INTERVIEW|『鑑定士と顔のない依頼人』ジュゼッペ・トルナトーレ監督インタビュー
LOUNGE / MOVIE
2015年4月2日

INTERVIEW|『鑑定士と顔のない依頼人』ジュゼッペ・トルナトーレ監督インタビュー

INTERVIEW|イタリアの名匠によって仕掛けられた、鮮やかな罠

『鑑定士と顔のない依頼人』

ジュゼッペ・トルナトーレ監督インタビュー(1)

ジュゼッペ・トルナトーレ監督といえば、『ニュー・シネマ・パラダイス』。その新作は、美術オークションの世界で繰り広げられる極上のミステリーで、主役は『英国王のスピーチ』のジェフリー・ラッシュだという。だがそうした事前情報は、いったん忘れた方がいい。そこから思い浮かぶ印象のすべてが、完璧なまでに覆されるからだ。天才オークション鑑定士と、決して姿を現さない依頼人との、数奇な運命。その予想だにせぬ結末に、思わず快哉を叫ぶ。これが彼の新境地なのか? いままで描き出してきた人間愛に、どんな変化があったのか? かつてない謎の物語、そこに託されたメッセージについて、トルナトーレ監督を直撃した。

Photographs (portrait) by KAMIYAMA Yosuke
Text by FUKASAWA Keita

衝撃的な結末は、トルナトーレの新境地か?

ジュゼッペ・トルナトーレ。あの『ニュー・シネマ・パラダイス』をはじめ、作曲家のエンニオ・モリコーネとともに、心揺さぶる人生のありようを描き出してきた、イタリアの名匠。

と、この映画を前にして、だれもが期待に胸を高鳴らせることだろう。だが、惑わされてはならない。なぜなら、打ちのめされることになるからだ。それも、完膚なきまでに。衝撃的な結末と、張り巡らされた無数の伏線。あまりに見事で、清々しさを覚えてしまう。そして、天を仰いでこう呟くことだろう。ああ、やられた、と。

まず『ニュー・シネマ・パラダイス』という、揺るがし難い先入観。これがまずいけない。そして、謎めいた印象を与える邦題『鑑定士と顔のない依頼人』。アートの世界を舞台にしたミステリーという触れ込み。『英国王のスピーチ』の名優ジェフリー・ラッシュが演じる、気難しく近寄りがたい主人公の印象。さらに、トルナトーレが初めて挑んだデジタル撮影……あらゆる事前情報が、トルナトーレによって仕掛けられた、鮮やかなる罠だといっても過言ではない。

327_giuseppe_tornatore_kanteishi_08

327_giuseppe_tornatore_kanteishi_14

では、いったいどう臨むのが、この映画の“正しい見方”なのか? トルナトーレ監督は予想通り、気さくな人柄がにじみ出る笑顔で、すべての邪推を取り払ってくれた。

「いえいえ、作品の筋書きは単純で、話の流れ自体はとてもシンプルです。主人公は、美術品の鑑定士であると同時に、オークションの場を取り仕切るオークショニア(競売人)でもある。ただ、彼自身は相当に複雑な性格をしているけれど。

作品の内容をひと言で表現するなら、スリラーの手法で語られるラブストーリー。いわば、スリラーであってスリラーではない。殺人は起きないし、警察や捜査官も登場しない。

まず、1人の若い女が彼に電話をかけ、自身の大邸宅にある家具や絵画を売りたいと言う。そこから2人の関係がスタートし、次第に複雑な軌跡を描きはじめる。その中で、それまで心を閉ざしていた彼の性格や、人生や人間に対する考え方がガラリと変わっていくのです」

INTERVIEW|イタリアの名匠によって仕掛けられた、鮮やかな罠

『鑑定士と顔のない依頼人』

ジュゼッペ・トルナトーレ監督インタビュー(2)

オークションを舞台に交錯する人間模様

スリラーであって、スリラーではない。ミステリーであって、ミステリーではない……。しかし戸惑うのは、冒頭から一切、心を開かない主人公の立ち居振る舞いと、その職業だ。

まさに神の眼のごとき鑑定眼で、数世紀前の名画をぴたりと言い当て、極めて精巧な贋作でさえも、ごくわずかな筆跡の差で瞬時に見破ってみせる。世界中の美術オークションを飛び回り、億単位の金額を動かす入札者たちを前に、絵画や彫刻など歴史的名作の価値を、秒刻みで決定していく。

緊張感をものともせず、落札を巡る駆け引きを冷徹さで取り仕切る、孤高の支配者。その圧倒的な存在感が、極めて重要な縦糸となって、この物語に重厚なムードを醸し出している。

「美術オークションの世界を描くことに決めたきっかけは、オークショニアという職業に大きな魅力を感じたこと。なにしろ、その采配ひとつで美術品の価値が決まり、作品がだれの手に渡るかが決まってしまうのですから!

