INTERVIEW|『アメリ』の監督が挑む“3D×感動作”という新境地
INTERVIEW|『アメリ』の監督が挑む“3D×感動作”という新境地
『天才スピヴェット』公開記念
ジャン=ピエール・ジュネ監督 独占インタビュー(1)
鬼才と称され、その個性的な創造力に敬意を表されているフランスの映像作家、ジャン=ピエール・ジュネ。新作を発表する度に、豊かなイマジネーションで観る者に驚きを与えてくれる彼が、今回完成させたのは10歳の少年T.S.の成長を描いた『天才スピヴェット』だ。ライフ・ラーセン原作の小説『T・S・スピヴェット君傑作集』を基に、3D映像で描かれるのは、まるで動く飛び出す絵本のような世界。新境地にして最高傑作との呼び声も高い最新作について、来日したジュネ監督に聞いた。
Text by MAKIGUCHI JunePhotographs (portrait) by KIMURA Yasuyuki
人間の感情というものに踏み込んでみたかった
──原作に出合ったときの感想は?
とても魅了されたんだ。これはぼくの物語だと感じたね。自伝的映画を作るつもりはなかったけれど、なにか自分の内面を表現できる物語を探していたんだ。この小説は10行読んだだけで恋に落ち、映画にも登場するT.S.がスピーチをするシーンを読んでいるときに、“これを映画にしなければ”と思った。ラーセンの世界観は、ぼくの作る映画の世界観ととてもよく似ている。最初に彼と会った時は、まるで精神的に結ばれた息子に出会ったという気分だったよ。『アメリ』に対して感じたのとおなじような感覚だったね。
──原作本には、サイドストーリーやディテール(地図、スケッチ、人物画やメモ)が多く登場し、それらが物語に奥行を与えていく構成が、監督の作品と共通していますね。
そうなんだ。本に描かれたディテールを、自由に映像のなかに漂わせることができたら素晴らしいだろうなと思いついた。ディテールのいくつかは、『アメリ』でぼくが用いたものととてもよく似ていたんだ。この物語は、テーマがひとつではない。少年のロードムービーでもあり、子供が抱える罪悪感の話でもあり、家族の物語でもあり、メディアの問題についても語っている。映画に適した物語とは言えないね。でも、ぼくはいろいろな要素が入った作品に挑戦したかったんだ。
──今回、新境地を開いたと言われる理由のひとつに、物語がとてもエモーショナルだということがありますね。
ぼくのこれまでの映画は、面白くてちょっと奇妙。エモーショナルとは言えなかった。『ロング・エンゲージメント』では、多少感情を描いていたかもしれない。でも、作品のほとんどは“感情”からちょっと距離があったわけだ。ハリウッド映画のように、人を泣かせる映画は作ってこなかった。だから、今回は人間の感情というものにもう少し踏み込んでみたかったんだ。難しいのは、感じ方は人それぞれだというところ。だれかが感情表現が十分でないと感じても、ある人は描きすぎだと感じ“やりすぎだ、泣かせようとしているのがミエミエだ”と言うものなんだ。だからどこまで描くかを決めるためには、自分の感情に正直になり、そこに頼るしかない。これははじめての挑戦だったね。
──今回のようにご自身の手による物語ではない場合、映画制作になにかしらの制限を感じるものでしょうか?
素晴らしい物語なら、だれのものでも大歓迎だよ。だって、物語の面白さは約束されているからね。目の前に真白なページがあることほど恐ろしいことはない。『アメリ』の脚本を書きはじめたときがそうだった。このばかばかしい物語を、どれだけ面白いものにしてやろうかと自分では思っても、どうなるかはわからないからね。
でも、素晴らしい本に出会ったら、あとは手を動かすだけだ。もしオリジナルの物語と脚色した物語に違いがあるとすれば、それは自分の子どもと養子との違いのようなものかもしれない。育てる大変さはおなじだけれど、自分のところにやって来た経緯は違う。でも、育てていくうちにおなじになる。脚色した物語も、結局は自分の物語になるというわけだ。
──映画を子どもに例えていますが、監督にとっては映画の方が子育てよりもずっと気が楽でしょうか(笑)
そうかもしれないね(笑)。自分に子どもはいないけれど、街中で、父と娘が一緒にいる姿を見ていると、なにか自分は人生のなかでやり残したことがあるんじゃないかと思ったりもするよ。でも、5分後に子どもが大泣きしているのを見ると、胸をなでおろすんだ。でも、今回T.S.を演じたカイル・キャトレットは、とても特別な少年だ。泣いたり、文句を言ったり、疲れた様子を見せたことは一度もない。彼を見つけたのはとてもラッキーだったよ。
最初、彼のエージェントがぼくに嘘をついて、あるTVシリーズと前日に契約していたことを隠していたんだ。それが分かったときは悪夢のようだった。でも、どうしても彼を起用したかったから、シリーズの撮影終了に合わせて、撮影スケジュールを組むことになった。腹立たしい出来事だよ。でも、キャスティングはとても大事だから、妥協できなかったんだ。結果的に、彼と仕事ができたことは喜びだね。
INTERVIEW|『アメリ』の監督が挑む“3D×感動作”という新境地
『天才スピヴェット』公開記念
ジャン=ピエール・ジュネ監督 独占インタビュー(2)
映画作りへと駆り立てる原動力は喜び
──今回、はじめて3D撮影に挑戦していますが、アートとテクノロジーの融合は、ときに難しいですね。多くの監督が、ストーリーを語るためのベストの方法だからではなく、最新技術を使いたいがために3D映画を作り、失敗してきた経緯があります。本作は3D映画である必要性を感じさせる数少ない作品だと感じます。
