Talking about “混沌” 03|東京のなぜか文化人が集うレストラン&カフェバーのお話し
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2023年3月2日

Talking about “混沌” 03|東京のなぜか文化人が集うレストラン&カフェバーのお話し

Talking about “混沌” 03

竹中直人に聞く“通う店”

「好きな俳優を撮りたいのと同じように、好きな場所を撮りたい」。 俳優として、また監督としても活躍する竹中直人さんが、プライベートで寛ぎ、また自ら の作品にも登場させる、特別な場所。多忙なクリエイターが「ため息がつける場所」とも 表現する、その場の個性とは。

Text by HONJO Maho|Photograph by YOKOKURA Shota|Interview & Edit by TANAKA Toshie(KIMITERASU)  

惹かれるのは、“ため息がつける場所”

- 俳優としてはもちろん、映画監督としても多くの作品を世に送り出している竹中さんで すが、現在公開中の新作映画『零落』では、ここ「Kong Tong」が登場しているとか。
竹中直人(以下竹中) どうしても「Kong Tong」をぼくの映画におさめたかったんです。でも店内を撮るのではなく、違ったカタチで撮りたかった。だからKong Tong向かいのマンションのベランダから撮影させていただきました。主人公、深澤(斎藤工)の仕事部屋がKong Tong向かいのマンションの一室にあるという設定で撮影しました。彼がベランダに出てぼんやり外を見ている。斎藤工の背中越しにKong Tongが見えるという画です。長年カウンターに立つ福田達朗さんも「これは初めて見る風景だ!」と驚いていました。
- 向かいのマンションの住人の方に時間をかけて丁寧に交渉し、撮影許可を得たそうですね。そこまでしてこのKong Tongを映画にまでおさめたいと思った理由は?
竹中 自分の監督映画には大好きな俳優に参加してもらいたい、という思いはもちろんですが、ロケ場所もそれと同じです。常に思い入れのある場所で撮影したい。今回は、ぼくが多摩美時代に住んでいた国分寺の喫茶店《でんえん》や、フォークシンガー・中山ラビさんのお店「ほんやら洞」でも撮影しました。今もあの頃と変わらない佇まいです。
- 愛するお店とじっくり、長く、深く付き合っていくのですね。星の数ほどある飲食店の中で、なぜここに通い続けることになったのでしょうか。
竹中 やはり福田さんの存在が大きいですね。あの魅力的な佇まいがとても心地良いんです。福田さんの持つ上品な柔らかさがお店のムードを作っていますね。だから映画の打ち合わせもKong Tongでやる事が多いです。2021年公開の『ゾッキ』も、斎藤工、山田孝之、CHARA、安藤政信...一緒にやりたいと閃いたメンバーをKong Tongに呼んで「大橋裕之さんの《ゾッキ》を映画にしようぜ!うお~!!!うお~!!」とみんなの前で叫びました。
すると福ちゃんに「もう少し声をおさえてください」と怒られました。
これは嘘です…。
- このお店から生まれた作品が多々あるのですね。
竹中 ここのカウンターに座っていると、いろんなインスピレーションが湧いてきます。 素晴らしい選曲、そして高速道路を流れていく車のライト、雨の日に窓を伝う水滴、お客さんの心地よいざわめき・‥その全てが心を刺激してくれます。お店のある5階まで、エレベーターではなく、僕は階段を使います。ときどき息が切れてしまうけれど、その階段を上がるという行為がロマンティックなんです。廊下で煙草を吸いながら窓の外を眺める時間も好きです。でももう煙草はやめてしまいました・‥。これは本当です。Kong Tongでふと目にする風景や音、匂いが僕のつくる映画に反映されることもあります。
- 竹中さんの心をつかむお店の共通点はあるのでしょうか。
竹中 店内の空気感ですね。お店の持つ光、マスターの声の音色、音色は大事です。それから窓外の空気を感じられるお店が好きですね。窓から見える道ゆく人の影、夕暮れの空、雨が降り出しそうな気配とか、心地よいお客さんのざわめき…そういったものを感じられるお店に惹かれます。あとは裏通りにあるお店が好きですね。舞台や映画で地方に行ったときは、地図など見ないで道に迷う感じが好きです。ただただ歩いてふと目に止まったお店に入ります。やはり窓からお店の雰囲気を感じられるほうが良いですね。お店の光とかね。だいたい直感で入ったお店は、はずしたことはないです。京都で撮影が早く終わり、散歩していたらとても風情のあるお店を見つけたんです。小さな座敷のある部屋に案内されて。窓がとても大きな日本家屋でした。食事をすませるといつの間にか雨が降り出して。ちょうど梅雨の時期でした。風と共にやってきた新緑の匂いに包まれて、ちょっと横になりたい気分になったんです。
お店の人に「なんだか眠くなってしまいました・‥」って言うと「どうぞそのまま寝てらして…」って。柔らかかったんです、その声が…。雨の音がBGM、そのままひと眠りさせていただきました。
- もしかしたら〝包容力〟のあるお店に惹かれるのかもしれませんね。
竹中 はい。僕にとってKong Tongは〝ため息をつける場所〟。居心地のよさは、お店
のマスターが生きてきた《時》を感じられる事だと思います。マスターの人生を受け入れて、自分の人生もさらけだす。だからこそ大きく、深くため息がつける。
- 人生のハレもケも、両方を彩ってくれる場所なんですね。
竹中 僕がお酒をちゃんと飲み始めたのは47歳からです。それまではカウンターで飲む習慣なんて なかったから不思議です。飲み始めた頃は、赤ワインや焼酎をよく呑んでいました。
でも20年ぶりに偶然、千歳空港でばったりお会いした整体の先生がスッとぼくの背中をさすってくれて「竹中さん、竹中さんの身体は白ワインが一番合ってる、白ワインだったらいくら飲んでも大丈夫!」とおっしゃったんです。それ以来、白ワインが中心です。Kong Tongのカレーは美味しいので白ワインとカレーのルーを肴に、って感じですね。

