谷川じゅんじ|連載 第4回「IMA CONCEPT STORE」
Lounge
2015年3月2日

谷川じゅんじ|連載 第4回「IMA CONCEPT STORE」

第4回「IMA CONCEPT STORE」(1)

今年3月に誕生した「IMA CONCEPT STORE」。六本木のAXISビルに位置するこの場所は、写真雑誌『IMA』やウェブサイト『IMA ONLINE』を展開するamanaのIMAメディアプロジェクトが、アートフォトを楽しむリアルな場として手がけたもの。もともとAXIS好きなぼくにとって、このビルは東京の定点ポイント。だから「AXISの3階に写真のためのあたらしい施設を作りたい」という依頼を聞いたとき、素直にとてもワクワクした。あそこになにがあったらいいだろう。自分の居場所に飾りたくなる写真、毎日飲める珈琲、こだわりセレクトの書籍、気の利いた小物……。そんな“あったらいいな”をあれこれ妄想。AXISビルファンの自分視点も取り入れながら、みんなで話し合って生まれた「IMA CONCEPT STORE」。この空間に込めた自分の考えや思いを、改めて振り返ってみたいと思う。

Text by TANIGAWA JunjiPhotographs by KOZO TAKAYAMA

アートフォトをもっと身近に

IMAメディアプロジェクトがいま、すごく面白い。アートフォトを軸にしながら、周りにいろいろなアクティビティをまとい、上質なプログラムとして動きはじめて2年。『IMA』は「アートフォトを日常生活のなかで見る」という行為の入り口として、雑誌というカジュアルな形態に。そこから、さらに大きな広がりを見せるウェブに展開した『IMA ONLINE』。アートフォトが、よりみんなの身近なところに近づいてきた。

この流れををどう実体化できるか。「IMA CONCEPT STORE」のコンセプトは「LIVING WITH PHOTOGRAPHY(=写真と暮らす)」。日本人の生活視点になかった価値を提示し、写真と暮らす喜びを多くの人に実体験してもらう場所として、いままでにない仕組みを伴うギャラリーを目指すことになった。

「IMA CONCEPT STORE」は、大きく3つの空間で構成されている。さまざまな写真展を開催するギャラリー。流通が少なく、希少性の高い写真集や小物を集めたブックショップ。こだわりのおいしいコーヒーが飲めるカフェ。

「LIVING WITH PHOTOGRAPHY」とは、単に写真を飾ることではなく、本物の写真と暮らすということ。ここでいう本物とは、エディションを切られた数量限定プリントを指す。限られた人しか出合うことのできない本物を所有する喜び。この世界を少しでも多くの人に知ってもらいたい。でもそのためには「少々遠回りな旅が必要なのかもしれないな」と考えた。一見なんの関係性もないようなギャラリーとブックショップとカフェ。それらを一つの場所に同居させることで、その遠回りを楽しくできるのではないか。ここからアイデアはどんどん広がっていった。

谷川じゅんじ|IMA CONCEPT STORE 02

ギャラリー

谷川じゅんじ|IMA CONCEPT STORE 03

ブックショップ

谷川じゅんじ|IMA CONCEPT STORE 04

カフェ

どんなことでも、はじまりは小さなことからスタートする。まず手はじめは絵葉書かポスター。慣れてくると次に手が伸びるのは写真集。気になる写真集を手に取り、あれこれ眺めるうち、自分の好きな写真のテイストとか、好きなフォトグラファーとか、自分の“好き”がすぅーっとわかる瞬間がやってくる。あたらしい自分の夜明けか知の覚醒か。好みを自覚すると一気に嗜好の世界が広がりだす。作品を中心に据えながらも、自然な空気のなかで、作品とゲストがエンゲージできるような空間性が必要だった。

第4回「IMA CONCEPT STORE」(2)

「写真と暮らす」を形に

ショップの中心となるギャラリーはいわゆる写真展だけでなく、セミナーやトークセッション、あたらしい切り口のワークショップなどマルチパーパスな空間機能が必要とされた。目的から導き出すエクステリアデザイン。設計は、彫刻家として国内外で活躍する、名和晃平さん率いるクリエイティブプラットフォーム「SANDWICH」にお願いした。

谷川じゅんじ|IMA CONCEPT STORE 07

つながり感を担保しつつ空間を隔てるのは、回転可動壁「ラダーウォール」

谷川じゅんじ|IMA CONCEPT STORE 09

壁を転回させることによって空間が一変する

谷川じゅんじ|IMA CONCEPT STORE 10

名和晃平さん Photo: Nobutada OMOTE (SANDWICH)

