塚田有一│みどりの触知学 第5回:温室について
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2015年5月29日

塚田有一│みどりの触知学 第5回:温室について

塚田有一│みどりの触知学

第5回:温室について

温室。そこはいつも異国の香りに満ちていた。
足を踏み入れた途端、みどりの波にくるまれる。植物の濃密な息づかい。水があって、鳥や蝶が飛んでいて、猿や小動物の啼き声でも響いていたら、ここは楽園かと錯覚するかもしれない。

文と写真=塚田有一(有限会社 温室 代表)

「ここではないどこか」への憧れが温室を生んだ

「大航海時代」と呼ばれた時代の終わりごろに、温室の原形である「オランジェリー」が生まれた。そもそも冬の間、寒さから柑橘類を守るための囲いが「オランジェリー」のはじまりであり、やがて暖かい日だまりをもつその室には人々が集うようにもなっていった。冬の厳しい欧州で、濃い緑の葉叢にひときわ光るオレンジやレモンなどの柑橘類は、まさに太陽や火のシンボルであった。

日本でもふいご祭りのみかん、冬至の柚子、お正月の橙(だいだい)など、冬にはやはり暖かい色彩のこの果実にいろんな意味を象徴させてきた。洋の東西を問わず、あたたかな春を待ち望む気持ちは変わらない。そして、太陽の力がもっとも弱まる冬至に、太陽の復活を願う気持ちもかわらない。

オランジェリーは産業革命などを経て鉄骨やガラスによる建築が可能になると、巨大な温室(パームツリーハウス)となっていく。大航海時代後期に誕生した博物学ブームは、さまざまな植物を巨大な温室に集めさせた。

温室にはやはり、エデンの園やユートピア、桃源郷などへも通じる楽園幻想が感じられる。そして博物趣味は、いまだ見ぬ世界への知の欲求、知の冒険魂そのものだった。「ここではないどこか」への憧れが温室を生んだといってもいいのかもしれない。

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日本の「森」と「温室」をサスティナブルというテーマでどう繋げよう

1月30日(金)より、グリーンのデザイン監修をさせてもらっている“BMW Studio ONE”が神宮前にオープンしている。2月28日(日)までの1ヵ月の間、みどり溢れる温室で「BMWグランツーリスモ」のニューモデルが展示される。サスティナブルをテーマとしてトークショーやマルシェが開かれたり、温室内のオーガニックなカフェで寛ぐこともできる。

クライアントからの要望は「森」をつくってほしいということだった。あくまで日本の森で、ジャングルではないという。しかし、日本の森の樹は温室には向かない。課題は、日本の森の雰囲気をいわゆる観葉植物でどう演出するかということだった。日本の「森」と「温室」をサスティナブルというテーマでどう繋げよう。しかも都心のまっただなかで。BMWさんが描く未来への青写真とは――

グリーンの監修をするなかで「現代の温室の役割」とはなんだろうと、改めて考えることになった。

「温室」の現代的な役割のひとつは、生命の「多様性」と「尊厳」を教えてくれるということだろう。異国の植物たちの多様さ、自国の植物との違いに目を見張り、世界の広さ、進化の不思議を実感する。その風土ならではの生物や人とのかかわりがある。遠い何処かで生きる人々、生活、文化などなど想像をめぐらせる楽しみがある。いろんな生き物が、この地球上でそれぞれの生を営み、この天体に乗って宇宙を飛んでいる。多様な生命が生き生きと共生している。

植物の名前ひとつから「知的冒険」ははじまり、人と植物のかかわりを一歩深めて知ることは、生物の「命の尊厳」を感じることにもなる。薬としての植物、素材、原料としての植物、食といういのちのみなもととしての植物、色の元としての植物、品種改良や工芸などの技術、植物の構造的な凄さ、祈りの対象としての植物のことなどなど。そもそも植物は何億年も前から酸素を供給してくれているわけだ。どのくらい僕たちに恵をもたらしてくれているのか、ちょっと想像を超えてしまっている。人の知恵が及ばない秘密をまだまだたくさんもっているのだろう。

食べる、飾る、活ける、香りを嗅ぐ、育てる、葉ずれの音を聴く、などなど。植物のこと、もう一歩踏み込んで身体を通して知ることは、他の生命の尊厳を感じることにもなるはずだ。

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「何処か」への憧れを抱かせる場所は都市には必要なのだ

里山での暮らしでは、獲り過ぎてしまったり、独占しようとしたりすることはタブーだった。そんなことをしたら、未来へ受け継ぐべき自然の恵が絶えてしまうということをよく知っていた。狩猟や漁、採集、稲作や畑作でも無理はきかない。そこには「旬の思想」があった。道具をつくるための樹は何時切るのがいいとか、種子を蒔いたり、収穫するには月齢はこのころがいいとか伝承されていたのだ。旬の時期に採ることで、たとえば道具や建材を長持ちさせる。また加工もしやすかったり、香りも高かったりするわけだ。まさに「サスティナブル」。自然には無駄がないこと。使う側が敬意をもって、むしろ合理的な自然のありように寄り添っていたといえるのではないか。

「温室」はどこか南方楽園幻想を抱かせ、そこには懐かしさと憧れが同時にある。「何処か」への憧れを抱かせる場所は都市には必要なのだという気がする。寒い冬、日だまりと植物の香りに満ちた温室は、都市において人々が集う新たな息吹の場所になるだろう。ここでもみどりは縁を生み、そして結び、憧れをそこに包み込んで人の世界を照射する。

僕の会社名は因みに「温室」。

今回の仕事を通して「事後的に」会社の名を「温室」とした意味がわかったような気がする。「温室」のように、心地よく冒険心に溢れた、生き生きとした場所(庭、屋内のグリーン、結婚式の装飾、生け花、ワークショップの場など)づくりをしていきたいと思う。そこでは古今と東西がいつも有機的に結び合っていてほしい。


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