人は偏っているからこそ、いい。

- 竹中さんがお酒を飲み始めたのが40代後半というのは、少し意外でした。
竹中 その頃、自分の映画の企画が二本ダメになって。「もう自分の企画なんて通用しないんだな…」ってかなり落ち込んでしまったんです。そんな自分を励ましてくれたのが、大貫妙子さんと谷中敦でした。そのおふたりが、お酒をそして酔うことの楽しさを 教えてくれましたね。
あっ、大貫さんと谷中が一緒に励ましてくれたんじゃないですよ。大貫さんとは大貫さんと。谷中とは谷中と…です。
- その大貫さんから言われた、大切にしている言葉があるのだとか...。
竹中 あるとき僕が「大貫さん、ぼく偏っますから...」って言ったんです。すると大貫さんが「偏ってるからいいんじゃない」って言ってくれた。その言葉に勇気がわきました。
大貫妙子さんは決して揺るがない最高の女性です。ぼくもたまに若い人から相談されることがありますが、大貫さんのお言葉を拝借する事があります。《偏ってるからいいんだぜ》って。
- 若い世代からどんな悩み相談を受けるのですか?
竹中 自分は頼りがいのある先輩って感じじゃないから相談される事なんてほとんどないですよ。酔った勢いでたまに言うのは「役者は下手なほうがいい」って言葉です。実際自分が書いた著書に《役者は下手なほうがいい》ってのがあるんです(笑)。「芝居なんて上手くなったらつまらないよ」ってのがたまに若い俳優さんに助言みたいなものを求められた時に言ったりします。説教ジジイには絶対なりたくないです。基本的に、人が何かを表現するのって、すごく照れくさいことだと思います。映画を作ったらもちろん観て欲しいし、宣伝も頑張りたい。それに今はSNSで広く宣伝できる時代ですしね。でもなんだかやっぱり照れくさい。大々的に「これやってます!」って言えないすね(笑)。知る人ぞ知るっていうのが好きだったりしちゃう。観たいと思ってくれた人が観てくれたらうれしい。つげ義春さんのような、そんなあり方がロマンティックだな…。
- わかる人にはわかるし、伝わる人には伝わるものですよね。
竹中 僕は、人を感動させたいというより、まず自分が感動したいと思ってしまいます。万人に受けるものはぼくには無理かな…たまたま出会った映画があまりにも素敵だったりすると内緒にしていたいです。大切な友達にそっと教えたい。大好きな映画にお客さんが入ってなかったりするとうれしいですもん。ぼくだけの映画になったような気分になって。でも自分の監督した映画にお客さんが入ってないとものすごく辛いです…。めちゃくちゃ矛盾してんじゃん!って感じです。昔、中島らもさんが「100人いて、誰も笑ってないのに、その中にたったひとりだけ笑ってるやつがいたら、それが最高じゃん!」と言っててその気持ちがすごく好きでした。
- もしかしたらその感じは、竹中さんが長年通われているKong Tongの佇まいにも通じるのかもしれませんね。
竹中 Kong Tongはメジャーとかマイナーの次元にいないのが良いです。人を選んでないのに選んでる感じかな…分かるやつには分かるって感じかな…難しいな…かっこいいのにカッコつけてない雰囲気かな…でも圧倒的に個性があって居心地の良い空間を作ってるんですよね。ぼくの好きな感じの《知る人ぞ知る》お店です。
ずいぶんと喋ってしまいました…。ではこの辺で終わります。福ちゃん、こんな素敵なお店に出逢えてぼくは本当にうれしいです。福ちゃん、そしてKong Tongのスタッフの皆さん、いつもありがとう。感謝驚き!
竹中直人 Naoto Takenaka
俳優、映画監督。1956年神奈川県生まれ。映画『Shall we ダンス?』、大河ドラマ『秀吉』(NHK)など数々の作品に出演。主演も務めた初監督作『無能の人』がベネチア国際映画祭で国際批評家連盟賞に選ばれ、国内でも数々の賞を受賞。現在、漫画家・浅野いにおの衝撃作を映画化した最新監督作品『零落』が公開中。
What’s Kong Tong
場所|東京都世田谷区池尻3-30-10 三旺ビル5F
https://garlands.jp/kongtong/
Today’s Drink and Food
●本日のカリー、あいがけ3種盛り合わせ
●フランス産白ワイン(ソーヴィニョン・ブラン)
Today’s Music Select
Les Ogres De Barback / Amours Grises & Colères Rouges
Sam Gendel & Antonia Cytrynowicz / LIVE A LITTLE
                      
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