そこで、何人ものオークショニアを訪ねてみたのですが、その中に美術の鑑定士でもあるという、希有な才能を持ち合わせた人がいたのです。ふたつの職能が組み合わさって、歴史的な美術品の評価が決められていく。その様子に、すっかり魅了されました。

327_giuseppe_tornatore_kanteishi_06

この物語でいえば、主人公にその才能があったからこそ、ストーリーのカギをにぎるあのミステリアスな女性と出会うことができた、ということですね」

そう、その女性こそが、映画タイトルを飾る“顔のない依頼人”、クレアにほかならない。

ミステリアスな鑑定士が出会った、さらにミステリアスな依頼人。ともに心を閉ざした2人の邂逅(かいこう)が、互いの人生にドラマチックな雪解けをもたらし、後戻りのできない運命の激流となって、衝撃のラストへと一気に流れ込んでいく。

327_giuseppe_tornatore_kanteishi_13

327_giuseppe_tornatore_kanteishi_10

主人公の運命を司る存在ながら、長く劇中に姿を現さないという、まさに型破りなヒロイン。そのモデルとなったのは、トルナトーレ監督がかつて耳にしたという、何年も家の中に閉じこもりつづけている“広場恐怖症”の女性のエピソードだった。

約20年の時を経て、その構想がついに映画となって花開いたというわけだ。

MOVIE|イタリアの名匠によって仕掛けられた、鮮やかな罠

『鑑定士と顔のない依頼人』

ジュゼッペ・トルナトーレ監督インタビュー(3)

“運命の歯車”で転回する、あらたな愛の物語

凄腕の美術鑑定士、顔のない依頼人……。そしてもうひとつ、この映画を紡ぐ重要な縦糸が存在する。オートマタ、すなわち、西洋式の機械人形だ。

665290_giuseppe_tornatore_kanteishi_12

主に18世紀から19世紀にかけて作られたという、機械仕掛けの人形の魅力にのめり込んだトルナトーレ監督だったが、その歯車部品のひとつを、映画を構成する仕掛けとして用いようと思い至ったのが数年前。

こうして、この作品を巡るすべての“運命の歯車”ががっちりと噛み合い、観る者すべてを鮮やかに欺く、かつてない物語の舞台設定が完了した。

「確かにこの映画は、あらゆる要素が細心の注意の下に絡み合い、それが最後にぴたりと合致するという、複雑な構成のように感じられるかもしれません。でも実際のところ、撮影はむしろ極めてスムーズに運びました。物語の構想を何年も温めつづけてきただけに、それを実際のものとして描き出す作業は、すべてをあらかじめ周到に用意しておいて、ひとつの巨大なタペストリーを織り上げていくような、とても楽しい体験になりました。まさに、機械人形の歯車をひとつずつ、組み上げていくようにね」

そう語るトルナトーレ監督の言葉に、思わずはっとさせられる。映画を観た直後は、その鮮やかすぎる手腕に呆然とするほかはない。そしてふと我に返り、全編に散りばめられた無数の伏線について想いを巡らそうと試みる。しかし、謎は深まるばかり。もう一度見返さざるを得ないという事実に、思わず「やられた!」と思うはずだ。

しかし、ここにさらなる謎がひとつ。トルナトーレは、この作品にこれまでとは違うミステリー映画の境地を求めたのだろうか?

答えは否。そのことについて、公開に先立つ第26回東京国際映画祭の舞台挨拶で彼はこのように語っている。

「わたし自身、この映画の結末は、非常にポジティブなものだと思っています。愛を信じる人たちには勝利ですが、愛を信じない人には暗いエンディングに思えることでしょう」

つまり、彼自身の映画に賭ける信念、人間を描く姿勢はさらに揺るぎないものとなっていたのだ。そしてそのことが、未曾有の謎解きに身構える私たちの心を、鑑賞後に押し寄せる人間ゆえの葛藤や哀情で震わせるのだ。

327_giuseppe_tornatore_kanteishi_03

「まさにその通り。わたしがこの映画で伝えたかったことは、愛そのものです。もし、その意味がわからなければ、ぜひ何度でも観てみていただければと思います」

そして、重要な言葉がもうひとつ。「偽りの中にも真実がある」――映画の中で繰り返される、意味深な台詞だ。

人の心を寄せ付けない主人公の姿に、最初は戸惑いを感じていた私たちもまた、いつしかその境遇に自身の想いを投影する。そして心の雪解けから広がる豊かな愛の世界を追体験する。映画という虚構を超えて魂を揺さぶる、深遠なる物語。その喜びと悲哀、それを人生と呼ばずして、なんと呼ぼう。

ジュゼッペ・トルナトーレが描き出す、鮮やかにして豊穣な新境地。無二の映画体験に、心からの喝采を贈りたい。

Giuseppe Tornatore|ジュゼッペ・トルナトーレ
1956年、イタリア・シチリア州生まれ。1976年、短編ドキュメンタリー映画『荷馬車』で監督デビュー。つづく『シチリアの少数民族』(1982年)で、サレルノ映画祭最優秀ドキュメンタリー賞を受賞し注目される。『“教授”と呼ばれた男』(1986年)で初の長編映画を手がけ、イタリア・ゴールデングローブ賞新人監督賞を受賞する。さらに脚本、監督を手がけた『ニュー・シネマ・パラダイス』(1989年)が、カンヌ国際映画祭審査員特別グランプリ、アカデミー賞最優秀外国語映画賞をはじめ、かずかずの栄誉ある賞に輝き、全世界で大ヒットを記録。一躍イタリアの新鋭としてその名を馳せる。そのほかの主な作品に、カンヌ国際映画祭パルム・ドールにノミネートされた『みんな元気』(1990年)、『海の上のピアニスト』(1999年)、ゴールデン・グローブ賞外国語映画賞にノミネートされた『マレーナ』(2000年)など。

327_giuseppe_tornatore_kanteishi_09-2

『鑑定士と顔のない依頼人』

12月13日(金)より、TOHOシネマズ シャンテ、新宿武蔵野館ほか全国順次公開

監督・脚本|ジュゼッペ・トルナトーレ

音楽|エンニオ・モリコーネ

出演|ジェフリー・ラッシュ、ジム・スタージェス、シルヴィア・ホークス、ドナルド・サザーランド

配給|ギャガ

2013年/イタリア/131分/PG12/原題『La migliore offerta(The Best Offer)』
http://kanteishi.gaga.ne.jp/

© 2012 Paco Cinematografica srl.

           
Photo Gallery