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2025年4月28日
手の届く本物。ムートン・カデが表現するボルドーワインの伝統と革新
Mouton Cadet|ムートン・カデ
ワインをもっと身近に楽しんでほしい……。1930年、ボルドーの名門シャトー「ムートン・ロスチャイルド」のオーナーであったフィリップ・ド・ロスチャイルド男爵の願いから誕生したのが「Mouton Cadet」(ムートン・カデ)だ。今日では世界で最も知られたボルドーワインブランドとなり、フランス国内のプレミアムワイン部門では、売上本数No.1(2024年調べ)を誇っている。この誉れ高き実績は、カジュアルプライスゆえに実現していることは間違いない。しかし、その秘めたる真価は、意外と知られていないのではないだろうか。
Edit & Text by TSUCHIDA Takashi
バロン・フィリップ・ド・ロスチャイルド社の卓越性とは?
バロン・フィリップ・ド・ロスチャイルド社は、メドック格付け第一級、5大シャトーの一翼であるシャトー・ムートン・ロスチャイルドを擁する偉大なワインカンパニー。その会社が手掛けるカジュアルラインが「ムートン・カデ」だ。“カデ”とはフランス語で「次男(弟)」を意味する。ブランド名には、ロスチャイルド家の次男であったフィリップ男爵自身の姿が重ねられている。
それまでシャトーワインは特別な場所で、特別な人だけが楽しむものであった。そんな常識を打ち破り、高品質なボルドーワインをより多くの人々に届けたいという革新的なビジョンが、ムートン・カデの誕生につながった。今では当たり前のようになった“ブランドワイン”という概念自体、フィリップ男爵が切り開いた新しい道であった。それはおよそ100年に渡る歴史の中で、脈々と受け継がれているビジョンである。
多くの人がムートン・カデを「カジュアルなボルドーワイン」と知っているが、その生産方法は一般的なブランドワインとは一線を画すものである。「他の生産者は『バルクワイン(タンク詰め状態の大量ワイン)を購入して、受け取ったもので最善を尽くす』というアプローチであるが、ムートン・カデは違う」と現在の醸造責任者ジェローム・アギーレ氏は語る。ムートン・カデのワインメーカーたちは、150人にのぼるブドウ契約栽培者と日々密接に連携し、以下3つの重要なポイントに焦点を当てている。
1 畑ごとに異なる土地特有の個性の尊重
2 ブドウの特性と全体的なワインスタイルとの調整
3 ワイン生産者それぞれの個性の尊重
2 ブドウの特性と全体的なワインスタイルとの調整
3 ワイン生産者それぞれの個性の尊重
「私たちは彼らの人生の一部であり、彼らは私たちの一部である」と、アギーレ氏は語る。単なるビジネス上の関係ではなく、ブドウの生育サイクル全体を通じて共に歩むパートナーシップを構築しているのである。
驚くべきことに、ムートン・カデはブドウ契約栽培者に対して、市場価格を上回る対価を支払っている。2024年にはフェアトレードの「Fair for Life」認証も取得。これは単なる慈善ではなく、最高品質のブドウを確保するための戦略的な投資という。
また「フェア・フォー・ライフ」認証により、売上の1%は必ず環境や社会的責任の活動に還元される。財務管理や監査の専門知識まで提供し、契約栽培者が将来にわたり生き残り、繁栄できるよう支援しているのである。今では30年以上にわたって取引している栽培者もあり、「おじいちゃん、息子さん、お孫さんみたいな形で推移を見ていける」と、長期的な関係を築いている。
バロン・フィリップ・ド・ロスチャイルド社のワイン造り
ムートン・カデのワイン造りには、ロスチャイルド家の精神性が受け継がれている。特に強調されるのが「マニュアルインテリジェンス(手作業の知性)」の概念だ。
