INTERVIEW|映画『そして父になる』是枝裕和監督インタビュー
INTERVIEW|赤ちゃん取り違え事件を題材にした衝撃作
映画『そして父になる』是枝裕和監督インタビュー(1)
いまや、現代を代表する日本人監督となった是枝裕和監督。カンヌ国際映画祭でも話題を集めた『誰も知らない』ほか、『幻の光』『ワンダフルライフ』『歩いても 歩いても』など、発表する作品がすべて国内外で注目の的となっている。第66回カンヌ国際映画祭で審査員賞を受賞した新作『そして父になる』では、赤ちゃん取り違え事件を題材に、父性の本質に迫っていく。作品に込めた想いとは。是枝監督に聞いた。
Photographs (portrait) by JAMANDFIXText by MAKIGUCHI June
ディテールがすべて
――作品を観ていて、父性と母性の違いが、タイトルに現れていると感じました。母親は出産を経て自然に母性を目覚めさせます。そんな母と父親との間に温度差のようなものを感じていらっしゃるのでしょうか。
母親の場合は、“そして”がいらないんですよね。うちの場合は、子供が生まれた瞬間に嫁さんが別の生き物に変化したような気がしたんです。急に強くなったような。「そうか、そんな風に人って変わるんだ」と思ったほどでした。でも、それほどには自分は変わったという実感もないし、実際に変わっていない。
それは性差なのか、10カ月という時間を抱えた人とそうじゃない人との差なのだろうか、ほかのなにかだろうかと考えたんです。しかも、子供が小さいときは、父と母では日々の密着度が違う。だから子供は母親がいないとまったくダメだけれど、父親は必要とされることがあまりない。そこで自分の存在意義みたいなもの、果たして必要とされているのか、必要とされるためにはどうしたらいいのかを考えたんです。
――物語の中では、とり違えが分かったときに、福山さん演じる父親が、「やっぱりそうか」とつぶやきます。自分と似ていない部分があり、それをおかしいと思いつづけていた本音がつい口にでてしまいますね。
父親って似ていることに拠り所を求めるんです。自分との繋がりを見ると安心なんですね。一度、子供が自分に似ているなと思って嫁さんに話したんですが、それが嬉しそうだったようで、「似てると嬉しいんだ」と不思議そうに言われたんです。そこで、女性にとっては似ているかどうかってどうでもいいんだと思った。うちは女の子ですが、男の子だと、父親はどうしても自分の子供時代と比べると聞いたことがあるんです。
特に福山さんが演じた野々宮のように優秀な人は、「自分がこの歳だったらこれができたのに、なんでお前はできないんだ」と思うと。特にこういうタイプは、良くない部分は妻に似たんだと思うんですよね(笑)。普段そう思っていることが、ふっと出るのがリアルだなと思って。
――取り違えは不幸な事件ですが、これがなかったら、主人公は子供と向き合うことなく一生を終えたのかもしれませんね。
もしかすると、そういう人の方が多いかもしれないですね。取り返しのつかない事件であることは間違いないんだけれど、それをきっかけにして、改めて父親が父親性を獲得していくという話になればいいなと思っていました。
――時間の経過と共に、誰が誰を選ぶのかというより、大人がどうのように子供に接しているかという違いが気になりはじめます。
どっちを選ぶのかというのは入り口でしかないので、その向こうに家族ってなんだろうとか、父親の在り方が子供にどのような影響を与えるんだろうとか、むしろそういうものが観た人の中で立ち上がってきてほしかったんです。
――是枝監督は、ディテールで個性を生み出していく作風をお持ちですね。今回は、どんな空気感を目指して、細部を積み上げていったのでしょうか。
ディテールがすべてなんです。特に、こういう大事件が起きて、どっちの子供を選ぶんだということが縦軸にあると、そこだけに目が行きがちになる。すると観ている人は前のめりになってしまうんです。そうならないためには、それぞれの家族のディテールを、その物語の進行に丁寧に積み重ねていき、事件よりは二組の家族がちゃんと浮上して見えてこないと浅いモノになるなと思ったんで、そこはこだわって一番時間をかけましたね。
