論客がポスト3.11のクルマ界を語る─後編
論客がポスト3.11のクルマ界を語る
特別座談会 後編(1)
震災後のクルマ選びとは?
EVのみならず、燃料電池車をはじめ、これからの社会を担っていくクルマについて、さまざまな議論が交わされた前回の鼎談。今回は、より現実的なクルマ選びのあり方などについて語っていただいた。
語るひと=小川フミオ、島下泰久、渡辺敏史、山口幸一(本誌編集長)写真=JAMANDFIX(人物)まとめ=松尾 大
2015年からと目されるEVの非接触充電
山口 電気自動車は普及するレベルにあるのか。そのあたりの現実と未来について、お話をうかがいたいと思います。前回の鼎談で、あと数年すれば水素を改質することで生まれる電気でモーターをまわす、燃料電池車まで登場する可能性があるというお話が出ました。たしかに、無尽蔵の水素エネルギーを使えればすばらしいことです。とはいえ、水素ステーションなどのインフラを鑑みれば、現時点では充電式のEVが現実的のように思われます。そこで質問ですが、EVにも今後、進歩の余地があるのでしょうか。
渡辺 EVそのものではありませんが、前回もすこし触れたように、電力のやり取りがワイヤレスになっていく可能性がありますよね。
山口 非接触充電ですね。コンセントからコードを引っ張ってきて、車輛につなぐのがいまの充電方式ですが、たとえば定められたスペースに置くだけで充電できる技術です。はやくも2015年には、という自動車メーカーもあります。さらにその先には、道路に非接触充電レーンを設けることで、走りながら充電が可能になるビジョンも描かれていますね。非接触充電の環境が整えば、EVはもっと普及するでしょうか?
2020年でもEVのシェアは10パーセント程度
小川 多少は増えるでしょうね。でも、もっと大事なことはやはり航続距離が伸びることでしょうね。走行中にも充電できるようになれば、すべて電気自動車で事足りるようになりますが。それがむずかしいと見て、自動車メーカーは、EVの開発と並行して燃料電池車にも力を入れているわけですね。燃料電池車もEVの技術を流用しながら、充電でなく、ガソリン車のように水素を充填して走れるので、より使い勝手がいいと言われています。
渡辺 たとえばいまから9年後、2020年に電気を用いたクルマっていうのは、最大でも全体の10パーセント程度と言われています。リーフを販売している日産ですら、同等の数字を見込んでいるようです。ただ、その10パーセントというわずかな割合を、12~13パーセントくらいまでに膨らませるようなことができたら、よりEVが身近な存在になってくる。その普及を担っているのが、我われ先進国の人間だと思っています。
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特別座談会 後編(2)
震災後のクルマ選びとは?
日産 リーフの課題
小川 EVの可能性という点では、日産リーフ、乗るとよくできているんですよね。なにかを我慢するかんじはない。EVやるなと思う。
渡辺 まず、音がないですし、僕はどんな高級サルーンにもかなわない乗り味をつくり出す可能性を感じました。
島下 どこからでもトルクが出ますからね。本当に思いどおりのチューニングができる。
小川 僕はリーフ、けっこう気に入っています。
島下 僕もいいなと思います。ただ、フォルクスワーゲンが現在開発をしているゴルフをベースとする電気自動車「ゴルフ ブルー eモーション」に去年乗ったんです。そこで感じたのは、リーフの良さはEVであることに根拠があるということ。操縦性や乗り心地など、クルマとしての基本性能はティーダに近いし、どちらもEVになったら、ゴルフとティーダのどっちが良いっていう話になる。やっぱりゴルフをベースにしているほうがいいなと思ってしまうのは当然。リーフはいまのままで安心していると、ゴルフのEVや、フォード フォーカスのEVが出たりしてしまう。現状は刻々と変化していきますから。
小さくなることで二乗的にシナジーを生み出すEV
山口 EVであることがアドバンテージにならなくなったら、クルマとしての魅力や基本性能が問われてくるということですね。
渡辺 ゴルフのEVは僕も乗りましたけど、島下さんがおっしゃっていることがすごくわかる。けれども、あれをそのまま商品にするのは少しむずかしいように思えます。
島下 あのまま出てくることはないですね。ベースは次期型ゴルフになるはずです。たしかに試作車なのでコスト度外視でつくられたものですが、でも大筋で話は変わらないと思います。
BMWがいま開発しているi3のように。理想的な形状っていうのは、ああいった方向に収斂していくんじゃないかなと思います。大人ふたりの移動のためにとにかく小さく軽くというパッケージを達成すれば、おのずと搭載する電池も小さくできる。電池が小さければ充電時間も短縮できる……と、小さいことは二乗的にシナジーを生むことになるんですね、EVの場合は。
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特別座談会 後編(3)
震災後のクルマ選びとは?
