【徳尾隆昌の偏向性コレクションVol.02】 本という編集された「知」がモノの価値をつくる
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2026年2月13日

【徳尾隆昌の偏向性コレクションVol.02】 本という編集された「知」がモノの価値をつくる

 

LOUNGE|【GREAT CONNOISSEURS】徳尾隆昌 偏向性コレクション

 
CONNOISSEUR(コノサー)とは、目利きや鑑定家を意味する言葉。ここでは、音楽・サブカルチャーから、インテリア、乗り物、ファッションなど、幅広いコレクションを誇るグレート  コノサーの徳尾隆昌さんをフィーチャー。彼が所有する膨大なアイテムの中から、毎回ひとつをPICK UPして掘り下げていく。
 
 

Text by TOMIYAMA Eizaburo|Photographs by TAKAYANAGI Ken

あらゆるコレクションのスタート地点には必ず「本」があった

 
アートに始まりクルマ、各種ヴィンテージ製品、古着、最新のトレーディングカードに至るまで、近年はあらゆるジャンルで「プレミア価格」の話題が飛び交っている。相場、転売、落札額・・・・その結果として何百万円だ、何億円だと数字が踊るたび「高額だから良いもの」「いずれ高値が付くから買い」という短絡的な思考に陥ってしまいがちだ。
 
世間の評価には目もくれず、圧倒的な知識量と独自の審美眼で膨大なコレクションを築いてきた徳尾さんは、そんな現状に不安を隠さない。
 
「最近、なんでもアート、アートとやかましい人たちが増えているように感じます。でも、アートを語る前にまずは自己の知見を拡げると良いと思います。」
 
徳尾  隆昌|とくお  たかまさ
代官山UNITのオーナー。イベントプロデューサー。過去には海外有名ブランドのアートディレクションを担当。CDジャケットや企業のロゴデザイン、イベント関連のグラフィックデザインなども手掛けてきた  Instagram:@tokuo_tower @ctoc_tokyo
 
価値を認める人がいるからこそ、高値が付いて幅広い層に注目される。それ自体は自然なことだ。しかし、プレミアム価格だけを見て、背景を知らないまま「わかった気になってしまう」こと。徳尾さんはそこに警鐘を鳴らしている。
 
では、徳尾さんは何から情報や知識を得て、審美眼を磨いていったのか? 
 
「僕がなんでこんなこと(膨大なコレクション)になってしまったのかと言えば、すべては本がスタート地点にあるんです。各ジャンルの研究家が立派な本をつくって、僕にいろいろなことを教えてくれる。たくさんある本の中から気になる分野をチョイスすることは、興味・関心の発露になるんです」
 
 
徳尾さんの偏向性コレクションを形づくってきた「本」。そこからモノへ、価値へ、カルチャーへ、彼の脳内回路を覗くように本の束をめくっていこう。
 

コンテンポラリーアートに「価値」が生まれた瞬間を伝える一冊

 
有名で価値があるからすごい、何億も支払ったモノだからすごい。そこに自分らしいセンスというものは存在するのか? では、そのセンスや審美眼はどのように醸成されていくのだろうか?
 
「目の肥えたコレクターって、全部を知ったうえで横移動で上澄みだけを収集する。そうでないコレクターは軒並みAtoZで上から下まで全部買ってしまうんです」
 
「知る」を支える基盤こそが「本」だと語る。
 
「本の裏側には、それぞれの研究者がいて、ライターがいて、カメラマンがいて、編集者が編集して販売している。一冊で体系的に良いものが見られるわけです。そういう素敵な資料があるからこそ、モノの価値が初めて確立される。それを読んで、実際に自分の住空間に取り入れてみたいと思うわけじゃないですか」
 
「価値」は作品単体では完結しない。その理由について、新しい価値が生成された瞬間がわかる一冊の本を示してくれた。
 
1973年、のちにサザビーズに買収されるパーク・バーネットがおこなった、世界初となるコンテンポラリーアート(現代美術)のオークション。『A SELECTION OF FIFTY WORKS from the collection of ROBERT C. SCULL』は、そのオークションブックである。
 
『A SELECTION OF FIFTY WORKS from the collection of ROBERT C. SCULL』(1973年)
 
