Talking about “混沌” 02|東京のなぜか文化人が集うレストラン&カフェバーのお話し
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2023年2月10日

Talking about “混沌” 02|東京のなぜか文化人が集うレストラン&カフェバーのお話し

Talking about “混沌” 02

大宮エリーに聞く“通う店”

「固定観念を取っ払うことで、今にたどり着いた」。そう語る大宮エリーさんが、ひと息つき、かつ創作にも打ち込む場所がある。多くの顔を持つ彼女のクリエイションを刺激し続ける場の個性、そして彼女の語る固定観念から解き放たれる術とは。

Interview & Edit by TANAKA Toshie(KIMITERASU)|Photograph by YOKOKURA Shota|Text by HONJO Maho

ここは部活動の〝部室〟みたいな場所

− 作家、脚本家、映画監督、演出家、CMディレクター、CMプランナー…そして今や世界で個展を開く現代アーティストでもある大宮さん。その多才ぶりにいつも驚かされています。今現在どのくらいの数のプロジェクトが進行しているのですか?
大宮エリー(以下大宮) 数かぁ……。今年、来年に向けて、大小あわせて、現在20案件くらいになるかもしれないです…‥‥。
− 20件とはすごいですね。たくさんのオファーがあるなかで、「受ける、受けない」の決め手はどこにあるのでしょう。
大宮 一番は、スケジュールによりますかね……あとは、相性とか?自分じゃなくて他の方がやったほうがいい場合もありますよね。あとは、人が魅力的かどうか、とか……。ご縁とかも、ですかね。たとえば、昨年秋から、今年3月末まで開催されている、「たびするきもち」という展覧会ですが、JAL(日本航空)の「SKY MUSEUM」という空育のためにできた美術館で開催されています。そこで100枚の空の絵を描き下ろして展示しています。これは、依頼を受けてまず視察にいったとき、吹き抜けが気持ちよくて、コックピットにも入れたりして楽しかったので、やろうかなと(笑)。最初はすでにおもしろい美術館で人気もあるので、「私の絵、いります?」と思ったんですけどね。JALの方々が素敵な人たちばかりで、「この方々と面白いことをやりたいな、というのが一番の決め手でしたかね。あと、そこで働く方、整備士さんがいつも絵を見れるというのがいいと、JALさんもおっしゃっていてそこも共感しました。そういう、共感ってありますよね、仕事を受ける上で。意味というか。もちろん、こどもたちへ教育的視点を持たれている施設なので、そういう姿勢への共感とやりがいみたいなものもありました。何かやりませんか、という依頼だったので、ぐるっと見回すと、ジャンボが施設の中にあり、空がそこからは見えないので、じゃあ空を、みんな人それぞれの空をという意味で、100枚の空を描きおろそうと。クリームパンに見える雲とか、サッカーボールに見える雲とか。あれにみえるね!とか遊んでもらえるような100枚にしました。
− 多くの案件を抱えていると、それだけで混乱してしまいそうです。スムーズに進めるためのコツはありますか? 気持ちの切り替えはどうされているのでしょうか。
大宮 うーん、切り替えというのは特にしていないですかね。仕事がいろいろなので、それぞれが切り替えてくれるというか(笑)。ひとつひとつ、お相手もいるので、お料理のように、その方の体調やら好みを伺いながら、こういうのがいいかな?とお出しする感じだから。そしていっしょに食べちゃうみたいな(笑)。楽しいですね、どれも。
− さて、そんな多忙なエリーさんが日々通っているのが、ここ三宿にあるビストロ&カフェバー「Kong Tong」です。
大宮 最初に訪れたのはもう10年以上前です。スチャダラパーのBoseさんに呼ばれて、隣にクラムボンの原田郁子さんがいて、彼女にマッサージされたままソファで寝てしまい、起きたらスカパラの兄さんたちが私を取り囲んで円陣組んでらっしゃいました(笑)。以来、ずっと通い続けています。特にカレーは食べると元気になるので、スパイス注入にこさせていただいてます。本当にマジックなカレーだと思います。効果がすぐでる(笑)。他にもそそるメニューが多いので、「鴨のコンフィ」など、一人で結構な量をオーダーするから、カウンターに立つ福田(達朗)さんが首を傾げることもしばしば(笑)。「食べれるの?」と。「食べれます」といって、食べて、飲んで、さらに仕事までして。私にとってここは部活動の〝部室〟みたいな場所ですね。
− 〝部室〟とは面白い表現ですね。何よりお伺いしたいのが、さまざまな顔をもつ大宮さんの創造の源について。その引き出しの多さは、まるで昔の中国の薬箪笥のように感じます。
