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2022年2月17日
料理人の知識・手捌きを独占する和食版シェフズ・テーブル。「星のや軽井沢」究極のもてなしがここにあり!|TRAVEL
TRAVEL|星のや軽井沢
「知る」は、おいしい!リターンズ 星のや軽井沢編(1)
数年前の冬、星のや軽井沢の「日本料理 嘉助」に「ジビエおでん」が初めて登場したとき、「おぉ、いつかは食べてみたいなぁ」と、俄然興味を惹かれていました。「それ、本気ですかっ」とひと言、物申したくなるような、エッジの効いた企画は星野リゾート施設が非常に得意とするところですが、今度はジビエおでんか、そう来たかと思ったものです。
Photographs by OHTAKI Kaku|Text by HASEGAWA Aya|Edit by TSUCHIDA Takashi
超ハイブロー&超ハイセンス! 1日1組だけの「シビエおでん茶屋」
そもそも「星のや軽井沢」におけるジビエおでんの開発経緯を、石井義博料理長はこう語ります。
「鹿や猪などのジビエは信州の食文化のひとつです。この“信州のジビエ”を、星のや軽井沢として提供するとしたらどのようなかたちがあるのかと、ジビエと何かの組み合わせをいくつも模索しました」
そんな時、思い立ったのが、煮込むことで旨味を凝縮できる「おでん」だったそうです。
「ほかで提供していないものを味わってほしい」「新たな発見をしてほしい」という思いもあり、「ジビエおでん」は華々しくデビュー。毎年11月の狩猟解禁後の「星のや軽井沢」定番メニューとなったわけですが、今シーズンはこれを「ジビエおでん茶屋」で提供するというじゃないですか!!!……えーっと、「ジビエおでん茶屋」って言葉の意味は分かるのですが……でも、何ですか?
しかもカウンターには料理人が付き、ゲストの目の前で仕上げを行い、出来たてを提供してくれるとのこと──。それって要するに”シェフズテーブル”ですよね!
「一棟貸し切りのプライベート空間で、1日1組様だけに、コース仕立てのおでんをご提供します」(石井料理長)
まだ実家に住んでいた頃、コンビニに夜食のおでんを買いに行く、幸福な背徳感を思い出します。そんな、ザッツ庶民の私の想像をはるかに凌駕する”リュクスなおでん”とはいったい何物!? おでんよ、お前はそこまで進化してたのかっ、と。これは食べてみるしかありません。This is the moment、時は来ました!
「ジビエおでん」は、石井料理長が「星のや軽井沢」に就任する以前から存在していたメニューでしたが、今年はプレゼンテーション、料理ともに、石井料理長発案のエスプリが加えられています。
まず分かっちゃいたのですが(そういうプランですからね)、自分たちのためだけに仕立てられた空間にドキドキします。ここは、ふだんは宴席用に設えられた「星のや軽井沢」の知られざる個室。そのカウンター席に腰を掛け、料理人と対峙します。この最高のエクスクルーシブ感は、そう味わえるものではありません。ここは「星のや」ブランドの本拠地。同席相手が相手なら、思い切りロマンチックなシチュエーションですよ、これ。
「ジビエおでん茶屋」御献立
- 皇室酒 雉酒
- 一献 ジビエおでん出汁
- 先附 トマト雉肉鋳込み
- 向附 旬の海鮮あしらい彩々
- 炭火の饗宴一 鹿肉醤油糀炭叩き
- 炭火の饗宴二 鶉玉と鶉肉 白葱炭焼
- 凌ぎ 鹿肉握り 鯖棒寿司
- 焼物 寒鰤柚庵焼 菊蕪
- 合肴一 兎串 兎坂井芋餅
- 合肴二 鴨と牛蒡
- 強肴 穴熊と寒干大根香味油
- 食事 八割蕎麦
- 水物 吟醸sakeジュレ 旬果物
- 甘味 柿シャーベット
- お飲み物 黒澤 純米吟醸2016
- ※仕入れ状況により料理内容が一部変更になる場合があります。
ほんわかした湯気が多幸感を演出するなか、コースは「雉酒」(きじざけ)からスタートしました。「雉酒」とは、かつて宮中のお正月行事の祝い酒として特別に振る舞われていたもの。微量の塩をまぶして炭で焼いた雉の肉を、燗酒にドボンっ。なかなか野趣あふれる風情ですが、キレイな雉の脂と一体化した燗酒が、美味しくないわけがありません。宮中の人はさすがに典雅ですなあ。ちなみに日本酒は宮内庁御用酒の「惣花」(そうはな)を使用。いいことありそうです。
続いて、おでん出汁がサーブされました。石井料理長のおでん出汁は、なんとコンソメベース。「あるラーメン屋さんに教えてもらった出汁の取り方を踏襲しているんですが、僕はこのコンソメの取り方がいちばん旨いと思っているんですよ!」と、石井さん。丁寧にとったコンソメに、さらに鹿節(鹿肉を乾燥させてつくる削り節)を加えて仕上げます。口に含むと、うっわ想像以上に華やか。身が清められるような透明感を持ちながらも、その風味の方向性はブルゴーニュのピノ・ノワールを彷彿とさせます(個人の感想です)。この香りを心の奥底まで吸い込むべく、懸命に深呼吸していると、石井料理長がまた嬉しいことをおっしゃるわけです。
「これからいろいろなジビエや野菜を煮込むので、最後にはまた別の味わいの出汁になっていますよ!」
その格別な出汁で仕立てた「トマト雉肉鋳込み」の楚々とした野性味といったら! サプライズ感があり、そして、もちろん笑ってしまうくらいの美味しさです。このレベルの料理がこの後、怒涛のように続くのかと思うと(実際続きました……)、この幸せすぎるシチュエーションが少し怖くなりました(笑)。
その後はめくるめくジビエの博覧会。石井料理長の手により、それぞれの旨味が引き立つ下準備がなされたおでん種のジビエは、出汁をくぐり、ゲストの目の前にやってきます。その妖艶な姿は、まるで「さあ、美味しい私を食べて頂戴」と言っているかのよう!
