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2025年7月22日
ノゾホテルから見る、富良野の強さと豊かさ
Nozo Hotel|ノゾホテル
富良野と聞けば、誰もがまず思い浮かべるのは「北の国から」だろう。倉本聰が描いた、雄大な自然の中で生き、成長する純朴な家族の物語は、富良野を一躍有名にし、多くの観光客を呼び寄せた。しかし、あのドラマが放映されてから40年余り。いまの富良野は、果たしてあの頃のままなのか。
Text & Photographs by IJICIH Yasutake
現実は、なかなかに複雑だ。自分自身2年前の夏も訪れたが、この2年間でも激変していると感じた。近年のインバウンド需要の急増は、富良野にも波及している。富良野へ向かう旭川便は満席だし、コンビニも大半が外国人観光客である。かつて地元の人々がひっそりと営んでいた小さな店も英語の看板やメニューを掲げ、国際色豊かな観光地へと姿を変えている。ラベンダー畑に群がる外国人観光客の姿は、もはや夏の風物詩といっても過言ではないだろう。
しかし、こうした観光地化を単純に弊害と切り捨てるのは早計だと思っている。富良野の真の魅力はこうした表層的な変化に揺らがない、むしろこの街に根源的な魅力があるからこその、変化だろうと思料する。
十勝岳連峰から広がる雄大な丘陵地帯。春には雪解け水が流れ、夏にはラベンダーをはじめとする花々が大地を染める。秋は収穫、冬には世界屈指のパウダースノーが一面を覆う。こうした圧倒的な自然サイクルは、どんなに年月が経とうが揺らぐものではない。




もちろん、富良野を語る上で欠かせないのが、あの紫の絨毯。富田ファームのラベンダー畑は、まさに富良野観光の代名詞。現実は、観光バスが次々と乗り付け、スマホを片手にした観光客が押し寄せる光景と相まって、これを自然との調和と呼ぶかどうかはさておき、、6月下旬から8月上旬にかけて、一面に広がる紫の波は、息を呑む美しさだ。




また、ドメーヌレゾンも見逃せない。2019年から醸造を始めたこのワイナリーは、山梨のまるき葡萄酒グループの北海道進出拠点だが、その背景にはユニークな物語がある。グループ本体が羊を飼っていた縁で何かを飼おうと考えていたところ、北海道で偶然山羊と出会い「山羊を飼おう」となったという。これもまた自然との調和と呼ぶかどうかはさておき、、いかにも人間らしい、偶然と直感に起因する物語だ。
山羊の排泄物は堆肥となりブドウを育て、醸造で出た絞りかすは山羊の餌になる。まさにサステナブルな循環だが、一時期は山羊チーズの製造も手がけたものの、人手不足とコロナ禍で断念を余儀なくされたという。こうした試行錯誤も含め、この土地での営みの真実味が伝わってくる。
40haにもおよぶ自社畑で10種類のブドウを栽培し、年間10万本の生産を目指すドメーヌレゾンでは、日本に2台しかない特殊な醸造機械でゆっくりと空気に触れさせながらブドウを潰し、やさしい味わいの赤ワインを生み出している。十勝岳を望むテラスでヤギミルクのソフトクリームを味わいながら、この土地が持つ本当の豊かさを感じられる場所だ。
また、この土地が育む食材の豊かさも格別。肥沃な大地から生まれるアスパラガス、じゃがいも、玉ねぎ、人参、トマトから、小麦、ミルク、チーズ、上質な牛肉まで。もはや使い古されかえって安易な言葉になってしまったが、「Farm to Table」がこれほどしっくりくる場所もそうそうない。流通に時間を要している都市部の野菜とは明らかに異なる、土の香りを纏った深い味わいがここにはある。
北の峰エリアは、そんな富良野の魅力を存分に味わえる絶好のロケーションだ。富良野盆地を見下ろす高台に位置するこの場所に、「ノゾホテル」という興味深い宿泊施設がある。富良野の街の様々なスポットやイベントと連携して、街の魅力を伝え、国内外から多くの人を呼び込むことに力を注いでいる。