 
「現代美術のセールはここから始まったんです」
 
出品者であるロバート・スカルは、NYでタクシー会社を営み富を得て、当時まだ評価が定まっていなかった現代美術をアーティスト本人たちから直接買い集めた。アンディ・ウォーホルもまだ新人で、50~60年代の現代美術黎明期の作品が大量にあり、ほとんどのアーティストも存命中の時代だ。
 
「スカル夫婦は、誰からも評価されていない作品を買い続けた。それらを体系的にまとめて売る行為がすごかったわけです。まとめ方(編集)もすごかったことが、たった50点の販売作品しかないこのオークションカタログを見てもわかります」
 
ロバート・スカルのコレクションは時代の流れを掴み、結果的にセールは大成功。数百ドル程度で購入した作品は何万ドルにも跳ね上がった。
 
その一方で、アーティストによる抗議デモが起こったという。
 
「いまで言う、転売ヤーみたいに思われていたわけです。どれだけ高値で売れても、作家には一銭も入らないわけですから」
 
しかし、その出来事こそが「価値の天井」を押し上げる。
 
「ロバート・スカルは抗議してきた作家にこう言うわけです。『怒るなよ、今日からキミの作品はこの値段になったんだから』と。作家もその意味に気づき、最後は握手までしちゃう(笑)」
 
 
ここから現代美術に価値が生まれていった。
 
「やっぱり、評価する人、売る人、買う人がいて初めて成立するわけです。モナリザだって、評論する人がいるからこそみんなにすごいことがわかる。不勉強な人が適当に判断するものではないんです。
 
僕が買っている今は買い手と売り手が数人~数十人しかいないようなモノだって、いつか価値がわかる人がたくさん出てくるかもしれない。もちろん、ゴミで終わるかもしれない。
 
このときも、値段が付かなかったらただのゴミ。でも、ドーンと値段が上がったから、サザビーズもどんどん現代美術のセールをやり始める。そういう意味で、この本はとても重要な記録といえます」

本からモノへ。ジャン・プルーヴェへの興味が生まれた二冊

 
ここからは、本が「指標」を与えてくれることについて。まずは、いまやその価格が別格の高騰を見せる建築家/デザイナーのジャン・プルーヴェ。
 
「僕は1992~93年くらいに彼の作品を買うようになるわけですけど、始まりはこの二冊でした」
 
一冊目は、パトリック・ファヴァルダンによる『LE STYLE 50 ~UN MOMENT DE L'ART FRANCAIS~』。
 
Patrick Favardin『LE STYLE 50 ~UN MOMENT DE L'ART FRANCAIS~』(1987年)
 
「フランスを代表する50’sのデザイナーの家具やインテリアがまとめられています。当時、日本はイームズが流行り始めた頃だけど僕はもう飽きていて、この本を見て美しいなと思ったんです」
 
二冊目は、NYのギャラリー、アントニー・デロレンゾが企画してNYとパリで開催した、ジャン・プルーヴェとセルジュ・ムーユの展覧会カタログ。
 
JEAN PROUVE × SERGE MOUILLE 1985年 NY/パリ展覧会カタログ
 
「ジャン・プルーヴェの家具に、セルジュ・ムーユの照明を合わせていて。アール・デコが価格も新鮮味も頭打ちになった時期に、フレンチモダンの流れを生み出した展覧会です。このカタログはデザインも構成も良くて、これを見たときに衝撃が走って実際に買い始めるわけです」
 
重要なのは、プルーヴェが最初から高級品だったわけではないことだ。むしろ逆で、値段がついていなかった時代がある。
 
「当時はジャン・プルーヴェも安かった。お客さんもいなかったし、こんな学校の椅子みたいなものに幾ら払うの? という世界でした。笑
 
あと、本の世界ではアーティストや美術館の全作品を網羅しているカタログ・レゾネ(作品総目録)もすごく大事。これぞ研究書の極み。好きなアーティストの全作品を見て、自分の嗜好性や何が欲しいのかの指標となるんです」
 

企業マスコットたちも。本が「未知の扉」を開ける

 
徳尾さんの部屋に並ぶ人形やマネキンたちも、起点は同じだ。
 
まずは『What a Character! 〜20th Century American Advertising Icons〜』。
 
『What a Character! 〜20th Century American Advertising Icons〜』(1996年)
 
