INTERVIEW|『黒いスーツを着た男』主演、ラファエル・ペルソナにインタビュー
INTERVIEW|成功を掴みかけた男の哀しい転落劇
『黒いスーツを着た男』主演、ラファエル・ペルソナ インタビュー(1)
完璧な人生だった、あの夜までは――。犯すつもりのなかった罪を背負った“黒いスーツを着た男”。事件の日を境に、男は一気に奈落の底へと落ちていく。フィルム・ノワールの本場フランスから、先の読めないスリリングな展開が秀逸なクライム・サスペンスが到着した。8月31日(土)に封切りとなる本作の魅力を、主演のラファエル・ペルソナ自ら語る。
Photographs by JAMANDFIX (portrait)Interview & Text by TANAKA Junko (OPENERS)
仏映画界イチ押しの逸材
その美貌とカリスマ性、卓越した演技で「アラン・ドロンの再来」との呼び声も高いラファエル・ペルソナ。本国フランスでは、今年だけで6本の主演作が公開されるほか、ファッション誌がこぞって特集を組み、彼の跡を追っている。さらに今年3月には、有望な若手俳優に贈られるパトリック・ドヴェール賞を受賞。まさにいま、乗りに乗っているといえるペルソナが、美しき犯罪者を演じる『黒いスーツを着た男』で日本上陸を果たす。
「監督のカトリーヌから脚本を受け取って、それを読み終えるころには、出演の意志は固まっていました。重いテーマを扱っていながらも、センチメンタルに偏りすぎていない。ワインに例えるなら極上の辛口。人物像から台詞まで、登場人物の描かれ方がとてもリアルで、容易に自分の姿を重ね合わせることができる。これはなんとしても出てみたいと思いました」
脚本と監督を務めたカトリーヌ・コルシニは、フランス映画界きっての実力派。エマニュエル・ベアール主演の『彼女たちの時間』(2000年)など、これまで女性が主人公の作品を数多く手がけてきた彼女にとって、本作は男性を主人公にしたはじめての作品だ。
加害者になるということ――
ペルソナ演じるその主人公とは、自動車ディーラーに勤務するアル。成功の象徴ともいえる黒いスーツをクールに着こなした彼は、修理工から地道な努力の積み重ねで出世し、社長令嬢との結婚を10日後に控えていた。抱いてきた野心がようやく実を結ぼうというとき、パーティ帰りの深夜の路上で男をひいてしまう。ぼうぜんとなって車から降りる彼だったが、同乗していたふたりの同僚に促されるまま逃走する。
「もし自分がアルの立場だったら……。これを考えるのは非常に困難です。もちろん一般的なモラルから考えれば、これほど卑怯な行動はありません。ぼくだったら、すぐにひいてしまった人を助けて、病院に連れて行くと言いたいところですが、実際に危機的状況に追い込まれたとき、どうなるのかはだれにも分かりません。
恐らくほとんどの人は、頭が真っ白になってしまって、なにも考えられなくなるのではないでしょうか。目の前で起きている恐ろしい現実を受け入れられずに、自分がこれまで築き上げてきたものを、なんとかして守り抜こうという思いが先に働いてしまう。これはだれにでも起こり得ることで、アルの行動を身勝手だと100%言い切ることはできないと思うのです」
将来を約束されたアルにとっては、ようやく手に入れた人生の設計図を守り抜くことが先決だった。しかし、まじめで誠実、決して卑劣な人間ではない彼は、この日を境に良心の呵責(かしゃく)に苛まれていく。物語はこのひき逃げ事件の一部始終を、アパートの窓から目撃していた女性、ジュリエットの登場によって複雑さを増していく。
MOVIE|成功を掴みかけた男の哀しい転落劇
『黒いスーツを着た男』主演、ラファエル・ペルソナ インタビュー(2)
犯罪者と目撃者の奇妙な関係
ジュリエットは被害者の妻、ヴェラをなんとか助けたいと思う一方で、「故意にやったことではないし、悪人ではない」とアルの理解者でもあろうとする。一見すると理解しがたい行動である。だが、恋人の子どもを身ごもっていながら、それと真剣に向き合うことができない彼女だからこそ、他人に訪れた不幸な状況だけでもなんとかして解決したい、という思いに駆られたのかも知れない。
劇中でジュリエットは、アルの運命を脅かす存在でありながら、同時に彼の息苦しさを癒す存在として描かれている。そしてふたりは混乱のさなか、成り行きで関係を持ってしまう。本国でもさまざまな憶測が飛びかったという、このふたりの奇妙な関係を、ペルソナはどう見ているのだろう。
