世界中のうまいものはラスベガスに集結する(1)|特集
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2016年1月8日

世界中のうまいものはラスベガスに集結する(1)|特集

特集|食のメッカ、ラスベガス全解剖

ギ・サヴォワら一流シェフが自ら腕を振る食の祭典

最新グルメ事情は「ベガス・アンコルクド」で学べ(1)

世界の美食を一度に味わうことができたなら。そんな夢のような話がラスベガスでは現実になる。年に一度、国内外から一流シェフが集結し、自ら腕を振る食の祭典「Vegas Uncork’d(ベガス・アンコルクド)」が開催されているのだ。OPENERSは今年、9回目を迎えた同祭典に潜入。主催者のひとりであるグルメ雑誌『Bon Appétit(ボナペティ)』のエディター、アンドリュー・ノウルトン氏の解説とともに、アンコルクドの見どころ、ベガスの最新グルメシーンをリポートする。

Photographs by KOMIYA KokiText by TANAKA Junko (OPENERS)Special Thanks to Las Vegas Convention & Visitors Authority, Delta Air Lines, Bon Appétit

カジノの街が世界屈指のグルメ都市に

ラスベガス(以下、ベガス)といえば、カジノの街。それが「ここ10年ほどで様変わりした。とくにグルメシーンにおいては」と語るのは、コンデナスト社が発行する人気グルメ雑誌『ボナペティ』(平均発行部数151万、2014年現在)で、レストラン&ドリンク・エディターを務めるアンドリュー・ノウルトン氏。

最近では、グルメやショー、ショッピングなどエンタメ産業の売り上げが、カジノを上回るまでに

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「ここはかつてギャンブル好きが集まる場所だった。彼らは散財するのが目的だから、なにを食べるかなんて二の次。せいぜい食べ放題のビュッフェに行く程度だったとおもうよ。いまもビュッフェに行くひとはいるけど、過去10年ぐらいの間にそれ以外の選択肢が一気に増えたんだ。

アメリカ人の嗜好が変わってきたことも大きい。昔はおいしいものを求めて旅に出るなんて考えられなかったからね。いまは、みんな食べるためだけにベガスにやってくる。ベガスに旅立つ前に、初日はこのレストランで、次の日はここでという風に、毎晩のグルメ計画を立ててね。もちろん、食事の合間にカジノも嗜むのも忘れないけど(笑)」

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今年3月にオープンした、ベガス初の“ビーン・トゥ・バー(カカオ豆からチョコレートにする製造の工程を一貫しておこなうこと)”の店「ヘックス・キッチン+バー」(写真右)など、いまも新店の開業ラッシュがつづいている

話に登場したビュッフェとは、バイキング形式のレストランのこと。1940年代初頭、ベガスの目抜き通り、通称「ストリップ」にオープンしたホテル「エル・ランチョ・ベガス」のオーナーが、カジノの客をホテルに引き留めるために、夜食サービス(1ドルで食べ放題)を提供したのがはじまりだといわれている。手間をかけた料理を低料金で提供するというアイデアは評判となり、ほかのホテルも追随するようになった。

カジノ(もしくはショーやストリップクラブ)に目一杯時間とお金を割くために、食事への出費は最小限に抑える。効率重視のお国柄がよくあらわれたビュッフェは、長年ベガスを訪れるひとたちにとって欠かせない定番コースだった。この構図に変化が訪れたのは21世紀初頭のこと。世界的に名の知れた一流シェフやマスター・ソムリエが、ストリップに立ち並ぶ主要ホテルのなかに次々とレストランをオープンしはじめたのだ。

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『ボナペティ』のレストラン&ドリンク・エディター、アンドリュー・ノウルトン氏

「これはなにもアメリカ人シェフに限った話じゃない。日本人シェフもいれば、当然フランス人シェフやイタリア人シェフだっている。アラン・デュカス、ピエール・ガニェール、ジョエル・ロブション、ジュリアン・セラーノ、マイケル・ミーナ、ゴードン・ラムゼイ……。約10年前に起こった“食革命”(※)をきっかけに、ベガスは有名シェフや美食家が集う世界屈指のグルメ都市に変貌を遂げたんだ。