今回の空間は多彩であり多様性があり多視点でもある。いろいろな側面から状況を類推し、環境を描く必要があった。幾度かディスカッションを重ねて辿り着いたのは、建築的な方法論に縛られない実に自由なレイアウトだった。敷地の斜め対角に沿ってスケールの大きな流れを配置。ギャラリーとブックショップとカフェをゆるやかにゾーニング。目的に応じてさまざまなレイアウトが実現できるように、意匠と機能を両立させた。

つながり感を担保しつつ空間を分けるのは、「ラダーウォール」という回転可動壁。壁を転回させることによって空間が一変する。まるで写真を掛け替えるように変わる空間。「LIVING WITH PHOTOGRAPHY」が美しい混在感をまとい、姿をあらわしはじめていた。

谷川じゅんじ|IMA CONCEPT STORE 13

谷川じゅんじ|IMA CONCEPT STORE 14

空間の重要なアクセントである家具は、目黒にある「COMPLEX UNIVERSAL FURNITURE SUPPLY(コンプレックス ユニバーサル ファーニチャー サプライ)」の木村さんにお願いした。こだわったのはテイストに合わせた素材感とそれぞれの家具の高さ。家にいるような感覚を意識し、場所によってテーブルの高さを微妙に変化させた。

無機質なスケルトンにコントラストを与える暖かな木製家具。固定された什器はなく、ほとんどの家具は移動可能。ゆえにスタイリングは無限。テーマや季節、目的によって変化する。パブリックな場所でありながら、我が家にいるようなくつろぎ感。精神的余白がこれらの組み合わせよって生み出された。

第4回「IMA CONCEPT STORE」(3)

本物にこそ価値がある

成熟した社会のなかで、どんな暮らしを送るか――。物質的に満たされたいま、求められているのは、非物質的な領域の豊かさ。21世紀に入り、あっという間に10分の1のときが流れた。世界は急速に変化し人々の意識も変わってきた。一人ひとりが精神的な充足を考えはじめている。満足できる自分らしい生き方。しかし現実に目を向ければ、まだまだ20世紀型の経済合理性は世界を席巻し、巷を“コストパフォーマンス”が闊歩している。

“コスパ”はもともと製造工場で使われていた専門用語だそうだ。いまでは誰もが口にするようになったコスパ。指標はコスト、つまりオカネである。まだそんなに多くの人生経験をもたない若者が、覚えたての幼子のように「コスパ、コスパ」と連呼する時代。

しかしこれからは、コストで推し量れないものが、生きていくうえでかけがえのない拠り所や満足につながっていく時代になるとぼくは思っている。価値の付加価値が意味を持つ時代。突き詰めれば、本物にこそ価値があるということが、やっと日本にも浸透してきたということ。あれこれ思いを巡らせるうちに、辿り着いたのが「美」という基準だった。

写真雑誌『IMA』vol.2に登場したアートユニット「ネルホル(Nerhol)」の制作風景

「衣食住遊知見美(いしょくじゅうちけんび)」のなかにある狭義の「美」というよりは、それらすべてに通じる広い意味での「美」。美しいという感覚。美しいと信じることのできる知見。美意識が物事の是非を決める時代。ある方が「美とは教養である」という話をされていた。

「いろいろなことを知らないと、美しいということ自体言えなくなってしまうよね」と。「いま『これは美しい』と感じる美の基準が、『みんなが美しいと言っているから』になってしまっている人があまりにも多い。だれも振り向かないものを見て、『自分はこれが美しいと思う』と言い切れる自信はなにから生まれるのか」と。そして答えはこうだった。「美とは教養である」と。なるほどそうきたか。美しいものを自分の価値観で美しいと言いきれる教養がほしい。自然と毅然と平然と人と違うことも言い切れる美意識。美しいを愛でて生きるのだ。

はじめてなのに懐かしい。体験が呼び起こすDNAに織り込まれた記憶。人は肉体という空間に魂を伴って生きる。写真という価値が持つエネルギーと、自分の波長を重ね合わせたとき、「写真と暮らす」を実感する。「LIVING WITH PHOTOGRAPHY」が溢れる場所。「IMA CONCEPT STORE」はそんな思いの詰まった場所なのだ。

谷川じゅんじ|IMA CONCEPT STORE 19

IMA CONCEPT STORE
営業時間|11:00~22:00
定休日|なし ※夏季休業、年末年始休業はのぞく
東京都港区六本木5-17-1 AXISビル3F
http:// imaconceptstore.jp

           
Photo Gallery