EVは従来のクルマのデザインを変えるのか?
山口 内燃機関を前提に設計された従来のクルマと、EVとでは、基本骨格やパッケージングを変えたほうがいいのでしょうか?
小川 電気モーターはエンジンほど大きくない一方で、バッテリーを搭載しなくてはならない。でも燃料タンクの必要はないし、ホイールに小さな電気モーターを4基組み込んでしまえば、大きな駆動システムも必要なくなります。物理的な限界から解放されて、電気信号で動くシステムの恩恵は、広い室内とかにあらわれてくると思います。
あとは現行法による衝突安全基準とか歩行者保護のための基準によって、従来のスタイリングにしばりつけられる可能性があります。
渡辺 ジャガーのチーフデザイナーであるイアン・カラムは「尻の部分にひとの頭がくるわけじゃない。人間の形が大きく変わらないとクルマの形もかわらない」と言ってました(笑)。
小川 まあ、英国車は馬車からクルマになって100年以上たつ今も、プロポーションに大きな変化はありませんから。EVになっても、馬の代わりに電気モーター、なんていうパッケージングかも(笑)。むしろそういう呪縛にとらわれていない日本の自動車メーカーに斬新さを期待したい。
エンジンの存在が希薄になっている!?
山口 ところで、内燃機関から電気モーターにシフトすることで、ユーザーに、違和感を与えることはないでしょうか?
渡辺 感情的なものはあると思います。やっぱり「油」を燃やしているエンジンのフィーリングとか、これまでの自動車ならではの楽しみがあるから。
島下 ぼくもそう思っていました。けれども、いま新車をメーカーから借りて、たとえばアイドリングストップ機構がついていなかったりすると、「えっ、ないの?」って感じてしまうくらい気持ちが変わってきた。そのうち「えっ、エンジンついてんの?」とか思うようになるのかなっていうことも考えます。
渡辺 そのうちプリウスに乗っていても、損した気分になるのかなとは思いますけどね(笑)。
小川 エンジンがダウンサイジング化して存在が希薄になっているんでしょうか。ハイブリッドでエンジン性能が語られることが少ないし。クルマ好きとしては、どうせエンジンを積むならきちんとやってもらいたいと思うのですが、一般ユーザーはそこを見ていない、ということなんでしょうか。シボレー ボルトのように、エンジンはバッテリーに充電する目的で搭載しているクルマもあるぐらいで。あるセグメントでは、クルマのありかたが確実に変わっていますね。
それから、ドイツの自動車メーカーは、ハイブリッドはあまり見ていないでしょうね。EVには真剣で、ハイブリッドは内燃機関搭載車とのつなぎ的存在。「低炭素化社会のことちゃんと考えていますよ」、と世間や株主にたいしてアピールする手段。BMWは「i」というEVのサブブランドを作ったし、ポルシェにかんしてはハイブリッドはもちろん、EVにも熱心です。
渡辺 ポルシェについていうと、ボクスターにはいろんなことをやる適性がありますね。重心がすごく低いし、これまでのEV製作にかんして困難だった、ドライバビリティを生み出す骨格の時点で優れたものをもっている。そういう意味ではものすごく可能性がある。
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特別座談会 後編(4)
震災後のクルマ選びとは?
