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2025年3月10日
OPENERSたちの言葉「こだわりとは、夢中になること」
Leaves Coffee 代表・焙煎士 石井康雄さん
「コーヒーは、僕そのものです」。一杯のコーヒーに人生を込める人がいる。東京・蔵前の静かな一角に佇む焙煎工房「Leaves Coffee(リーブズコーヒー)」の代表、石井康雄さんだ。店舗は決して交通の便がいい場所ではない。それでも石井さんのコーヒーを求めて訪れる人々は国内外を問わず、後を絶たない。そんな石井さんが追い求めるのは単なる「美味しいコーヒー」ではない。求道者のごとくコーヒーにかける石井さんの人生観を伺った。
Text by MAEDA Yoichiro (OPENERS)|Photographs by OPENERS
CROWD ROASTER(クラウドロースター)は、世界のコーヒー流通量のうち10%にも満たないと言われる希少なスペシャルティコーヒー豆を、それぞれがプロフェッショナルな技術をもつ個性的な焙煎士にオーダーをすることができるアプリ。このアプリに参加し、世界でもトップロースターのひとりと称される石井さんは、そのストイックなコーヒーへの姿勢で業界でも広く知られる。
本物はおそらく一生辿り着けないゴールです
「僕が本当に<コーヒーに生かされている>と感じるようになったのは、コロナ禍を経てからですね。あの時期に、それまで経営していたレストランを手放す決断をしました。じつは独立して3年目くらいから、自分って何者なんだろう?と考え始めてはいたんです。創業当時は新しいお店を作ることや人を雇うことに喜びを感じていましたが、年々それが薄れていたことも事実で。そして、レストランを経営するという行為そのものが、自分にとって“偽物”だと気付いてしまったんです。僕は根っからの職人で、経営者ではなかったんですね。結果的にはコロナ禍をきっかけにして、自分が本当にやりたいコーヒーだけに集中することにしたんです」
”偽物“の自分に気付いた先で手に入れたい”本物”とはなんだろうか。
「本物とは、一生気付けないものだと思っています。気付くものではなく、それを目指して作り続けた先にあるはずのもの。本物はおそらく一生辿り着けないゴールのようなものなんじゃないでしょうか。だからこそ、僕は一杯のコーヒーを作り続ける。その過程が、僕にとっての“本物”なんだと思います」
こだわりは夢中からしか生まれない
これまで数多くのインタビューを受けてきた石井さんの枕詞や、自身の発言にはしばしば「こだわり」という表現が使われる。
「こだわりとは、僕にとって夢中になることです。夢中というのは、好きじゃないとなれないもの。得意と夢中は違いますよね。得意は自然とできる能力だから、時に好きじゃなくても成り立つことがあります。でも、夢中の時間軸は無限なんです。僕は今、コーヒーに完全に夢中になっている。その状態こそが、こだわりを生むんだとだと思っています」
ギリシャ哲学では、時間を「クロノス」と「カイロス」という2つの概念で捉えている。「クロノス」とは絶対的な時間軸を指し、石井さんのいう夢中になる時は「カイロス」、すなわち個々人が感じ、変容する時間の中に生きているような感覚だともいえるだろう。ではコーヒー作りにおいて、夢中になる瞬間やこだわりはどう表現されるのだろうか。
「豆の特性を見極める感覚、焙煎機を操作するタイミング、そして五感をフルに使ってコーヒーと向き合う時間、あらゆる工程に夢中になります。そこには、本能的な部分やアドレナリンが純粋に作用していて、他の何も感じなくなる。時間を超越する感覚です。それを客観的に見れば”こだわっている”というのかもしれませんね」
「美味しく焼く」と「美味しく焼ける」の違いが技術
そんな夢中の状態を支えるのが技術だ。石井さんにとって技術とは。
「五感をどれだけ正確に使えるか。味覚や視覚など、自分の感覚を研ぎ澄ませ、それを正しく使えることが技術なんだと思います。また技術とは、環境や状況に応じた柔軟性だとも思います。コーヒーは、同じ状況が二度と訪れることがない飲み物です。どれだけ機械を正確に操作しても、昨日と同じ味を再現するのはほぼ不可能なんですね。だから、機械や豆の挙動を観察し、それに合わせて五感を駆使する必要があります。視覚、嗅覚、味覚、すべてを使ってその日の豆や機械の状態に呼吸を合わせるんです。それが技術だと思います」
それはまさに“美味しく焼く”と“美味しく焼ける”の違いなのだそう。
「美味しく焼くというのは、整った環境で行うこと。でも美味しく焼けるというのは、どんな状況でも安定して美味しいものを作り上げることです。それが本当の技術だと思います。もちろん、100発100中は無理です。失敗もありますし、期待していた豆が思ったほど良くないこともある。でも、僕たちはそういった豆を妥協して世に出すことはしません。たとえコストがかかっても、品質を保つために捨てる勇気を持つことも大切です」
ミシュランの三ツ星レストランが世界中にあったら
ところで「Leaves Coffee」の店舗展開を石井さんは「横に広げていくのではなく、縦に深めていく」と表現する。