「この本を見ながら、『すげぇいいな!』と思って。マンシングウェアは知っているけど、こんなモダンなディスプレイがあったんだ、、みたいな」
 
 
本は、知らなかったバージョンが存在することも教えてくれる。
 
「日本でも『広告キャラクター人形館』とか『非売品グラフィティ』みたいな本を読んで、アサヒビールのほろにがくんとか、シスコーン坊やとか、田辺製薬のヒットくんの様々な存在を知るわけですよ」
 
『広告キャラクター人形館 〜昭和30年代のスターたち〜』(1995年)
 
知った瞬間から探し始めてしまう。それがコレクターの病理でもあり、幸福でもある。
 
「ペコちゃんにいろいろな種類があることは知っていたけど、こんなレアモデルもあるのか、とか」
 
『非売品グラフィティ』(1995年)
 
徳尾さんは深掘りすることの面白さ、知ることの楽しさを知るからこそ興味深い話題が次々と放たれる。
 
「1960年代にモダン プラスチックという会社が、ペコちゃんをはじめ、国内企業の店頭用ソフビ製マスコット人形のほとんどをつくっていたんです。だから、大半の人形には頭文字の『MP』という刻印が入っているんです」
 
「ソニー坊やは初期と後期で顔が違うんです。これは当時流行った漫画『あっちゃん』(岡部冬彦・作)が元ネタで、後からソニーがキャラクター使用契約を結んでいるからなんですよ」
 
「東芝の光速エスパーは知ってたけど、こんな大きいモノもあるんだとか。トラベルミン坊やもこんなタイプがあるんだとか。そこから、本とモノの間を行ったり来たりするのがすごく楽しい時期があって。本は実際の大きさが分からないからとにかく購入して、手にしたときに初めて『こんなに大きかったんだ、、』とか『こんなに小っちゃかったのか!』とか、そういう驚きもあるわけです」
 
 
当時の本からはモノの背後にある「時代の空気」をも知ることができる。高度成長期の日本、最も栄えたアメリカの50年代。徳尾さんが魅了されるのは、「皆に等分の夢と希望がたくさんあったから」と話す。

今ではつくることのできないギミックがすごい本

 
本は情報や知識を得るだけのものではない。物体として、ギミックとして、ときにおもちゃのような存在にもなる。
 
「『eroto scope』は、おもしろカテゴリーかもしれないけどオシャレ過ぎてすごいんです。ひとりのモデルさんが4分割されていて、延々とパズルみたいに服装を変えて遊ぶことができて、最後はヌードになっちゃう。写真の合わせが完璧だし、 パソコンのない時代にこれをデザインして精度高く製本するのは大変ですよ。今では印刷代もとんでもないことになるし、企画段階でボツになり、、つまり利益重視の現代ではつくれないでしょうね」
 
Raymond Abigeo, Jean-Claude Peretz『eroto scope』(1970年)。写真右は、似た仕様で製作されているChristian Boltanski & Jacques Roubaud『Ensembles』(1997年)
 
表情、髪型、ポーズの資料本である『MALE-AGE GROUPS,CHARACTER EXPRESSION』もまた、風変わりだが愛おしくなる本だ。
 
The Fairburn System of Visual References 『MALE-AGE GROUPS,CHARACTER EXPRESSION』(1970年代)
 
「人の顔が延々と載っているだけ。文字も一切ない。でも、なんか飽きないです。しかも、全部オッサンなの、女性が出てこない。この本を手に入れる前から男性マネキンを集めていましたが、この本でオッサンの面白さを確信したようなところがありますね」「もちろん人間のあらゆるポーズだけとか女性の顔だけのシリーズもあります」
 
 
本が偏向を補強し、偏向がコレクションを加速させていく・・・・。

時代の空気感、ユースカルチャーの気分を手元に残す

 
徳尾さんは、思春期に大きな影響を受けたユースカルチャーの呪縛から今も抜けられずにいる。
 
「もうかなりのオッサンだけど、お酒も飲めないからずっとコーラを飲んで、レコード聴いて、こういうことを延々にやって。どうすれば大人になれるのかわからない(笑)」
 
ユースカルチャーの象徴として挙げられるのが、ジョゼフ・スザボによる写真集『Almost Grown』。
 
Joseph Szabo『Almost Grown』(1978年)
 