震災後、ジャーナリストとしての心境は変わったか?
山口 話はもどるんですが、自動車ジャーナリストとして今回の震災を経て、意識が変わったということはありますか?
渡辺 今回やはり象徴的だったのが、ガソリンパニックですね。自動車で移動をしている9割9分のひとが動けなくなってしまった。だったら日本の自動車の2割くらいをディーゼルにして、緊急時でも稼働できるチャンスを政策として作るべきじゃないかと思います。そういうふうにいろんなことをミクスチャーしていくべきだと。
小川 産油国が大きく値上げをしたり、輸入するオイルに経済が左右される状況からいかに脱却するか。それが原発推進の背景にあったのは、ひとつの事実でしょうね。自動車乗りはオイルは輸入されているのだということにあまり意識的でなかった。努めて忘れていたフシがある。それを反省しています。しかし、燃料電池といってもレアアースを使う部品が多く、いまレアアースの最大の産出国である中国が輸出量を絞り、かつ、そこに投機マネーが流れこんで価格が上がっている。他人だのみですが、地熱とか自然エネルギーによる発電のテクノロジーが進むことに大きく期待しています。
モータリゼーションと街づくり
島下 僕は、意識はあまり変わっていません。地方のコミュニティとか、限界集落問題をクルマの側からなんとかできないのかなっていうこと、それを解決させるにはエネルギーのことも考えざるを得ない。とくにエネルギーの問題は、スマートグリッドなども、震災前の態勢がつづいていたら押しつぶされてあまりうまくいかなかった。だからよかったとは言っちゃいけないけど、「これを機会にあういう苦難を乗り越えたから結果として良い方向に向かったんだよね」っていうふうに気持ちになった気がします。
小川 乗用車とともに、都市では、公共の乗り物、バスとかの高効率化も課題なように思えます。なにがなんでもクルマではない。欧州でさかんに言われている、パーク・アンド・ライド。社会のシステムが変わり、クルマが変わる。これは避けられないことでしょう。クルマのことを真剣に考えなくてはいけないのは、この面ではないでしょうか。
島下 そうなると、街づくりの話にいかざるを得ないですよね。カーシェアリングになるのか、それとも小型EVになるのか。
もし小型EVが走る街だとしたら、充電の場所ひとつとってもどうするのかという問題も出てきます。ただ、既存の大都市のインフラがいじれないのであれば、地方都市からそういうことが起きていって、それがきっかけで地方が盛り上がっていくという可能性はあるんじゃないかなと思いますね。
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特別座談会 後編(5)
震災後のクルマ選びとは?
スカイアクティブに期待!
