け、食を起点に人と人を繋げている。好きな食べ物はふぐ、すっぽん。好きなスポーツは野球、競馬。好きな場所は純喫茶、大衆酒場。
Instagram:ijichiman
 
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