「アメリカのユースカルチャーを撮影した有名な写真集。Disosaur Jr. のアルバム「Green Mind」のジャケ写が有名。写真も時代もすごく良いです」
 
レイ・スティーブンソンが1977年に自費出版した『Sex Pistols scrapbook』は、ロンドンパンクのシーンを代表する一冊だ。
 
Ray Stevenson『Sex Pistols scrapbook』(1977年)
 
「これは正規の本じゃないから、後からクレームが来て回収されたんです。でも、すごく内容もデザインもよくて、今では高値になっています」
 
音楽とファッションと本の3つが連動し、カルチャーを醸成させていた時代。そこにはYouTubeとサブスク音楽で完結してしまう現代とは違った趣がある。
 
「ブラック・フラッグのメンバーだったレイモンド・ペティボンが、1992年の展覧会用につくった作品集『VAVOOM』。僕にとっての西海岸の雰囲気はコレなんです。自分のなかで西海岸の気分が高まったら、世の中の流行がどうであれこの空気感に行き着く」
 
Raymond Pettibon 『VAVOOM』(1992年)
 
本は「気分」のスイッチにもなる。そして青春を保存する装置でもある。その時代の服・髪型・空気を、参照可能なカタチで手元に残すことができるのだ。

自宅にある書庫の存在は教養ある資産家の象徴になっていく

 
今回の取材で、徳尾さんから何度も出てきたのが「編集」というワードだ。
 
「インターネットは編集されていないように想います。とくに、InstagramなどのSNSでは伝わらないものがあって。恣意的ではあるけど意図的ではないというか。だって本当の富裕層はプライベートを見せようなんて思わないですよ。AIの進化で虚構も加速しているし、データ社会だから本当に価値あるモノを見たり触ったりする機会はこの先どんどん減っていくような気がします。その点、紙媒体は誠実だから、より専門化・高度化しながらこれからも続いていくと思います」
 
徳尾さんの家には大量の本がある。ただし、見せびらかすために並べているわけではない。
 
「普段、本は全部しまってあるんです。一冊一冊は綺麗だけど、一気に並ぶとモノとも喧嘩しちゃうから」
 
 
しまえるとは言え、毎日のように本は増え続けている。
 
「寝る前に本を買うのが習慣になっていて、毎日何冊か買っています。ネット時代になって、深夜書店の感覚で買いやすくなりました。好きな書店のページに行ってリストからずらっと見るんです。気になったら解説を読んで検索して深掘りをしたり」
 
ただ集めているのではなく、買ったら必ず読んでいるという。
 
「1回は全部目を通してみる。本がそのまま自分の趣味に繋がるわけだから。『いま何を買えばいいですか?』とよく聞かれるけど、『本を買え!』ですよ(笑)。本が一番の宝物。
 
しかも、プレミアが付いていると言っても本の世界はたかが知れています。資料性の高い本などはここから間違いなく高騰すると思いますよ。そして、書庫があるお宅なんて教養のある資産家の象徴になっていく気がします。
 
Youtubeを見ただけでライブに行った気になるみたいな、すでに、『ネットの情報だけでものを語る人って軽薄よね』という空気がどこかで生まれていると思うんです。書籍やレコードは自己の知性や教養を証明する検証材料のひとつになっていくはずです」
 
最後に、これぞ徳尾さんという「視点」で選ばれた一冊を紹介しよう。それは、ランボルギーニ・カウンタック LP400のオーナーズマニュアル。
 
 
昔僕が買ったLP400に付属していたオリジナル。難しくて実践は無理だけど、電球の取り替え方とかがイタリア語で書いてある。最重要なクルマのパーツとも言えるし、LP400のオーナーズマニュアルを持ってることではじめて正規のオーナーになれた気がする。現存率で言えば、実車より貴重もかもだし、これとサービスマニュアルさえあればLP400というクルマの機構や構造がよくわかります」
 
正しい価値を知ったうえで、自分の審美眼でセレクトし身銭を切る。真のコレクター像がここにある。
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