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2025年3月19日
線と色彩が織りなす人間の物語——フランス国家功労勲章騎士のアーティスト、ホム・グエン氏 来日インタビュー
Presented by FRANCK MULLERART|ホム・グエン
人間の顔や表情を独自の線と色彩で表現するフランス人アーティスト、ホム・グエンが初来日し、個展「Hom Nguyen exhibition "Human"」を東京・南青山で開催中。鋭い線と重なり合う曲線が生み出す肖像画は、近くでは抽象的な線の集合体だが、数メートル離れると人間の顔が浮かび上がる独特の手法で世界的に注目を集めている。
Text by YAMAGUCHI Koichi
線の軌跡が紡ぐ人間の本質
フランス国家功労勲章騎士を受賞するなど、輝かしい経歴を持つホム・グエンさん。最近ではフランク・ミュラーとのコラボレーションウォッチを発売。さらにフランスの伝説的シャンソンシンガー、シャルル・アズナブール生誕100周年記念のフランス郵便局コレクターズ切手を手掛けるなど、活躍の場を広げている。
ベトナム系の両親のもと、1972年にパリで生を受けた彼は、子どもの頃から絵を描くことが好きだったという。
「5、6歳の頃から、すでに知らない人の肖像画を描いていました。年配の人や若い人など、さまざまな顔を描いていました。どこにいても絵を描き続けていましたね。紙の上はもちろん、学校の机の上や教室のあちらこちらにも」
そんな彼にとって創作のインスピレーションは「人間」そのものだ。
「私のインスピレーションは間違いなく存在していて、それは『人間』からきています。人の存在、そして私たちが生きているこの世界から。私は昔から人間そのものに惹かれてきました。私たちは何者なのか、どういう存在なのか、そういった問いをずっと抱えてきました」
彼の描く人物像は、必ずしも実在の人間をモデルにしているわけではない。日常の中に潜む形や模様から着想を得ることも多いという。
「描く人物たちは時に架空の存在です。存在しない顔を描くことが多いですが、時には実在する人もいます。身の回りのもの、メガネ越しの景色やズボンのシワの中に顔を見つけ、そこからインスピレーションを得ることもあります。でもほとんどの場合は実在しない人物たちです」
ホム・グエンさんの作品には、人間の存在や生命の軌跡が深く刻まれている。彼の描く肖像画は単なる外見の再現ではなく、人間の本質を探求するものだ。
「"人間"というテーマでは、ひとつの人生の軌跡、いくつもの人生、そしていくつもの世界が交差しています。そこには常にポジティブなメッセージを込めています。私の作品は、人間の存在そのものへの敬意と希望の証なのです」
大統領との偶然の出会いから国家功労勲章へ
ホム・グエンさんの作品の特徴は、その制作過程にある。彼は作品に向き合う前から、すでに創作が始まっていると語る。
「最も特別な瞬間は、真っ白なキャンバスの前に立つ時です。アトリエに入った瞬間から、私はすでにこれから作る作品のことを夢見ています。実際に手を動かしているときにプロセスが始まるのではなく、その前から全てが始まっています。まず頭の中で思い描き、夢を見てから、それが紙やキャンバスの上に現れます」
そんな彼のキャリアにとって大きな転機となったのが、2016年、パリアートフェアにて当時のフランソワ・オランド大統領と出会ったことだった。
「すべてはまったくの偶然でした。本当に自分でも予想していなかったことです。当時のフランス共和国大統領、フランソワ・オランド氏とお会いする機会をいただきました。でもそれも計画されたものではなく、まったくコントロールできない出来事でした」
大統領との対話は15分ほど続き、その後大統領がTwitterで彼の作品について投稿したことで、ホム・グエンさんの名前が一気に広まった。
「作品を近くで見ると、ただの線の集合体に見えます。でも2〜3メートルほど後ろに下がると、線が集まり、顔が浮かび上がります。私の作品の見方はまさにその距離感にあります。その時、大統領にもこう説明しました。『近くで見ると軌跡、遠くから見ると顔。それが私の作品です』」
2021年には、フランス国家功労勲章騎士を受賞。この受賞について彼は深い感慨を語る。
「その出来事はとても感動的な瞬間でした。私にとって、この勲章はただの名誉ではなく、私自身、そして両親の人生が込められた特別なものなのです。私の両親は戦争中にベトナムからフランスへ移住しました。だからこそ、この勲章は私だけのものではなく、亡くなった両親、特に母に捧げたいものなのです。この勲章を受け取った時、まるでオリンピックの金メダルをもらったかのような気持ちでした」
フランク ミュラーとの夢のコラボレーション
2023年には、高級時計ブランド「フランク ミュラー」とのコラボレーションという夢が実現した。若い頃から憧れていたブランドとのタッグは、25年越しの願いだったという。