たとえば、鹿肉は炭と藁で叩き、自家製のしょうゆ糀に漬け込み、1時間ほど低温調理したもの。これをゲストの目の前で、炭を直接焼き付けて提供します。藁の香りをまとった鹿肉はたくましい存在感を放ちながらも、セクシーで、喉に落とすのがもったいなくて、いつまでも噛んでいたい衝動に(笑)。この辺で勘弁しておきますかと、何度も咀嚼したあと飲み込みました。その瞬間、体の中に生命力のようなものが滴り落ちていった、そんな気がしました。命をいただく、というのは、こういうことなのかもしれないなと、すでに酔い始めた頭で考えます。
「鶉(うずら)卵と鶉肉 白葱炭焼」なんて、「私、初めて見ました、こういう料理」と驚きを伝えると、「僕もほかにやっている人を見たことがありません(笑)」と石井料理長。……ですよね。2日間かけて煮込んだという鶉は、スモーキーさをまとった出汁に抱かれることで、その猛々しさがエレガントな方向へ。卵は「燻製卵を意識しています」。なるほど(笑)。
さっと火を通した兎は串で、にんじんと共に。「ちょっとかわいらしく仕上げてみました(笑)」と石井料理長。すでにおわかりいただいているかと思いますが、何気ない、でも知的好奇心を誘う料理人との会話がまた楽しいんですよね、カウンター席って。しかも今日は、料理人をひ・と・り・じ・め♡
冬のご馳走は続きます。いよいよメインとなる穴熊先輩の登場です。「凍みては融けて」を繰り返す寒干大根の上に鎮座するのは、めったにとれないという希少な穴熊先輩。数時間煮込んだ穴熊肉は、炭を入れて熱々に熱した穴熊の脂をかけていただくのです。まさに、キタ——ッ! これは五感で体感せねば、と。香味野菜で香り付けしているせいか、脂がよほど上質なのか、備長炭の実力ゆえなのか──いや、きっとそのすべてが抱き合い、すでにだいぶご満悦の舌を抱きすくめます。この上なく品良くエレガントな脂は淡雪のように切なく消え、そして記憶に刻まれます。ちなみに、石井さんの言葉をお借りして、真面目なことを言えば、「この熱した脂がジビエの臭みを消してくれるんです」とのこと。まったくをもってその通りです(笑)。じっくり煮込まれ、自らの脂をまとった穴熊先輩は、あえて噛まないという選択をするのもありかと。いろいろな食べ方を試してみると楽しいですよ!
〆は出汁でいただく八割蕎麦が用意されているのですが、この2時間ほど、ずっと健気に炊かれていた出汁の変貌ぶりたるや! まるでキツネかタヌキに化かされたかのよう。すでに出汁ではなく汁です(笑)。こんなことになっていたのね……。かなりお腹は膨れていますが、これぞ食いしん坊の面目躍如。ジビエの旨味がたっぷりの出汁を最後まで味わい尽くそうじゃありませんか。
石井料理長は、「思わず笑みがほころんでしまう料理を提供したいと思っています」と言っていましたが、個人的には高笑いレベルでしたね。そして、今、この記事を書くにあたり、持ち帰ったメニューを確認しながら、ついでに言えば、この文章の冒頭で打った「きじ」という文字が「雉」に変換されたことにすらほくそ笑む私です。幸せな食事って、こうやってずっと後を引くものなんですよね。
さらに石井料理長、「せっかくカウンターを作ったし、まだまだやりたいことはたくさんあります。たとえば山の寿司とか」と、アイデアが淀みなく溢れ出て来ている様子。今後、ますます個性的な、石井ワールドが展開されていきそうですよ! 次はいつ行こうかしら。
ジビエおでん茶屋
- 期間|2022年2月28日まで(除外日あり。来年度の実施は未定)
- 料金|1名3万6300円(税・サービス料込)※宿泊料別
- 含まれるもの|ジビエおでんのコース、日本酒「花冷え」1合、「ぬる燗」1合
- 定員|1日1組(2名限定)
- 予約|公式サイトにて、10日前24:00までに要予約
- 対象|星のや軽井沢宿泊者
- ※仕入れ状況により、料理内容が一部変更になる場合があります。