大宮 そ、そうですか?苦し紛れですよ(笑)。もし引き出しが多いとするならば、割と依頼が無茶振りな側面が多いので、お仕事や依頼人の方に鍛えられて引き出しが増えたかもしれません。そういう経験させてもらったのは感謝しています。やっぱり経験が少ない人に面白がって依頼してくれるのってすごい勇気ですからね。こちらも勇気がいりますけど、頼む人がすごいなって。その方は何か私にはまだ見えないものが見えているのでしょう。そこを信頼して飛び込んできたということですね。
― そのいろんな仕事に飛び込む勇気はどこから?
大宮 経験がないとできない、という固定観念を外すことかもしれないです。いま私はアートをやっていますが美大を出たわけではありません。東大の薬学部です。実験ばかりしていました。わたしの所属ギャラリーの小山登美夫さんは、勉強してきたからっていい絵が描けるわけじゃないっていうんです。絵の勉強はしてこなかったけれど、CMや脚本、演劇、映画、ラジオ、いろんなことをさせていただいて、それが、実は、絵に繋がっていたとしたら。みなさんも何気なくやっていること、もしくは、いま頑張っていること、が、もしかしたら未来の、え?ということにつながっているかもしれない。だから、その流れを信じる、偶然は必然だ、と考えるのがいいかなと思うんですよね。
昔のことですが、映画をやったあと、次の映画にびびって、どんどん断っていたのに、これ以上断ると生活できないと思って、次の依頼は絶対引き受ける!と決めていたら、「演劇やってみない?」と電話口で言われたときは、のけぞりました。でも、「映画はフィルム、演劇はライブ、そのチャンネルが違うだけ。『物語として表現する』ことは一緒だからなんとかなるだろう」なーんて考えて、飛び込んでみました。ま、普通はやんないですすよね(笑)。「固定観念を取っ払う、面白がる」のは、大切だと考えるようになりました。
− その「できないという固定観念」は、どうすれば取っ払うことができるのでしょうか。
大宮 うーん、2020年、コロナ禍真っ最中に「クリエイティブマッスルを鍛える」を掲げ、「エリー学園」という学校を立ち上げまして。主婦のかたや介護士さんや医療従事者の方々、デザイナーや農家の方などたくさんの方が在籍してくださってて。村みたいな感じの、場を作っているんです。家族、仕事、以外のもうひとつの場、ですね。そこで授業もしていて、固定概念を外すっていうメニューもありまして、たとえば脚本からの出題だと、ちょっとやってみますか?(笑)。たとえば、お題「喫茶店にスーツの男性がふたりいる。このふたりの関係性を考えて、会話を4行考えなさい」どうです?まずは関係性です。どうなります?
― やはり会社員の上司と部下でしょうか……
大宮 それ一番多いですね。「スーツ=会社員」というなんとなくの固定観念があるからなんですよね。それを取っ払ってもらうと、どうなります? 次はね、だいたい、結婚式の帰りの同郷の先輩後輩、とかでてくるんです。あとは、マジシャンとかね。どんどん、とっぱらっていくと、「宇宙人で地球侵略の打ち合わせをしている」というアイデアまででてきて、一同大盛り上がりしたことがあります。スーツで、人間に変装しているっていうの、面白いですよね。大切なのは、とらわれないこと。才能とか発想力なんで、どんな人にもあるんですよね。引き出しは多い方が、こういう変化の多い、予測のつかないことが起こりうる時代はいいと思うから、思い込みを外す練習って意外と強みになる。
− 「エリー学園」すごく面白い学校ですね。他にはどんな?
大宮 年のはじまりだと、こういうのもよかったです。「This is not me」という授業。今は「風の時代」と言われていて、「新しい自分軸で生きよう」「軽やかに生きよう」なんていうメッセージがあふれているけど、焦りません?(笑)私はめちゃ焦りました!(笑)では「新しい自分って何?」って考えたんですよね。すごく難しくて。漠然として。ならばと、「これ、私じゃない、もう手放したい!」っていうのを考えたらと思ったんです。
生徒さんにそれをやったら、新しい自分、のときは、しーん、だったのに、これ本来の私じゃない、さよならしたい、っていうのは、でるわでるわ(笑)。「人に合わせるのやめたい」とかね、「寝坊するのは私じゃない」とかね。「This is me」じゃなくて、「This is not me」を書いて、それを反転したら「New me」になりません?と。こういうことをひとりではなくてグループでやると、響き合うことがたくさんあって。みんな個性的で、才能があって、面白い人間なんだと、自分を強く肯定できるようになる。自己肯定ってなんか、自己実現には大事ですよね。

