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2025年1月31日
充電インフラで新産業に挑む - テラチャージが描く「ジャパン・アズ・ナンバーワン」への道
Terra Charge|テラチャージ
EVの普及を取り巻く環境が厳しさを増している。フォルクスワーゲンがEV需要の伸び悩みによるコスト削減で工場封鎖を検討、ボルボは2030年までにすべての車種をEV化する目標を撤回、GMは大型EVの生産を延期、トヨタは2026年のEVの世界販売計画を100万台に縮小することを発表するなど、主要メーカーが相次いで事業計画の見直しを余儀なくされている。
そもそもEVはエンジン車に対して車両価格が高く、充電インフラが不十分で、航続距離も短いという「三重苦」を抱えている。この三重苦の一つである充電インフラの整備に取り組むテラチャージの執行役員・神本龍氏に、EVインフラ事業の展望を聞いた。
そもそもEVはエンジン車に対して車両価格が高く、充電インフラが不十分で、航続距離も短いという「三重苦」を抱えている。この三重苦の一つである充電インフラの整備に取り組むテラチャージの執行役員・神本龍氏に、EVインフラ事業の展望を聞いた。
Text by YAMAGUCHI Koichi
「電源と場所」で築く新産業
充電インフラ事業の収益性については業界内でも懐疑的な見方が少なくない。充電には時間がかかる一方で売電の電気料金が安く、ビジネスとして成立させることが難しいという指摘もある。これに対して神本氏は、事業の構造改革で収益性を確保できると説く。
「私たちのビジネスモデルは、電力会社から仕入れて利益を上乗せして売るという構造ですが、電力自由化で様々なプランが登場しています。電力会社とパートナーシップを組みながら仕入れコストを低減させ、マンション、自治体、商業施設など多様なロケーションで充電スポットを展開していけば、事業として十分成立すると考えています」
テラチャージは、マンション、ホテル、商業施設など、多様な場所に充電設備を展開する充電インフラ事業者だ。大学卒業後、小売業向けデジタルマーケティングのスタートアップで活躍した神本氏は、現在、国内営業統括として充電スポットの開発を手掛ける。
「ニーズが見込める場所に自社の自動販売機を設置していくようなイメージです」と神本氏は事業モデルを説明する。「EVの国内普及率はまだ2、3%ですが、普及率が上がっていけば、スポットの稼働率も二次関数的に伸びていき、収益が伸びていくと考えています」
競合他社と一線を画す同社の特徴は、マンション向けの基礎充電、商業施設向けの経路充電、そしてホテルや空港などに向けた目的地充電という3つの主要な設置カテゴリーすべてを手掛けている点だ。
「マンション用の充電器は自社で開発・製造し、急速充電器やホテル向けの普通充電器はパートナー企業のOEMで展開しています」
設置場所の開拓には地道な営業活動が欠かせず、それがテラチャージの強みになっていると、神本氏は力説する。
「例えば分譲マンションに設置するには、管理会社への説明だけでなく、理事会に足繁く通い、何度も粘り強く説明するなど、かなりの労力が必要です。こうした地道な活動に100名以上のスタッフを投入できるのが我が社の強みのひとつです」
現状、設備導入には国の補助金も活用しつつ、同社負担での無料設置プランも提供している。「普通充電器だとマンションに設置する場合、充電器含めて50万円ぐらい。ホテルなどに設置する場合は100万円ぐらいかかります。補助金だけでは賄えない部分は弊社が負担しています」。
EVシフトの潮目を見据えて
EVの普及が想定より遅れているなか、同社は充電インフラへの投資を加速させている。その狙いは、業界の覇権を握ることにあるという。
「例えば『東京ステーションホテル』とパーキングに充電スポットを設置する契約を結んでおり、今後このホテルの充電インフラは私たちが手掛けていきます。電源と場所が確保できれば、QRコード決済のように他社が後から参入できる領域はないんです」と神本氏は語る。テラチャージがインフラへの投資を加速させている理由はそこにある。
「中国、ヨーロッパ、アメリカの充電インフラ市場は、少数の企業が覇権を握っています。日本でも現在10社ほどが参入していますが、莫大な先行投資が必要で、スタートアップが簡単に参入できる市場ではありません。私たちの強みは、マンション、商業施設、自治体など、様々な市場で急速充電から普通充電まで、すべての領域をカバーできる唯一の企業であることです」
この市場特性を見据えた戦略の背景には、自動車産業の構造変化に対する展望がある。「EV市場では中国のBYDとテスラしか業績が伸びていない状況のなか、日本メーカーも必ず魅力的なEVを作っていかなければならない。実際、トヨタ、ホンダなど日本の主要メーカーは今後数年間で複数の新型EVモデルを投入する計画を発表しています。これらの計画が実を結び始める2027年あたりから潮目が変わると言われています」と神本氏。