「僕が20歳の頃の話です。僕は時計に夢中でした。でも、お金はまったくありませんでした。僕の夢はフランク・ミュラーの時計を持つことでした」
若かりしホム・グエンさんは、オークションサイトで見つけたフランク・ミュラーの時計を手に入れるも、生活が苦しくなりピザ屋のシェフと時計を物々交換することに。それから25年後、フランク・ミュラーの本社から電話がかかってきて、コラボレーションの話が持ち上がった。
「このコラボレーションは、僕のアートの世界と時計の世界、まったく違う2つの世界の融合なのです。」



コラボレーションウォッチのデザインにあたり、ホム・グエンさんが最も大切にしたのは「色」と「不規則な動き」だという。彼の作品が年々カラフルになっていった変遷とその理由を語る。
「最初に絵を描き始めた頃は、モノクロの作品ばかりでした。でもここ数年、色の世界にどんどん引き込まれていきました。今では色彩の喜びや生きる楽しさを感じながら、その瞬間を色で表現しています。だから、僕にとってこのコラボレーションの最初のテーマは『色』なんです」
そして、もう一つ大切にしたのは、フランク・ミュラーの特徴的な「クレイジー・アワーズ」の機構。彼はこの独特な時計の動きに、自分自身の生き方を重ね合わせるという。



「針が、普通の時計の順番通りじゃなく、不規則に動く仕組み。僕はこの動きが大好きです。なぜなら、これは僕自身の人生そのものだから。僕は予定を立てるのが苦手で、何もメモを取りません。思いついた瞬間に行動するタイプ。だから、この少し狂った時間の流れに、僕の生き方やエネルギーを感じるんです」
日本への敬意と初個展への思い
ホム・グエンさんにとって、日本は特別な意味を持つ国だ。彼の日本との関わりは20年ほど前に遡る。
「日本という国に対して、心から深い敬意を抱いています。今から20年ほど前、私はひとりで日本を訪れました。当時、私はタトゥーを学んでおり、東京にいる名だたる彫師たちの仕事をこの目で見るために来日しました。彼らの技術は今とはまったく異なり、タトゥーマシン(ガン)ではなく、一本の針だけで彫る伝統的な手法が用いられていました。私にとって、その職人技に触れることは非常に重要な体験でした」
その後、彼のキャリアは靴づくりへと展開していく。
「私のキャリアの始まりは、実は靴づくりでした。ベルルッティやクロケット&ジョーンズといった名門メゾンで仕事をしながら、靴に絵を描くことに魅了されるようになりました。そして次第に、革の上に絵を描くのではなく、タトゥーを彫るようにインクを染み込ませる技法に挑戦するようになったのです。その技術を極めるために、私は再び日本に戻りたいと思いました」
今回の個展「Hom Nguyen exhibition "Human"」では、現地フランスにて描き下ろした最新のペインティングやドローイングの原画、スケートデッキ作品の展示販売に加え、「フランク ミュラー」とのコラボレーションウォッチの特別展示(※現在は終了)も行われている。展示される「Human」シリーズは、人間の存在や生命に対する彼の思想が凝縮された作品群だ。
今回の作品が設置される南青山の商業ビル「1/1 4172(ワン 4172)」は、不動産再生のリーディングカンパニーであるサンフロンティア不動産と、ストリートカルチャーを軸としたファッションを手掛けるビーズインターナショナルが共同で手掛ける不動産×アートの融合プロジェクト。ホム・グエンさんの代表的な作品「Human」が外壁に施され、青山の街を彩るアイコンとなる。
「すべての作品には色の爆発が込められています。ここでは、オレンジを基調に、赤やボルドーなどの色調が重なり合い、無数の線の軌跡が描かれています。それはまさに、人間の人生の軌跡そのものです。作品のタイトルである『Human』は、そうした人生の流れや感情を象徴しています」
「日本の東京での展覧会を開催できることを大変嬉しく、光栄に思います。『Human』と題したこのイベントは、私たちの経験の豊かさと多様性を称える機会となるでしょう。いつも私にインスピレーションを与えてくれる日本文化にとても感謝しています。私の作品を通じて、日本の伝統が持つ美しさと奥深さを際立たせながら、人と人を結ぶ『絆』を探したいと考えています」
Hom Nguyen exhibition "Human"
期間|~3月30日(日)
時間|12:00~18:00 ※最終日は17:00まで
※事前予約制 予約は下記サイト内リンクから(来場希望日の前日18時までにご予約ください)
会場|1/1 4172
東京都港区南青山4-17-2
入場料|無料
期間|~3月30日(日)
時間|12:00~18:00 ※最終日は17:00まで
※事前予約制 予約は下記サイト内リンクから(来場希望日の前日18時までにご予約ください)
会場|1/1 4172
東京都港区南青山4-17-2
入場料|無料
問い合わせ先
ONE IS ART
https://oneisart.com/