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2022年3月4日
出雲にて、ひとりで向き合う”松葉がに”。神との対話。至福の時間|TRAVEL
TRAVEL|界 玉造
「知る」は、おいしい!リターンズ 界 玉造編(1)
画期的な発見をしてしまいました。ほじるのに夢中で、ついつい黙り込んでしまう蟹って、「黙食」が推奨される今、改めて注目すべき食材なのでは? ごちそう界のなかでもスターダムに君臨する“蟹様”に対して失礼な発言かもしれませんが、今こそ、もっと蟹に注目すべきではないでしょうかっ!
Photographs by OHTAKI Kaku|Text by HASEGAWA Aya|Edit by TSUCHIDA Takashi
黙食と松葉ガニ。これほどまでにベストマッチなカップリングはあるのだろうか?
そう思ったのは、この冬、島根県玉造温泉「界 玉造」に行ったから。おひとりさま市場が拡大する昨今、またコロナ禍の影響もあり、ここ最近、星野リゾートでは、積極的にひとり旅の提案を行っています。2020年以降、石川県「界 加賀」と島根県「界 玉造」では、「ひとり蟹会席」の提供をスタートしました。初年度は両施設ともに、ひとり旅のゲストの4割以上が「ひとり蟹会席」を予約したとか。
そもそも、料亭でも旅館でも、蟹のコースって、「2名から」というケースが多かったりするのですよね~。が、「界」では「ひとり蟹会席」プランが登場する2020年以前から、「おひとりでお泊りの方にも存分に蟹を堪能していただきたい!」と、蟹コース1人前のオーダーが可能でした。……やるな!
これは一度は体験せねば! と行ってきましたよ、「界 玉造」。先に言ってしまいますが、一昨年、伺った「界 加賀」(https://openers.jp/lounge/lounge_travel/RiznP)と1、2を争う、人生最高レベルの蟹体験でした。竜宮城でご馳走をいただくような高揚感と、ほんの少しの後ろめたさで、ひたすら蟹にしゃぶりつく幸せよ……。食事を終える頃には、私はもはや蟹になってスタンディングオベーションしていました……って意味わかりませんよね。要するに、そんな会席なんです(笑)。
では、めくるめく「ひとり蟹会席」玉造編を紹介していきましょう。
先付:香箱蟹
お造り:お造り取り合わせ
蒸し蟹;「活蟹の奉納蒸し」
甲羅焼き:蟹の甲羅焼き
台の物:蟹としじみの鍋
食事:蟹雑炊 卵とじ 香の物
甘味:界 玉造特製 酒粕のデザート
お造り:お造り取り合わせ
蒸し蟹;「活蟹の奉納蒸し」
甲羅焼き:蟹の甲羅焼き
台の物:蟹としじみの鍋
食事:蟹雑炊 卵とじ 香の物
甘味:界 玉造特製 酒粕のデザート
「ひとり蟹会席」の幕開けは、「香箱蟹」から。総支配人の岡本昌裕さん曰く、「素材の味をいかしつつ、おひとりで蟹を召し上がる方にふさわしい美しい盛り付けを意識しました」。ええ、うっとりするくらい美しいです。人生における幸福な食事の上位にランキングすること間違いなしの食事に、これほどふさわしいスタートはないんじゃないでしょうか。
その後、お造りをはさんで、はい、出ました、本日のメイン「活蟹の奉納蒸し」。トップ画像を今一度、お振り返りください。
こちらは、出雲大社の神様に奉納するお供え物からインスピレーションを得て作られた、「界 玉造」のオリジナル料理です。杉板で挟んだ蟹を奉書で包んで蒸し上げることで、旨み成分が外に流れ出ることなく、蟹本来の味を最大限に楽しめるのだとか。で、ここ蛍光ペンでアンダーラインを引きたいくらい大切なことなのですが、この料理に使われるのは、愛好家が目の色を変えるという(笑)、蟹界のトップスター・松葉蟹(山陰沖で獲れる成長した雄のズワイガニ)なんです。御御足にはその正しき出自を示すタグが誇らしげに括り付けられていました。
では、ここで松葉がにの特徴について、岡本さんからご紹介していただきましょう。
「身がぎっしり詰まっていて、味に深みがあります。なかでも本日ご用意しているのは、籠漁(籠を海底に沈めて蟹を捕獲する漁法)を行っている隠岐のものです。網漁で獲られた蟹よりもストレスがかかっていないので、味わいがより上品だと言われています」