クリエイティブの種を芽吹かせる場所で

− 大宮さんは数々の絵画展を開いたのちに、2016年に十和田市現代美術館で個展を開催。そして2019年、初の海外個展がパリ、香港、ミラノで行われたんですよね?
大宮 はい。いろんなことをやってきたけれど、絵を描く仕事がいちばん長く、ちょうど10年経ちました。きっかけは、ハプニング、だったんですけどね。画家になんて、なると思っていなかった。たまたま通りかかったセレモニーで、海外のアーティストがペインティングするはずが、急遽これなくなって。それで、主催の人がたまたまいた私に、なんでもいいから、絵を描いてってことになって(笑)。さきほどにもありましたが、偶然は必然。無茶振りに生かされてきた私は、びびりながらやりました。もちろん、普通には怖くてできないので、Kong Tongでもおいしくいただいておりますこの赤ワインをボトルでがぶ飲みしながらやりました。そしたら、着物着て、赤ワインをボトルでラッパ飲みして絵を描いていたのが海外の方たちに受けたんですね。その初めて描いた絵を、ベネッセの福武総一郎さんが褒めてくれまして。「この絵、ほしい!」と。それがキャリアのスタートです。そこから個展が続いて、とても苦労しましたが今に至ります。私は「マルチ」と言われることがコンプレックスでした。でも絵を買ってくださるようになった福武さんに、「お前のいままでの仕事いろいろみてみたけど、絵がいちばんいいよ。すべて、絵を描くことに繋がっていたんじゃないか。画家としてやっていきなさい!」といわれ、コンプレックスが成仏しました(笑)。そっか、マルチが色彩になったんだなぁと。
− 海外個展が終わって、2020年以降、ここKong Tongに訪れる頻度も上がっているとか?
大宮 そうですね。なんでだろう。いつも自炊しているんですが、2019年から2022年がめちゃくちゃ忙しかったから、もう、Kong Tongで、癒してもらっていました。スタッフ打ち合わせも、会議室じゃなく、楽しくKong Tongでやりたい!みたいな。2019年はね、パリ、ミラノ、香港で個展があったんです。2020年は学校を立ち上げて、森美術館のADギャラリーで個展をして、コロナがはじまって、夏には伊勢丹サローネで個展して、という具合で、2021年は、渋谷西武で個展をして、大阪に初の6メートルのオブジェを作って、2022年は、ロンドン個展と、瀬戸内国際芸術祭で2作品も作って、フィリップスで個展、ミッドタウンで2回もライブペインティングとか、色々充実していたけれど、自分がどこにいるのか分からないくらいだった。そこでここに来させていただいて。ホッとするんですよね。適度にほっておいてくれるので(笑)そして適度に相手もしてくれる(笑)いつも余裕がない中来ていました。オーナーシェフの(田島)大地さんのカレーに癒され、活力をもらい、福田さんのつくってくれるレモンスカッシュで、疲れた脳みそが復活し。本当に、原稿が頭がパンクして書けなくて、明日にしよう、と、そっとパソコンを閉じた時も、Kong Tongで、福田さんのレモンスカッシュの2杯目で、すごく元気になって、パソコン、また立ち上げましたからね! 疲労で呼吸が浅くなってくると、大地さんのカレーを目を閉じて味わいに来ますね。染み込むんですよぉ。で、また仕事できちゃう。本当に、数々のピンチを助けられています。 F1でいう〝ピットイン〟みたいな(笑)。
