メルセデス・デザインのこれから|Mercedes-Benz
Mercedes-Benz TecDay Intelligent Drive|
メルセデス・ベンツ テックデイ インテリジェント ドライブ
メルセデス・デザインのこれから
メルセデス・ベンツの主催するTecDay Intelligent Driveというイベントに参加した、大谷達也氏。イベント自体は、2013年の登場が決定している、新型「Sクラス」の安全装備についてのレクチャーが中心だったが、同時に、今後のメルセデス・ベンツモデルのデザインについても、予告がなされた。リポート第1回目となる今回は、これまでとこれからのメルセデス・デザインを解きほぐす。
Text by OTANI Tatsuya
「E」から「CLS」へ
メルセデス・ベンツのデザインが変わりつつあることにお気づきだろうか?
変化の兆しは4ドアクーペの「CLS」や、その派生モデルとして登場した「CLSシューティングブレーク」に見てとることができる。
CLSに近い位置づけのメルセデスといえば「Eクラス セダン」だが、直線的で硬質な印象の現行Eクラスにたいし、CLSはより優雅で円やかなラインで構成されている。そうした方向性のちがいとともに注目されるのが、エクステリアデザイン全体を貫く一体感、統一感というものだろう。
力強いショルダーラインやリアフェンダーを取り囲むようなキックアップライン、そしてフロントグリルの左右両端からフロントウィンドウに向かってボンネット上を流れるラインなどは、EクラスにもCLSにも共通する要素。
ただし、両者を比較すると、ひとつのラインが次のラインに連なり、互いに絶妙なバランスを保っているCLSにたいし、Eクラスは個々のデザイン要素が浮き上がって見えるような気がしなくもない。端的にいえば、CLSのほうが一体感のある、まとまりのいいデザインであろう。これは何より、それぞれのモデルを担当したデザイナーの力量の差をしめしているといっていい。
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メルセデス・ベンツ テックデイ インテリジェント ドライブ
メルセデス・デザインのこれから(2)
ウェッジシェイプの終焉
もうひとつ、EクラスとCLSで決定的にことなっていることがある。それは、そのプロポーションだ。
Eクラスはフロントグリルからリアエンドに向けて、ボディ全体を構成するラインが直線的に上昇するプロポーションとなっている。いわゆるウェッジシェイプだ。ウェッジシェイプが自動車デザインの主流となってから、かれこれ30年ほどが経つだろうか? いわば、自動車デザイン界の保守本流に沿った考え方を採用しているのがEクラスなのである。
これにたいしてCLSのプロポーションは、フロントグリルからボディ途中までは上昇傾向を見せるけれど、その後はなだらかに下降していく。こうした考え方は、CLSシューティングブレークによりはっきりと表れている。ルーフラインだけでなく、ウィンドウグラフィック全体が後ろ下がりになっているデザインは現在では珍しい。これをさらに強調しているのがアーモンド型のテールライトであり、低い位置にコンパクトにまとめられたテールゲートである。デザイナーが「後ろ下がり」のデザインを意図していたことは明らかだ。
これまでウェッジシェイプが主流となっていた理由は、いくつもある。前を低く、後ろを高くすると、クルマは停まっていても前に向けて走り出していくような印象を見る者に与える。つまり、躍動感が出るのだ。また、リアエンドに向けてボディを高くすれば、後席のヘッドルームやラゲッジスペースを大きくするのに都合がいい。さらに、ウェッジシェイプのほうが空気を切り裂くイメージが強く、空気抵抗は低くできるとも考えられていた。
こういった事情を鑑みると、「後ろ下がり」のデザインはデメリットが多いようにおもえる。特に大きなネガとなっていたのが「躍動感の欠如」。実際、これまで「後ろ下がりのデザイン」といえば、いかにも走らなさそうなものばかりで、ヒット作となったものはほとんどない。例外はジャガーのサルーンくらいだろう。
にもかかわらず、CLSでは「後ろ下がり」のプロポーションを敢えて採用し、これに成功している。じつは、CLSは先代もやや「後ろ下がり」だったが、新型ではそれがより明確に意識されているようにおもう。では、このプロポーションをメルセデスに持ち込み、それを「美しいデザイン」として仕上げたのは誰だったのか?