ベガスで見つからないものはないっていうぐらい、世界中のうまいものがそろっているよ。明け方の4時に突然ピザが食べたくなっても、築地市場直送の新鮮な刺身が食べたくなっても、ベガスにとっては朝飯前。クオリティだって、全米一とまではいかないけど、ニューヨークやサンフランシスコまであと一歩というレベルにきているとおもう」

彼の言葉を裏づけるように、『ボナペティ』は最近発表したランキングで、ベガスを全米5位のグルメ都市にあげている。「世界中どこを見わたしても、これほど有名シェフの店が集まっている場所はないからね。しかも、いまだに毎月あたらしい店がオープンしている。進化をつづけるこの街で、アメリカ発のグルメ雑誌としてなにかできることがあるんじゃないかとおもって、9年前に観光局と連携して『ベガス・アンコルクド(以下、アンコルクド)』をスタートさせたんだ」

アンコルクドは毎年4月から5月、4日間にわたっておこなわれる食の祭典。期間中はテーマごとに20以上のイベントが用意されている。ユニークなのは、そのすべてにボナペティのエディターがかかわっていること。どのシェフに声をかけて、どんなテーマで料理をつくってもらい、どこを会場にするか。まるで雑誌のページをつくるように、斬新な切り口をもって、訪れたひとを楽しませるコンテンツを一から構成していくのだ。

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イベント会場では、ミシュランスターシェフのジュリアン・セラーノ氏(写真左)や、ベガスで4軒のレストランを展開するマイケル・ミーナ氏(同右)らが、リラックスした様子でゲストと交流を図っていたのが印象的だった

「この祭典の特徴は、なんといっても有名シェフと気軽に触れ合えることだね。ギ・サヴォアが目の前にいたら、いっしょに写真を撮ることだってできる。ピエール・ガニェールに、ボビー・フレイ、ジャン=ジョルジュ・ヴォンゲリスティン、マサ・タカヤマ。年中、世界各国を駆けまわっている彼らが、アンコルクドの期間中はベガスに勢揃いする。いつもは白いコックコートに身を包んでいる上品なシェフたちが、お祭り気分で楽しんでいるようすを見られるのもアンコルクドの特徴だとおもう。ベガスのなせる技だね(笑)」

※ベガスの食革命=そのむかし、カジノを併設する主要ホテルは、ハイローラー(ギャンブルで多額の賭け金を使うひと)がカジノの喧騒を離れた場所でゆっくり食事ができるように、彼ら専用の“美食家の部屋”を用意していた。1990年代後半になると、高級レストランを利用する資産家たちが、ハイローラーだけを優遇する対応に不満をもらしはじめたため、各ホテルは世界中から有名シェフを招き、敷地内にレストランを開店させる措置を取った。

ベガスはいわばアメリカの縮図版

特集|食のメッカ、ラスベガス全解剖

ギ・サヴォワら一流シェフが自ら腕を振る食の祭典

最新グルメ事情は「ベガス・アンコルクド」で学べ(2)

「シェフにとっても、ゲストにとっても楽しい最高の祭典」

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シカゴを拠点に活躍するシェフのショーン・マクレーン氏

「忙しい彼らが喜んで駆けつけるのは、普段なかなか顔をあわせられないシェフ仲間に会えるというのも大きいとおもうよ」というノウルトン氏の意見に賛同するのは、アンコルクド歴2年目というシェフのショーン・マクレーン氏。ファインダイニング「Sage」と、カジュアルダイニング「FIVE50 Pizza Bar」を経営する彼は、いまベガスでもっとも勢いのあるひとりだ(本特集の第二弾では彼のインタビューをお届けするので、そちらもお楽しみに!)。

「ベガスはぼくにとっての第二の故郷。ここで料理界の“同窓会”が開かれるんだから、楽しくないわけがない(笑)。毎回、ボナペティのエディターから出されるお題もユニークだしね。テキーラとタコスをたらふく食べる、賑やかで楽しいカジュアルなイベントから、シャンパーニュとギ・サヴォアのフルコースのペアリングを楽しむ、もっとフォーマルなイベントまであるから、訪れるひともその日の気分によって選べる。シェフにとっても、ゲストにとっても楽しい最高の祭典だとおもうよ」