リリーさん演じる斎木の家は、時間、人間関係などいろいろなものが家の中に積み重なっている。仏壇があって、もういなくなった犬の小屋が残っていて、テレビの横にはまだ片づけられていないお正月飾りがあって、おじいちゃんがいて、兄弟がいて、近所の人も来る。家が時間の積み重ねと人間関係でできているようにしました。対する野々宮の家は、その積み重ねを全部排除しています。核家族だし、兄弟はいないし、親戚は来ないし、来ると嫌な顔する。でも、東京ではきっとそういう家の方が多いんですよね。極力、不自然のない程度に子供の絵を貼るようなこともやめて、そういう匂いを消していきました。
INTERVIEW|赤ちゃん取り違え事件を題材にした衝撃作
映画『そして父になる』是枝裕和監督インタビュー(2)
正反対の父親像
――本作では、正反対の父親像が提示されていますね。
リリーさんが演じた父親の在り方は、野々宮のような人が、自分の血を分けた子供がどんな父に育てられたら嫌だと思うだろうか、と考えて導き出しました。野々宮が両方の子供を引き取るという傲慢な考えに至るので、そういう相手にしようと思ったんです。まずは野々宮からすれば軽蔑の対象であるという人物にしたいと。でも段々、斎木の方が父親としては自分より上だと感じるようになり、嫉妬し、その結果どんどん孤立していく。そんな追いつめられていく男を演じる、福山さんを見てみたいと考えました。
――監督の映画では、歩くシーンが印象的です。本作もそうですが、『誰も知らない』『歩いても 歩いても』『奇跡』など登場人物がよく歩きますね。歩くことで強まることがあるのでしょうか。
なんでしょうかね。でも、いま名前が挙がった作品は、確かに歩く姿をちゃんと撮ろうと思ったんですよ。人の歩きをどう撮るかということは考えています。誰とどう歩くか。『誰も知らない』なんかは、おなじ階段を誰かと登ったり、ひとりで降りたり、組み合わせを変えて撮っている。『歩いても 歩いても』でも、おなじ坂を何度も人を変えて行き来させている。そういうのは好きです。それは、成瀬巳喜男監督が人の歩きを撮るのがすごく上手で、それを参考にしているんですよね。歩いて立ち止まって振り返る。古典的な日本映画にある、役者をどう歩かせて、どう立ち止まらせるかということを、結構がんばってやっているんです。
――それはビジュアル的なものだけでなく、歩く、立ち止まる、振り返る、つまずく、そしてまた歩きだすということが、人生を思わせるせいもあるのでしょうか。
そういうことを読み取るのを面白いかもしれない。でも、それよりなにより、歩き方っていろいろなものが出るんですよね。今回も、それぞれの個性が出て面白かった。福山さんの子供役・慶多の後ろ姿はとても良かった。入学式に向かう桜並木のシーンでは、歩幅を狭く子供をちょこちょこ追いかけていくリリーさんがとてもいい。ああいうところに出てくる個性の違いみたいなものが好きなんです。そういう細かいことの積み重ねが、キャラクターの人間性を強調していき、観客の心に刻まれていくんじゃないかと思いますね。
今年5月に開催されたカンヌ国際映画祭での上映会では、終演後、スタンディングオベーションが約10分間も続いた『そして父になる』。文化、性差、言語、そして子供を持つ、持たないといった違いを乗り越えて、多くの人びとの心に響いたということだろう。本作では、“父性”というテーマ、さらには人と関わるとはどういうことかを観る者に問いかけてくる。真に普遍的、かつ永遠な問いに、あなたの心はどのように反応するだろうか。
是枝裕和|KOREEDA Hirokazu
1962年、東京生まれ。早稲田大学卒業後、テレビマンユニオンに参加。おもなテレビ作品にATP賞優秀賞を受賞した『もう一つの教育~伊那小学校春組の記録~』(1991年/CX)、放送文化基金賞を受賞した『記憶が失われた時…』(1996年/NHK)など。1995年、初監督した映画『幻の光』が第52回ベネチア国際映画祭でオゼッラ賞を受賞。その後も『ワンダフルライフ』(1998年)や『誰も知らない』(2004年)、『歩いても 歩いても』(2008年)など、話題作を次々に発表。そして2009年、『空気人形』がカンヌ国際映画祭の「ある視点」部門に出品され、絶賛される。本作『そして父になる』は、カンヌ国際映画祭の長編部門に出品され、審査員賞を受賞した。
『そして父になる』
9月24日(火)~27(金)全国先行ロードショー
9月28日(土)新宿ピカデリーほか全国ロードショー
監督・脚本・編集|是枝裕和
出演|福山雅治、尾野真千子、真木よう子、リリー・フランキー、風吹ジュン、國村準、樹木希林、夏八木勲
配給|ギャガ
2013年/日本/121分
http://soshitechichininaru.gaga.ne.jp/
© 2013『そして父になる』製作委員会