「ジュリエットは、アルが唯一すべてを打ち明けられる人。アルというのは、子どものころから“いい子”のレッテルを貼られ、自分もそのイメージ通りの人物を、ある意味演じてきたわけです。なんでもそつなくこなし、親や上司の期待に応えつづける“いい子”を。だけど心のどこかでは、そんな人生に漠然とした不満を抱いていたのではないでしょうか。だからこそ、自分の欠点や弱さを見せてもなお、ひとりの男として見てくれるジュリエットに出会ったことで、いままで囚われてきた呪縛が解かれ、気持ちが軽くなったのだと思います」
画面を埋め尽くす緊張感
犯すつもりのなかった罪を背負った男と目撃者の女、そして被害者の妻。深夜のパリで起きたひとつの事件をきっかけに、まったく異なる人生を歩んできた3人の運命が交差する。偶然か必然か、運命のいたずらに手繰り寄せられた3人は、もうそこから逃れることはできない。その事実がもたらす緊張感は、最初から最後まで一瞬たりとも揺らぐことがない。先の読めないスリリングな展開に、観ているこちらの心臓も少しずつ鼓動を増してくる。
「画面を埋め尽くす緊張感。これはカトリーヌの手腕のたまものです。彼女は今回、あえてバランスを崩した演出法をもちいました。そうやってぼくたち出演者の意表を突くことで、現場に本物の緊張感が生まれたんですね。あるシーンを『感情を抑え気味に演じて』と言ったかと思えば、それが終わると今度は『感情たっぷりに演じて』といった具合に、ワンカットごとに趣向を変えながら撮影が進められました。その“アンバランス”な手法が、結果的に張りつめた緊張感につながったんだと思います」
ペルソナ流役作りの極意とは?
「アルと自分はいくつか似ているところがある」というペルソナ。どんな状況にあっても「万事順調」という姿勢を崩さないところ、周りの期待に応えようとするところは、彼にも思い当たる節があるようだ。そうして役柄との類似点を探りながら、精神的に追いつめられた主人公の神経過敏な様子を表すため、数キロ体重を落として撮影に挑むなど、丁寧な役作りで“美しき犯罪者”になりきってみせた。
「ぼくの場合、役作りは外側から入っていくことが多いですね。文字通り、身体の背骨や脊髄を役柄に合わせていくんです。たとえば2010年の『La Princesse de Montpensier』(注・一躍注目を浴びるきっかけになった作品)では、コブラという明確なイメージをもって役作りをしました。そうして威厳がありながら、次の瞬間には相手に襲いかかるという、周囲を脅かす毒蛇のようなアンジュー公を作り上げていったんです。
今回演じたアルは、その真逆ともいえる役どころ。彼は大きな閉塞感を感じながら生きています。心のなかには、いまにも噴火しかねない火山のような不安定さを抱えてね。肺のあたりにつねになにかが引っかかっているような息苦しさ。それが彼の行動、ひとつひとつににじみ出るように意識しました。物語が進むにつれて、呼吸が浅くなっていったり、やつれていったりしたのも、その息苦しさからきています。ぼくの役作りというのは、いつもそうした具体的な行動に基づいているんです」
命の重さとは? 犯した罪の値段とは? 償いとは? 本作が投げかけるさまざまな問いは、心の奥底に深い余韻を残す。すべてを失ったアルとともに、あなたはなにを思うのか。劇場でぜひ体感していただきたい。
Raphaël Personnaz|ラファエル・ペルソナ
1981年、フランス・トゥールーズ生まれ。12歳のときに演じたシラノ役で舞台に目覚め、演劇学校で本格的に演技を学ぶ。舞台俳優として地歩を固め、16歳のころからテレビに顔を見せるように。18歳のとき、テレビシリーズ『Un homme à la maison』で主役の座を射止め、一躍注目される存在に。その後もテレビシリーズを中心に頭角を現しながら、2000年の『Le Roman de Lulu』を皮切りに映画界へも進出。そして2010年、ベルトラン・タヴェルニエ監督の『La Princesse de Montpensier』で主役アンジュー公に抜擢されると、カンヌ映画祭に旋風を巻き起こすなど一気にスターダムへ。その後も、ダイアン・クルーガーと共演を果たした戦争ドラマ『スペシャル・フォース』(2011年)をはじめ、『アンナ・カレーニナ』や『恋のベビーカー大作戦』(2012年)など、主演作が目白押し。
『黒いスーツを着た男』
8月31日(土)より、ヒューマントラストシネマ渋谷ほか全国順次ロードショー
監督│カトリーヌ・コルシニ
脚本|カトリーヌ・コルシニ、ブノワ・グラファン
出演│ラファエル・ペルソナ、クロチルド・エム、アルタ・ドブロシ、レダ・カテブ
配給│セテラ・インターナショナル
2012年/フランス=モルダヴィア/101分/原題『Trois Mondes』
http://www.cetera.co.jp/kurosuits/
© 2012 - Pyramide Productions – France 3 Cinéma