実際、アンコルクドの注目度は年々増していて、人気のイベントはすぐに満席になってしまうほど。今年訪れたひとの総勢は、過去最高となる5060人を記録した。そのうち、8割はアメリカからのゲストだという。これはノウルトン氏が冒頭で話していた、アメリカ人が食に関心をもちはじめたことのあらわれだろう。

「面白いことに、普段外食をしないというひとも、年に一度、ベガスに来るときだけはおいしいものにお金をかける。彼らにとって、ベガスで食べる一流シェフの料理が、手料理以外のものに触れる唯一の機会かもしれないんだ。すごいことだよね。食べ物にたいするイメージを変えてしまうかもしれないんだから。『いま、世の中にはこんなにすごいものがあるんだ』って。そういう意味で、アンコルクドはアメリカの一般市民を美食の世界にいざなうという重要な役割を担っているんだ」とノウルトン氏は分析する。

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ノウルトン氏いち押しのイベントは、5年ほど前にスタートした「グランド・テイスティング」。老舗ホテル「シーザーズ・パレス」の広大なプールサイドを舞台に、75人以上の一流シェフが料理を振舞うアンコルクドの目玉だ

私たち取材班にとってもアンコルクドは驚きの連続であった。なかでも、アメリカ人シェフたちの手がける繊細な料理、そのレベルの高さには目を見張るものがあった。ハンバーガーだけじゃない、脂っこいステーキやフライドポテトだけじゃない、フランス料理や日本料理にも匹敵するうまみをもった美食の数々が用意されていたのだ。

「ベガスはいわばアメリカの縮図版。ベガスが進化をつづけているということは、つまりアメリカのグルメシーンが変わってきているということなんだ。年中、代わり映えのしないメニューを出すような店が人気だった時代から、みんな少しずつ自分が口にするものや健康に気をつかいはじめている。日本のような成熟した食文化をもつ国のあとを、ようやく追いかけはじめたんだ。

たとえば、今年はじめて“ファーム・トゥ・テーブル(農場から食卓へ)”をテーマにしたイベントを開催したんだけど、地元の畑で採れた新鮮な食材を使って料理をつくるなんて概念は、ベガスにまだ入ってきたばかり。なんたって周りは砂漠地帯だからね。野菜も育たなければ、酪農だって難しい。だけど、料理界の最先端を走る一流シェフたちが、ほかでやってきたファーム・トゥ・テーブルの考えを、ベガスでも実現させようと動きはじめてから状況は一変した。

ロサンゼルスの農家と話をつけて、毎日野菜を届けてもらうようにしたり、ベガスのあるネバダ州南部で酪農できる場所を探したり。地産地消の考えは、確実に浸透してきているとおもうね。以前はほかから輸入していたものを、地元で見つけようとしている。この前ベガスに来たとき、レストランに行ったら、その店に食材を届けている生産者の名前がメニューに記載されていたんだ。少し前までは考えられなかったことだから驚いたよ」

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アンコルクドの会場では、野菜を使ったメニューも豊富にそろっていた

ベガスのグルメシーンを揺るがすあたらしい動き、ファーム・トゥ・テーブル。本特集の第二弾ではストリップの外にも足を伸ばし、数年前から料理界を賑わせているこの世界的ムーブメントが、どこまでベガスに浸透しているのか、仕かけ人はだれなのか。その真相を確かめに街へ繰りだすことにした。

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Andrew Knowlton|アンドリュー・ノウルトン
1976年、アメリカ・フロリダ州生まれ。文学誌『リングア・フランカ』を経て、2000年『ボナペティ』のエディターに就任。毎月、レストラン評を執筆しているほか、ワインやスピリッツ、カクテルの記事を担当している。シェフ同士が料理対決を繰り広げる人気テレビ番組『アイアン・シェフ』や、その続編『ザ・ネクスト・アイアン・シェフ』に審査員として登場するなど、テレビ出演も多数。http://www.bonappetit.com

――ラスベガスで見つけた地産地消の進化系
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問い合わせ先

ベガス・アンコルクド

http://vegasuncorked.com


ラスベガス観光局

http://www.visitlasvegas.jp

           
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