山口 クルマの選び方の基準について、今回の震災以降、変わった部分があれば教えていただけますか。
渡辺 燃費の良いクルマっていうのはどうしても頭にありますね。
小川 この座談会のコアの部分である、低炭素化社会に向けて、ということと、脱オイル、その裏づけに、効率のよい電気の使い方という状況が出現したのが、原発事故以降の状況では。EVもみんなが充電したら電力不足になるというし、まだまだインフラの整備が必要でしょうが、僕は楽しみにしています。あいにく自宅が集合住宅なので充電設備がいまのところないのです。そろそろ近い将来に向けて理事会で、太陽光発電とEV使用環境を整備するための積み立てをはじめたほうがいいかも。
渡辺 ただ、ここ1~2年に出てきた新車って、10年前から比べるとどのクルマも格段に燃費が良くなってきています。
小川 残念なのは、国産車にかんしては内燃機関に大きな変化が見られないことです。
渡辺 デミオのスカイアクティブくらいですね。机上論や経験値で無理と決めつけられていたガソリンエンジンの高圧縮化を、現在のソリューションであらためて試してみたら、意外な突破口が見つかったと。いかにも技術屋的、そしてマツダ的なアプローチだと思います。
小川 そうですね! あれはよさそう! フォルクスワーゲンをはじめとしたダウンサイジングや、デュアルクラッチ トランスミッションだったり。欧州車には欧州の事情に合った環境技術がどんどん出てきていますから。
島下 だから国産では、マツダだけですね。
クルマを巡る価値観の変化
渡辺 いずれにしても環境性能へのアプローチは、現代のクルマにとって非常に重要です。総じてデカいクルマに乗っていると頭が悪そうって思われるようになっている。それに、いまの小さなクルマはとりあえずの基本性能は満たされていますね。会話できないほどうるさいわけではないし、呆れるほど荷物が乗らないわけじゃない。自分の趣味みたいなものを託すためのクルマの乗り方と、純粋に移動するための道具的な感覚のクルマの考え方は、クロスオーバーさせにくい状況にはなっている。そのあいだをうまく満たそうとすると、カイエン S ハイブリッドなんていう選択も出てくるかもしれないですね。
山口 もしソーラーパネルで発電した電力を蓄電池としてバッテリーに貯めておけるEVのスポーツカーが成り立つようになったら、それは所有者の趣味のためだけではなく、社会的な存在にもなるわけじゃないですか。
島下 自分がクルマを選ぶときって、カッコいいとか、いいもの買いましたねって言われたいっていう欲があるわけじゃないですか。そういう意味では大きく概念は変わっていると思います。まさに乗っていて馬鹿には見られたくないから、今の時代にあったものを買いましたねって言われることにプライオリティをおくようになった。だから、本気で自動車が好きっていうひと以外には、プリウスが人気になるのは当然だとおもいます。
渡辺 震災時のガソリンスタンドでの行列は、複数台クルマを所有できるひとの感覚が変わるきっかけには確実になりましたよね。ポルシェ 911 ターボの隣にレンジローバーという憧れのコンビネーションが崩壊した。だからポルシェもランドローバーも必死で省燃費を模索している。今後メーカーには空気を先んじて読むことと同時に、いかに環境技術をスピーディに展開するかという時間との戦いも課せられたわけです。
小川フミオ|OGAWA Fumio
自動車とカルチャーを融合させたカー雑誌『NAVI』編集部に約20年間勤務。編集長も務める。『モーターマガジン』『アリガット』の編集長を歴任し、現在はフリーランスのジャーナリストに。『ENGINE』(新潮社)や『EDGE』(リクルート)などの自動車誌をはじめ、多くのマガジンに執筆。グルメ(『週刊ポスト』)やホテルやファッションなど、広範囲のライフスタイルがテリトリー。
ブログ『小川フミオ的仕事』|http://bluemeanie.cocolog-nifty.com/
島下泰久|SHIMASHITA Yasuhisa
モータージャーナリスト。走行性能だけでなく先進環境・安全技術、ブランド論、運転などなどクルマを取り巻くあらゆる社会事象を守備範囲とした執筆活動のほか、エコ&セーフティドライブをテーマにした講演、インストラクター活動もおこなう。2010-2011日本カー・オブ・ザ・イヤー選考委員。近著に 『極楽ハイブリッドカー運転術』『極楽ガソリンダイエット』(いずれも二玄社刊)がある。
ブログ『欲望という名のブログ』|
http://minkara.carview.co.jp/userid/362328/blog/
渡辺敏史|WATANABE Toshifumi
1967年福岡県生まれ。企画室ネコ(現在ネコ・パブリッシング)にて二輪・四輪誌編集部在籍ののちフリーに。『週刊文春』の連載企画「カーなべ」は自動車を切り口に世相や生活を鮮やかに斬る読み物として女性にも大人気。自動車専門誌のほか、『MEN’S EX』『UOMO』など多くの一般誌でも執筆し、人気を集めている。