私は、2008年にメルセデスのデザイン担当役員に就任したゴードン・ワグナーこそ、その張本人だと睨んでいる。
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メルセデス・デザインのこれから(3)
540Kというスポーツカーから
前置きが長くなったが、先日、メルセデス・ベンツ本社のあるシュトゥッツガルト近郊で開かれたTecDay Intelligent Driveというイベントに参加してきた。これは、ひと言で言えば2013年初頭のデビューが予定されている次期型「Sクラス」の安全装備についてレクチャーするとともに、そのデザインの方向性を示唆するもの。その先進の安全装備についてはあらためて紹介することにし、ここではデザインについて的を絞って説明しよう。
次期型Sクラスのデザインについては、2012年パリサロンでも「エステティクスS」と題するプレゼンテーションをおこない、その方向性をしめしている。ここでは立体的なレリーフを用い、ルーフラインやボディサイドのキャラクターラインを表現していたが、TecDayでは前述のワグナーひとりが登場し、メルセデス・デザインの歴史、その思想、そして今後の展開について説明をおこなった。
じつは、現行Eクラスがデビューする直前のTecDayでは、トップシークレットであるはずのデザインを3D CGで我々に見せるという大サービスがあった。それにくらべると、今回のプレゼンテーションは、はっきしした姿形を見せられなかっただけに、かえってイマジネーションが膨らんだといえなくもなかった。裏を返せば、そのくらい内容が濃く、充実したプレゼンテーションだったのだ。
ワグナーがプレゼンテーションの冒頭で示した画像の1枚は、1930年代に登場したメルセデス・ベンツ「540K」という名の巨大なスポーツカーだった。これを見た瞬間、ワグナーがなぜCLSに後ろ下がりのデザインを採用したか、たちどころにして理解できた。
戦前から戦後間もない時期にかけての高級車は、540Kとよく似た後ろ下がりのデザインとする例が少なくなかった。それはある種、優雅さの象徴だったのだ。しかし、1950年代、60年代、70年代と時を経るにしたがって、そうした優雅さは忘れ去られ、よりアグレッシブでモダンなウェッジシェイプが主流となっていった。
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メルセデス・デザインのこれから(4)
トレンドに背を向ける
だとすれば、メルセデス・デザインを率いるワグナーが目論んでいるのは、そうした自動車デザインのトレンドに背を向けるものであり、壮大なチャレンジだといえる。もっとも、技量の低いデザイナーであれば、かりにこのテーマに取り組んだとしても多くの人々から共感を得ることはできないだろう。
現代のトレンドに背を向けつつも、それを素直に美しいとおもえるデザインに仕上げるには、相当な力量が求められる。ワグナーは、この困難なタスクに立ち向かえるだけの豊かな才能に恵まれているのだろう。それは、CLSならびにCLSシューティングブレークを見ればあきらかだ。
もうひとつ、ワグナーが主張していたのが、ブランド内におけるデザインの統一性である。ワグナーの前任者であるペーター・ファイファーが指揮をとっていた頃、メルセデスのデザインには明確な統一性が感じられなかった。先代の「Sクラス」、「Eクラス」、そして「Cクラス」は、全体的に柔らかなラインで構成されているという“緩い”共通点はあったが、おなじブランドの製品であるという主張はあまり強くなかった。これを、ワグナーは「個々のモデルを担当するデザイナーの個性を尊重した」と説明していたが、彼自身は今後、ブランド全体を貫くデザインの統一性を強調すると明言していた。
ただし、個々のモデルの性格や位置づけを無視してデザインだけを統一するというのは、やや無理がある。実際のところ、現在のメルセデスのラインナップはそれくらい幅広く、ひとつのデザインだけではとてもカバーしきれない。そこでワグナーは、セダン、スポーツモデル、コンパクトモデルのそれぞれにデザインテーマを設け、これら3つの要素との距離感によって各モデルのデザインを決めていく構想をまとめた。
これによれば、ボディサイドのキャラクターラインは、セダンが上側の水平ラインと下側の上昇するラインの組み合わせ、スポーツモデルは水平に長く伸びる上側のライン1本で構成、コンパクトモデルはやや後ろ下がりな上側のラインと途中から明確に上昇する下側のラインの2本で構成すると説明した。それぞれ、「CLS」、「SLS AMG」、「Bクラス」を当てはめてみれば、よく理解できる。
では、次期型Sクラスは? これは当然セダンタイプだから、CLSとよく似た2本構成のラインとなるだろう。ただし、エステティクスSで見られたように、ボディサイドを流れる2本のキャラクターラインはCLS以上に力強く味わい深いデザインとなるはず。その際、ルーフラインやウィンドーグラフィックスとどのような調和を図っていくかも、大きな見どころとなるはずだ。
率直にいって、最近のメルセデス・デザインは、アウディやBMWにくらべると、完成度やユニークさの点でやや後れをとっている感があった。しかし、ワグナーの登場によってメルセデスは大きく変わることだろう。ファイファーの前任者で、メルセデス・デザインに革新をもたらしたブルーノ・サッコに匹敵する活躍が、ワグナーには期待できそうだ。