例えば枝木の剪定(せんてい)は、“インテリジェンスな行為”だとアギーレ氏は表現する。それは単なる機械的な作業ではなく、ブドウ木それぞれの個性を理解し、その負荷能力を見極めながら行う芸術的行為なのである。「人間と同じように、ブドウ木もそれぞれ違う。同じサイズでもモテる人とモテない人がいるように」と彼は説明する。この職人的な栽培アプローチが、農薬使用を減らしながらも高品質なブドウを育てることを可能にしている。
そうした丁寧な栽培をするのだから、醸造もしかるべきアプローチを踏む。それぞれのテロワールに合わせ、最適な醸造をそれぞれの生産者が行う。その丁寧に醸造されたワインをムートン・カデの醸造所に集め、しかるべき貯蔵期間を経てアッサンブラージュ(※)を行うのだから、その作業は感動的なものとなる。アギーレ氏は、こう語る。
※異なるワインをブレンドすることで、酒質を飛躍的に向上させる技術。ボルドーやシャンパーニュでは、この技法が特に発達している。
※異なるワインをブレンドすることで、酒質を飛躍的に向上させる技術。ボルドーやシャンパーニュでは、この技法が特に発達している。
「僕が泣きたくなるほどの一瞬があるんですよね。アッサンブラージュの時こそが自分にとっての感動の一瞬」
アギーレ氏にとって、アッサンブラージュは単なるワインの混ぜ合わせではない。様々な地域から集められた個性を最も高みへと誘う瞬間こそが、ワイン造りの極みなのである。いろいろな人の苦労や時間、それらが一つになる特別な瞬間だと彼は語る。つまり、ムートン・カデとは、No.1の売上実績を出しながらも、毎年ごとに異なる個性と向き合っている。
それは、海洋性気候の影響を受けるボルドーという地域の多様性を一つのボトルに凝縮することに他ならない。粘土質土壌から来る水分保持力と豊かなミネラル感、石灰質土壌からのエレガンスと繊細さ、砂利質土壌からの複雑さとタンニンの構造、これらが見事に調和した味わいを生み出しているのだ。
つまり1,500〜2,000円台という価格帯で、プレステージクラス同様の手の込んだワインを楽しめるというのは、非常に稀有な価値である。カジュアルなパーティやディナーの席で「なにげなく」開けられることの多い「ムートン・カデ」だが、実はその一本一本に、100年近い歴史と、情熱を持ったプロフェッショナルたちの技術が詰まっている。
次に「ムートン・カデ」を手に取るとき、ぜひ造り手たちに、想いを馳せていただきたい。このワインが工業的に粛々と造られたものではなく、ワイン造りの伝統にもとづいた“手の届く本物”であることが感じられるはずだ。
あ
ムートン・カデ4つのコレクション
1 アイコン(クラシック) - リニューアルされた親しみやすいスタイルで、ボルドーのテロワールの多様性を表現
2 フレッシュ - オーガニックとヴィーガン認証を受けた、フレッシュで生き生きとした味わい。新世代のロスチャイルド家が開発に参加
3 プレステージ(レゼルヴ) - より選ばれた区画からの、深みと複雑さを備えたプレミアムライン
4 キュヴェ・ヘリテージ - 創設者バロン・フィリップへのオマージュとして、1950年代のラベルデザインを復刻
2 フレッシュ - オーガニックとヴィーガン認証を受けた、フレッシュで生き生きとした味わい。新世代のロスチャイルド家が開発に参加
3 プレステージ(レゼルヴ) - より選ばれた区画からの、深みと複雑さを備えたプレミアムライン
4 キュヴェ・ヘリテージ - 創設者バロン・フィリップへのオマージュとして、1950年代のラベルデザインを復刻
現在、ムートン・カデは4つのコレクションを展開。それぞれが異なる個性を持ちながらも、一貫した品質とエレガンスを備えている。デカンター誌の評価でも90点以上を獲得するなど、国際的な評価も高い。日本ではエノテカがムートン・カデを輸入販売、系列各店舗にて購入できる。
取材協力|エノテカ