それはぼくが子どものころから3D映画が大好きだったからだろうね。ずっとその世界に魅了されてきたんだ。実は、原作を読んだ時点で3Dを使うことを決め、それが脚本を書く際の基本コンセプトだった。T.S.の頭のなかのアイディアやディテールをふわふわと宙に浮かべることは、すでに脚本段階から計画されていたことなんだ。つまり、テクノロジーありきではなく、3Dはあくまでもアーティスティックなコンセプトだということ。
撮影中、アメリカ人のアーティスティック・ディレクターに、『お気の毒だね。3Dで映画を作らされているなんて』と言われたから、『違うよ! ぼくが決めたんだ。ハッピーだよ』と返したよ(笑)。アメリカでは、アーティスティックな視点よりも、商業的な視点が優先される。マーティン・スコセッシ監督の『ヒューゴの不思議な発明』のような3D作品は稀だと思う。彼はアーティスティックな視点で3Dをもちいた。『ライフ・オブ・パイ/トラと漂流した227日』も悪くなかったと思う。『アバター』は、デジタル3Dとして最初の作品だから特別だね。
──3D作品には、特別な苦労が付きまとうそうですが。
だから、ものすごく勉強したんだ。なにをすれば効果的で、なにが逆効果なのかとね。早く動くものは3Dに適さないし、完全にピントが合わなければ美しくならない。複数のカメラで撮影した映像の細部を最終的にきちんと合わせ、3Dとして完成させるのに1カ月かかった。複数のカメラで撮影すると、1台のカメラで撮った映像にノイズ(ほこりや映り込み)があれば、とても不快な映像になってしまうんだ。
我われは通常、左右ふたつの目を使い、微妙に差異の生じたふたつの映像の焦点を合わせている。その際、片方の目だけがノイズを拾ってしまえば、ふたつの目で見たときに脳がその情報を処理できなくなってしまう。それが、3D映像が嫌いだという人の多くが訴える頭痛の原因になる。だから、すべての映像ノイズを取り去る処理は時間をかけて慎重に行った。おかげで技術的にはほぼパーフェクトに仕上がったね。アーティスティックな視点からも、とても面白い作品に仕上がったと思うよ。テクノロジーを使うなら、より表現力を高めるためのアーティスティックな理由に基づくべきなんだ。
──本作ではほかの作品同様、独特の笑いが随所に登場しています。ユーモアの大切さについてはどうお考えですか。
ぼくはユーモアなしに、物語を語れないんだ。たとえば、『エイリアン4』は面白くすべき作品ではないのに、どうしても笑いの要素を入れずにはいられなかった。笑いは人生においてとても大きな意味を持つと思う。それがなければ、毎日ニュースで流れる悲惨な出来事を繰り返し見聞きしているうちに、絶望的な気分になるはずだ。この作品は、笑いだけでなく、エモーショナルな要素も入っている。ぼくの大好きなピクサーの精神は“ONE LAUGH, ONE TEAR”なんだ。共感するね。本作にもその要素が入っているといいけれど。
──最後に、監督を映画作りへと駆り立てる原動力は?
喜びだね。ジャン・ルノワールは「喜びのために映画を作る。ほかのことには気にしない」と言っていた。ぼくもそうだ。もし、だれかが作品を気に入らないならそれで構わない。仕事中はシェフの気分だね。料理を作り、味見をする。自分が気に入れば、だれかとその喜びを共有したいね。
最初に映画の洗礼を受けたのは、17歳で『ウエスタン』を観たときだ。あれは人生における革命だった。観終わって3日間は言葉がでなかった。でも、その前から自分で映画を撮っていたんだ。映画を観はじめるずっと前からね。いまでも映画作りを好きだし、ほとんどの時間を映画撮影の準備に費やしている。美術、衣装、俳優、演技、音楽…映画に関わるすべてが好きだ。映画はぼくにとって、壮大なおもちゃなんだ。ぼくの頭のなかには、映画というおもちゃで遊ぶ子どもが住んでいるんだよ。
Jean-Pierre Jeunet|ジャン=ピエール・ジュネ
1953年、フランス生まれ。1991年、長編デビュー作『デリカッセン』が、」同年フランス国内動員数第3位のヒットを記録。セザール賞で新人監督作品賞、脚本賞を含む4部門を制し、驚異の新鋭として一躍“時の人”となる。2001年、前作から4年間のブランクを経て制作した『アメリ』が大ヒット。世界的なブームとなり、英国アカデミー賞でオリジナル脚本賞を受賞する。つづく『ロング・エンゲージメント』(2004年)は、セザール賞5部門を受賞。隅々にまでこだわりを極めた独自の世界観で、類稀な映像作家として讃えられてきた彼が、本作で“感動作”というあらたな新境地を切り開く。
『天才スピヴェット』
11月15日(土)より、シネスイッチ銀座、ヒューマントラストシネマ渋谷ほか全国順次ロードショー(3D/2D)
監督|ジャン=ピエール・ジュネ
脚本|ジャン=ピエール・ジュネ、ギョーム・ローラン
原作|ライフ・ラーセン著『T・S・スピヴェット君傑作集』(早川書房)
出演|カイル・キャトレット、ヘレナ・ボトム=カーター、ジュディ・デイヴィス、カラム・キース・レニー、ニーアム・ウィルソン、ドミニク・ピノン
配給|ギャガ
2013年/フランス・カナダ/105分/原題『The Young and Prodigious T.S. Spivet』
http://spivet.gaga.ne.jp
© ÉPITHÈTE FILMS – TAPIOCA FILMS – FILMARTO - GAUMONT - FRANCE 2 CINÉMA