ノゾホテルの魅力は、決して派手さや豪華さではない。シンプルで機能的にまとめられた客室、北海道らしい明るい木材を基調としたインテリア。レストランやバー、スパにジム、すべての施設が北海道に生息する木の名前に由来する。ホテル名の「ノゾ」は「ノゾミ」から。そして何より、「コレクト・モーメント」というコンセプトが素晴らしい。アウトドアアクティビティに興じるもよし、グルメ散策に出かけるもよし、テラスでのんびり過ごすもよし。
ホテル内のスギスパも見逃せない。自然光が注ぐ大浴場にはサウナと水風呂が完備され、一日中アクティビティに汗を流した後、この静寂に包まれた空間で身体を癒す時間は、贅沢に心身を癒してくれる。
レストランでは、地元の食材を活かしたインターナショナルな料理が楽しめる。興味深いのは、先述のドメーヌレゾンのワインも昨年あたりから提供されるようになったことだ。ベーカリーではブランジェリーラフィーのパンが毎朝焼きたてで提供され、その香りだけで一日の始まりが特別なものになる。
富良野の別の顔を垣間見たければ、夜の街を少し歩いてみるのも面白い。富良野駅周辺には意外と飲み屋が多く、観光地の表の顔とは異なる地元の人々の息づかいが感じられる。「侘助」のように静かに和食を楽しめる店もあれば、「まさ屋」のように鉄板を囲んで賑やかに過ごす店もあり、富良野の奥行きの深さを実感する。





そして、富良野をもっと深く知りたければ、自分の足で歩いてみるのが一番だ。そんな富良野の魅力を、否応なく全身で感じさせてくれるのが「富良野ウルトラウォーキング」だ。実は今年がその第一回であり、ノゾホテルでも参加者限定のスペシャル宿泊プランが用意され、私も思い切って参加した。
十勝岳連峰を遠望しながら、田園風景の中を自分のペースで進む全行程65km。順位やタイムを競うレースではなく、富良野という土地と向き合い、その息遣いを感じるための旅のようなものだ。とはいえ、その行程は単純ではない。結局、自分自身と静かに向き合う、孤独で厳しい戦いが待っている。
スタートは朝8時、旭川。そもそも、旭川空港から車で約1時間かけて富良野へ向かったのが、そのおよそ12時間前だ。1時間といっても、信号がほとんどない道をひたすら走る北海道のスケール感は、東京のそれとはまるで異なる。65kmという距離は、東京の港区から静岡の三島に至るほどの長さであり、それを歩き切るというのは並大抵のことではない。







遠くに噴煙を上げる十勝岳を眺めながら、延々と続く田畑の中を進む道。途中、設けられた3か所のエイドステーションでは、この土地ならではのカレーやカステラが振る舞われ、参加者同士や運営の方々とささやかな交流を楽しむ。木々の瑞々しい香り、鳥や虫の声、水のせせらぎが全身を包み、肉体の疲労とは裏腹に、意識はしだいに無へと沈んでいく。自然の中に身を浸すことで、余計な思考が洗い流され、頭の中が不思議なほど静かになっていく感覚があった。
終盤、通称「ジェットコースター道」と呼ばれる激しいアップダウンの連続に体力を削られ、50km地点で完歩を断念したものの、その過程で得た充足感は言葉に尽くしがたい。道中、土や木、風、水、陽といった富良野のすべてを全身で受け止めながら、生命の確かさを思い知らされた。
ゴールにたどり着けなかったとはいえ、その後、ノゾホテルのスギスパで体をほぐし、シラカバレストランで地元の食材をふんだんに使った料理を存分に味わい、そのまま眠りに落ちた時間は、人間が自然の一部であるという感覚を改めて突きつけられるひとときだった。
富良野を歩くとは、単なる移動でも運動でもない。この土地に抱かれ、打ちのめされながらも、そこにある豊かさに触れる行為なのだと、強く感じた。9月には富良野トレイルラン2025も開催されるようなので、ぜひ参加されてみてはいかがだろうか。
富良野は、いま確実に観光地化の波に洗われている。しかしその根底に流れる、自然との共生という思想は、いつまでも色褪せない。むしろ、世界中から訪れる人々がこの土地の本質的な魅力に触れることで、文化的交流が生まれ、富良野の新たな魅力が発見されていくのかもしれない。
富良野は、決して牧歌的なだけの土地ではない。時代の変化に翻弄されながらも、自らのアイデンティティを失わない強さを持った、強かで豊かな土地なのである。
ノゾホテル
住所|北海道富良野市北の峰町14-38
住所|北海道富良野市北の峰町14-38
問い合わせ先
ノゾホテル
Tel.0167-23-1088
https://nozohotel.com/