その根拠として、日本の自動車市場における興味深い現象を指摘する。輸入車に限ればEV比率が10%を超えており、これは車種の豊富さが大きく影響しているという。
「トヨタやホンダがちゃんとEVのラインナップを拡充すれば、ユーザーにとって魅力的な選択肢が広がっていく。そうなれば環境問題とは別の観点からも普及が進むはずです」
潮目の変化を見据え、同社はインフラ整備を加速させながら、並行してEV普及への取り組みを進めている。例えば、充電設備を設置したマンションでは、その利点を最大限に活かすため、ヒョンデをはじめカーメーカーやカーディーラーと提携して販売促進を展開。購入者向けの1年間充電無料キャンペーンなど、具体的な施策も始まっている。
積極投資を続ける同社の数値目標は野心的だ。2027年までに10万口という充電設備の設置目標は、経済産業省が掲げる2030年までの全国30万口という目標の3分の1を占める。神本氏は「現在は受注ベースで2万5000口まで来ており、そのうち1万口以上がすでに設置済みです」と進捗を説明する。
さらに、充電インフラ網の拡大は、新たなビジネスチャンスも生み出す。急速充電でも最低10分、普通充電ではさらに長い時間、利用者がその場所に滞在することになる。神本氏はこの特性を活かし、充電スポットを「人が集まる場所」として捉え直す。広告事業をはじめとする新たな収益モデルの可能性が、そこには広がっているという。
タイ・インドネシアで描く成長戦略
海外展開にも積極的だ。特にタイとインドネシアに注力している。「例えばインドネシアは、EVの普及率が23年は1%だったのが、24年は10%に跳ね上がっています。売電収益は日本よりもはるかに大きいです」。
ただし、展開方法は日本とは異なる。「日本は補助金も活用して積極的に無料設置を進めていますが、すでにEVが普及しているタイとインドネシアでは補助金が期待できません。そのため設置のペースは日本より遅いものの、より充電に対するニーズが高い場所に効率的に設置することを進めています」
両国での戦略も、日本と同様に優良な立地の確保が基軸となる。「タイとインドネシアでは、マンションやホテルなど、いい場所をとにかく抑えていくことで、それぞれの国でナンバーワンを目指しています」と神本氏は意気込む。特にマンション(コンドミニアム)での基礎充電の整備を重視しており、各国の住環境に合わせた展開を進めているという。
同社が充電インフラ事業に取り組む背景には、より大きな視座がある。「世の中が変わるときには、今までのものが変わるわけです。私たちはその変わるきっかけと、後押しをしたい。それを日本だけでなく、グローバルで実現したい」と神本氏は力を込める。
「三重苦と言われる課題に対して、車両価格と航続距離はメーカーが必ず改善してくれる。インフラはメーカーが専売でできない部分です。むしろ、私自身は難しいと言われることにチャレンジすることに意味があると考えています」
エネルギーマネジメントの未来へ
充電技術の進化も著しい。バッテリー交換式を実用化する中国メーカーが現れ、非接触充電による走行中充電なども研究されている。こうした技術革新によって、現在の充電設備が陳腐化するリスクについて尋ねると、神本氏は意外にも楽観的な見方を示す。
「現在の充電方式が変わっても、私たちは電源と場所を確保しているので、白熱灯をLED電球に替えるように、柔軟かつ迅速に新たなサービスをお客様に提供できます。むしろ重要なのは、新しい技術をいち早く取り入れ、メーカーやパートナー企業と連携しながら、よりよいサービスを生み出していくことです」
このような技術革新を見据えながら、将来的にはエネルギー事業への展開も目指す。「充電インフラを設置した後はエネルギーマネジメントにも繋がっていきます。脱炭素は車両のEV化だけでなく、化石燃料からの脱却という大きな課題があります。EVは分散型の蓄電池でもあるので、再生可能エネルギーの活用にも貢献できます。そのため、東邦ガスや大阪ガスといったエネルギー企業と資本業務提携に関する契約を締結しています」
「新産業で世界で勝つ。これが私たちの大テーマです」と神本氏は力強く語る。「かつて日本は、ソニーやホンダのように世界を席巻するような企業を生み出してきました。その日本の勢いを、新産業で取り戻したい。この思いはマネジメントライン全体で強く共有しています」
しかし、充電インフラ事業の本格的な収益化はこれからであり、グローバル展開も緒についたばかりだ。EV市場の成長スピードが当初の想定より遅れるなか、長期的な視座での投資継続が求められる。新産業に挑む彼らの果敢な挑戦が、日本の産業界に新たな風を吹き込むことを期待したい。
問い合わせ先
テラチャージ
https://terra-charge.co.jp/