「僕たちは店舗を増やすことには興味がありません。クオリティを重視して、ブランドの根幹を太くしていくことが大事だと思っています。横に広げるのではなく、縦に深めていく。そうすることで、「Leaves Coffee」は唯一無二の存在になれると思うんです。例えば、ミシュランの三ツ星レストランが世界中にあったら価値が薄れるじゃないですか。わざわざその一杯を飲むために旅をする。その過程も含めて価値を作るんです。僕たちも、そういうコーヒーを提供したいと思っています。だから、あえて人通りの少ない場所を選んでいます。本当に良いものを作れば、時間はかかりますが、必ず誰かが見つけてくれると信じているんです。通りすがりの人に買ってもらうような店にはしたくない。それだと妥協が生まれる可能性があるからです。本当に良いものを求めてくれる人だけが来てくれる店。それが、僕たちが目指している形です」
店舗とは、コーヒーを通じた共有体験や共感を生み出す関係性を大切にするからこその場所であると石井さんは定義づける。
「コーヒーはただの飲み物ではなく、共有や共感を生む体験そのものだと思っています。その体験を通じて、飲む人と深く繋がれる。それが僕にとっての理想のコーヒー体験です」
「お金を稼ぐこと」や「有名になること」は成功じゃない
マーク・トゥエインは「人生で大事な瞬間は2つある。1つは自分が生まれた瞬間、2つ目は自分が何のために生まれたのかを知った瞬間だ」という言葉を遺している。石井さんは、まさにその“何のために生まれたのか”を見つけたひとりかもしれない。
「確かに今は自分が歩むべき道が見えています。一本の道を進んでいる感覚はありますね。多くの人が、それを見つけられないまま人生を終えてしまうことが多いんじゃないかと思います。僕も、昔はその“何のために生きているか”が分からず、悩みましたし、色々な経験をしました。だけど、最終的にコーヒーというものが自分にとっての答えになった。それが分かった瞬間、人生はシンプルになりました」
「現代では“成功とは何か”という問いすら、多くの人が見失っています。例えば“成功したい”と言う人に“成功って何?”と聞くと、大抵“お金を稼ぐこと”や“有名になること”と答えます。でも、それは本当の成功じゃないと思うんですよね」
遠回りがあったからこそ、今の自分がある
「コーヒーに生かされている」という石井さんにとって、あらためて人生観について尋ねてみた。
「積み重ねてきたもののすべてでもあり、その先にあるすべてのものでもありますよね。人生は結果がすべてではなくて、その結果に至る過程や経験が重要だと思っています。同じ結果を得たとしても、その過程にどんな景色を見てきたのかで、その結果の深みが変わるとも思っています。例えば、同じ「美味しいコーヒー」を作れる二人がいたとして、一人は1年でそれを習得し、もう一人は5年かけて辿り着いたとする。味そのものは同じだとしても、そこに込められた深みや背景は全く違うんですよね。僕は、その「深み」をつくっているものが人生だと思っています。僕の人生は、かなり遠回りだったかもしれませんが、その遠回りがあったからこそ、今の自分がある。そして、今は自分がすべきことが明確に見えています。コーヒーを通じて、幸せを届ける人を増やしたい。それが僕の人生の目的です」
OPENERSとは、扉を開く人、あらゆる可能性の開拓者を指している。石井さんは間違いなく、自身の人生とコーヒーの可能性を切り拓いてきたOPENERSだ。この先、どんな扉を開いてくれるのか。至福の一杯をいただきに行こうか。
PROFILE
Leaves Coffee 代表・焙煎士 石井康雄さん
東京都江東区深川生まれの元プロボクサー。10代の頃から20年以上に渡る飲食業のキャリアを持ち、数々のレストラン経営やディレクション、コンサルタントを経験する。2010年に知人からお土産でもらったコーヒーが新しい世界への扉を開くことになる。2016年にLEAVES COFFEE APARTMENTをオープンし、2019年1月にROASTERSとして焙煎所をスタート。座右の銘は「現状維持は衰退」
Leaves Coffee 代表・焙煎士 石井康雄さん
東京都江東区深川生まれの元プロボクサー。10代の頃から20年以上に渡る飲食業のキャリアを持ち、数々のレストラン経営やディレクション、コンサルタントを経験する。2010年に知人からお土産でもらったコーヒーが新しい世界への扉を開くことになる。2016年にLEAVES COFFEE APARTMENTをオープンし、2019年1月にROASTERSとして焙煎所をスタート。座右の銘は「現状維持は衰退」
Leaves Coffee Roaster
住所|〒130-0004 東京都墨田区本所1-8-8
OPENING HOURS|月曜日、金曜日、土曜日、日曜日(10:00-17:00)
最新情報はインスタグラムをご確認ください。 @leaves_coffee_roasters
住所|〒130-0004 東京都墨田区本所1-8-8
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最新情報はインスタグラムをご確認ください。 @leaves_coffee_roasters
問い合わせ先
Leaves Coffee Roaster
Tel.03-5637-8718