− 大宮さんにとって〝部室〟であり〝ピットインスポット〟でもあるというのは、大変心強い存在ですね。
大宮 最高に居心地がいいんですよね。椅子も素晴らしいし、照明も音楽もいい音響もいい。緑も豊かです。それでいて、窓から見える、(夜ですが)高速道路の光に酔える(笑)。隠れ家っぽいのもいいし。ここいいよ、ってこの記事でいうの、隠れ家として利用されている方に、すごく申し訳ない気持ちになります。
− 息抜きの場であり、同時に創作の場でもあるのですね。
大宮 そう、ここ海外っぽいですよね。パリでは、カフェがクリエイターを醸成する場になっていたりしますよね。Kong Tongにはそんなムードを感じます。いつかここでこどもたちのアートの展覧会ができたらいいな。私が教えている子供たちの発表の場でもあるけど、生徒のみんなを知らない大人の方々が、その作品をみて食事を楽しめるって最高ですよね。いいんですよぉ、子供たちの絵。爆発してて(笑)赤だけで、青い海を描いてもらう授業の作品もよかったですね。「赤を極める」って回でした。エリザベス女王の帽子も手かげたデザイナー・原田美砂さんをオンラインで招いたときの帽子作品もよかった。みてもらいたいなぁ。今まで自分主催で人の展覧会なんて手がけたことはないけど、ここでならどんな感じになるのかなぁ。やっぱりKong Tongは、クリエイティブな部室であり、隠れサロン、ですね。
大宮エリー Ellie Omiya
1975年大阪生まれ、東京大学卒業。作家、舞台の演出家、ドラマ・映画監督と様々なジャンルで活動する中、2012年東京国立博物館で行われたモンブラン国際賞の福武總一郎氏の受賞セレモニーで急遽依頼されたライブペインティングから画家としての活動がスタート。2016年には美術館での初の個展「シンシアリー・ユアーズ」(十和田市現代美術館)を開催。2019年には香港、ミラノ、パリにて個展。2022年にはロンドンにて「Lounging around」(ギャラリーブラキア)を開催。また奄美大島のこども図書館などで壁画作品も制作。瀬戸内国際芸術祭2022では出展作家として犬島に立体作品「フラワーフェアリーダンサーズ」「光と内省のフラワーベンチ」を発表。
What’s Kong Tong
2023年3月9日にオープン20周年を迎えるレストラン&カフェ・バー。ゆかりある様々なアーティストのイベントが3月開催予定。
場所 I 東京都世田谷区池尻3-30-10 三旺ビル5F
https://garlands.jp/kongtong/
Today’s Drink and Food 
●南アフリカ産ナチュラルワイン(白 シュナン・ブラン)
●天然真鯛のアクアパッツァ
●フレッシュレモンスカッシュ
Today’s Music Select
Shades of Sorrow : Rare Chicano & Blue Eyed Soul Ballads Vol. 1 / Various Artists
Cha-Cha Au Harem / Various Artists
                      
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