なんですと⁉ 期待が高まりすぎてクラクラしてきました。
後光を浴びて(いるように見えたのです!)登場した「活蟹の奉納蒸し」の、大皿からもはみでるほどの存在感に圧倒されていると、蒸し蟹は、「ちょっと失礼」とばかりに、一旦目の前から去っていきます。「剥くことに必死になっているうちにお腹がいっぱいになることがないように、食べやすくカットしてきますね(笑)」と、スタッフの鈴木奈美さん。ありがたい限りです。が、なぜかヤツが戻ってくるまで、不思議とそわそわしてしまいます。ウェディングドレス姿の花嫁を待つ、新郎って、もしかしたらこんな気持ちなのかなあ(絶対違うから(笑))。
そして、お帰り遊ばした、海のエキスと一緒に蒸されたかのような蒸し蟹の、なんと艶めかしいことよ! 杉の香りを一身にまとい、旨味が凝縮された、この料理を食べるために出雲まで足を運ぶ人が多いというのもうなづけます。蟹味噌もみっちりと詰まっていて、今や私に食べられるためだけに存在しているその蟹に、私は敬意を表し、そして、微笑みかけます。私は今、あなたに夢中です、と。
蒸しの次は焼き、というわけで、次にお出ましになったのは「蟹の甲羅焼き」でした。蟹味噌を、煮切った日本酒と混ぜてから火を入れているんですって~。身はもちろん、味噌の味わいも蒸しと焼きとでは全然違って、やだ、楽し~♡ スタッフ鈴木さんによれば、籠と網で獲った蟹の最大の違いは味噌にあるのだとか。食べ比べしたわけではないのではっきりしたことは言えませんが、口に入れた瞬間、舌、そして口内の細胞たちが歓喜の輪舞を踊り始めたのは確かです。
んで、甲羅焼きといえば、甲羅酒、ですよね⁉ 島根県にある30の酒蔵すべてに足を運んでいるという鈴木さんにおすすめの酒を聞いたところ、「タカマサの愛称で親しまれている高正宗がいいと思います。隠岐の隠岐酒造で作っているお酒で、このあたりではどこに行ってもあるので、私は“松江のお父さんの心の酒”と呼んでいます。私も居酒屋に行くと、まずはタカマサの熱燗をいただきます」。はーい、それにしまーす!
台の物は「蟹としじみの鍋」。しじみの出汁、しじみの身も入れたスープに、野菜と蟹の身を入れて、シンプルにそのままの味でいただきます♡ 鍋に入ったかにちゃんは、蒸しとも焼きとも異なり、ふっわふわ。何より清冽なまでにシンプルな出汁は、蟹の美味しさを存分に際立たせています。そして、この日、飲んだお酒をなかったことにしてくれる(気がする)しじみの絶対的な信頼感たるや、頼もしいばかりです。
〆はその出汁で仕上げる雑炊。……美味しくないわけがありません。そして、この段階になってようやく気付くのです。自分が、蟹ワールドという、もはや戻ることはできない、深~い沼に引き込まれていることに。いや蟹沼上等! 我が蟹人生に一片の悔いなしです。
なお、この幸福な体験の思い出として、松葉蟹のタグを持ち帰ったことをここに書き加えておきます。……ピアスでも作ろうかな(笑)。
そして、朝食がまたかなりエッジが立ってまして、いえ、エッジという表現が正しいのかどうかわかりませんが、強烈に記憶に刻まれる逸品であることは間違いありません。私がいただいたのは出雲大社ガイドツアー付きプランの宿泊客に提供される、「神饌(しんせん)朝食」。“神饌”とは地元で採れた海山の珍味を神様に献上する食事のことで、古来より神饌で最も重んじられてきた三つの要素、米・塩・水のほか、野菜や川魚など、神饌の要素を忠実に、そして地元の食材を積極的に使って再現しています。山海の珍味が恭しく白木の角盆に並ぶ様子に、神々しさを覚えました。
参拝前に、神様と同じ食事をいただくことで、心と体を清め、神様に近づき、強いご縁を祈願するというものですが、食いしん坊の私の率直な感想は、前日の「活蟹の奉納蒸し」に続き、「神様、けっこう美味しいもの食べてるのね」ということでした(笑)。同時に、自分の中の邪気が清められたというか、背筋がしゃんと伸びたような気がしたのも事実です。……朝から日本酒が飲みたくなったのは内緒だけどね。
年明けに、「ユカワタン」で王になった私ですが、「界 玉造」では神になりました。次はなんだろう、殿かな?